日本経済は「中国依存度」を下げられるのか―経済安保法案で「分断」が加速 ウクライナ侵攻で迫られる頭の痛い事態

現代ビジネスに4月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/94621

世界情勢と乖離する経営者の感覚

「世界は自由主義専制主義への分断が進む。中国はロシアと共に完全に向こう側に行く。その感覚が日本企業の経営者には薄いのではないか」

今国会で成立する見通しの経済安全保障推進法案に関係する幹部官僚はこう語る。日本企業が早急に中国依存度を下げることが重要だと言うのだ。

経済安保法は、経済の幅広い分野で国に監視・規制権限を与える国家統制色の強い法律だ。

当初は、軍事転用できる機微技術の国外流出を防ぐ目的で議論が始まったが、最終的には、1)重要物資のサプライチェーン強化、2)サイバー攻撃に備えた基幹インフラへの事前審査、3)先端技術の官民協力、4)軍事転用可能な技術の特許非公開――という幅広い権限を政府に与える内容になった。しかも、具体的な規制対象などは政令や省令で定めればよいことになっており、国に幅広い裁量権を与えている。

サプライチェーン強化では「特定重要物資」を国が指定、その品目については取引に関わる企業を政府が調査することができるようになる。半導体や医薬品が対象になると想定されているものの、どこまで広がるか分からない。

「基幹インフラ」については14業種が対象で、サイバー攻撃による機能停止や情報流出を防ぐために、安全保障上、脅威となる国の製品や設備が使われていないか、導入時に政府が事前審査を行うことができるようになる。電気、ガス、石油、水道、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港と幅広い業種が含まれる。

「安全保障上、脅威となる国」として、中国やロシアが想定されているのは明らかだ。

ウクライナ侵攻が背を押した統制ムード

企業の経済活動に国が目を光らせ、規制を強化することにつながるため、当初は、企業経営者や野党などから懸念する声が上がった。ところが2月24日にロシアがウクライナに侵攻すると、この法案に対するムードは一変する。

経団連など経済団体は3月14日に声明を出したが、「各分野の基本指針や政省令に委ねられている制度の具体化にあたっては、事業者に過度な負担が生じることのないよう、対象をできる限り絞り込むべきである」との注文を付けたものの、「法案の早期成立を求める」とした。立憲民主党も賛成に回り、法案は4月7日に衆議院を通過した。今国会で参議院で可決成立する見通しだ。

法案が早期成立に向けて動いたのは、冒頭の官僚が言う「分断」が一気に進み始めたからに他ならない。経済界は経済活動の自由度が損なわれないことを期待しているものの、分断の進行と共に、政府の統制色が強まっていくことになるだろう。

自由主義陣営の一員として、ロシアへの経済制裁に乗り出しているが、今後、敵対国家であるロシアからの輸入を政府が制限していく可能性が強い。ロシアからの輸入品はLNG液化天然ガス)や原油などエネルギーやレアメタルなどの資源が多いが、今後、禁輸措置と共に、この法案によって、レアメタルの一部の流通が国家統制下に置かれる可能性も出てきそうだ。

経産省はすでに、石油やLNGに加え、発電用石炭、製鉄用石炭、半導体製造用ネオンなどのガス、自動車の排ガス浄化用パラジウム、合金鉄の7品目について、確保対策が必要な重要物資として対策を検討し始めた。LNGの場合、ロシア産は日本の総輸入量の8%程度と大きくないが、代替調達先を短期間で見出すのは難しい。パラジウムなどの希少金属も同様に代替先の確保が課題だ。

中国との関係をどうする

ウクライナ戦争は2ヵ月経っても収束するメドが立っておらず、西側諸国によるロシアへの経済制裁は今後も長期にわたり続く見通し。経済制裁に同調しない国も少なくなく、経済制裁がどれぐらいロシア経済に打撃を与えているかも不透明になっている。

実際、一時は「紙屑になる」と言われたロシア通貨ルーブルは開戦前の水準に戻っている。今後、ロシアだけを世界経済から排除することは難しくなり、「専制主義国家」の連合体が強固に形成されていく可能性が出てきそうだ。

そのカギを握るのが中国である。米国は中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)製などの排除を求めており、日本も経済安保法の成立を受けて、これに追随するだけでなく、幅広く中国機器の輸入に制限をかけていく可能性もある。中国がロシアとの連携を深めれば、経済制裁の対象に中国も加えよという議論が出てくる可能性もある。

今や、日本と中国の経済的な結び付きは極めて太くなっている。冒頭の官僚が「感覚が薄い」と苛立つのも、新型コロナ禍を通じて、中国との関係がより強くなっているからだ。

中国は上海でロックダウンを行うなど新型コロナの蔓延再拡大が起きており、今後、経済成長がマイナスに転落する懸念もあるものの、昨年までは世界に先駆けて新型コロナの影響から立ち直っており、必然的に日本からの輸出も大きく伸びていた。日本と中国の間の2021年の貿易額(輸入と輸出の合計)は前年比18%も伸びた。

この中国との関係を見直すとなると、経済的な打撃は計り知れない。今後、「分断」の進行によって、自由貿易が世界全体を潤わせるという戦後の世界の価値観が大転換していくことになるのだろう。