役員報酬にも「成果主義」の合理性

「安かろう悪かろう」というのは日本でしばしば言われる価格と品質の相関ですが、経営者の報酬も同じようなことが言えるのではないでしょうか。経営者の多くは欧米の高額報酬を批判しますが、日本は報酬が安いから成果を上げなくてもいい、と言っているように聞こえます。高い報酬を払うから、もっと従業員にも株主にも社会にも報いる経営をしてほしい、というのは無理な相談なのでしょうか。ファクタ11月号(10月20日発売)の連載コラムに書いた原稿です。ご一読お願いします。→http://facta.co.jp/article/201311008.html


2013年11月号 [監査役 最後の一線 第31回]by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)

ある上場企業で中興の祖と言われる経営者がボヤいていた。

「世間は、会社を立て直した立役者だと持ち上げてくれるが、割り当てられているストック・オプションを行使して得られる報酬は3億円ですよ。欧米企業だったら10倍ではきかないでしょうね」

この経営者がやり切れないと言うのは、金額の多寡もさることながら、成果配分であるはずの役員報酬が「成果」に見合っていないことだという。リスクをとらずにただ社長だからといって高額報酬をもらっている企業が少なくない、というのだ。

日本の役員報酬は低いと信じられてきたが、必ずしもそんなことはない。もちろん欧米に比べれば金額は低いが、日本の世間相場からみれば、かなりの高待遇を得ている。毎月の月額報酬としては受け取っていなくても、取締役の在任期間に応じて巨額の退職金が保証されていたり、役員になると終身で年金が支給される制度があったりする。車や秘書、青天井の交際費といったフリンジ・ベネフィットを手厚くしている会社もある。

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そんな日本流の役員の高待遇に風穴を空けたのが、役員報酬の開示制度だ。賞与やストック・オプションなどの報酬総額が「1億円以上」の役員については個別に報酬額を有価証券報告書で開示することになった。民主党政権下の2010年3月期決算から義務付けられた。

労働組合を支持母体とする民主党政権が旗を振って導入したとする見方もあるが現実は異なる。当時、リーマン・ショックへの反省から、金融機関経営者や幹部従業員への高額報酬の批判が欧米で渦巻いていた。欧米の金融規制当局は報酬の上限を定めるなどルール化に動いており、日本の金融庁も何らかの対応が求められた。

日本の報酬は高くないと主張するためには、開示制度が手っ取り早い。民主党幹部が「1億円以上」と決めて調整に動いたが、「1億円ももらっている経営者はほとんどいないから影響はないだろう」という前提で始まったらしい。経団連も事務局ベースでは当初はまったく反対がなかったという。

ところが、開示が本決まりになると、大企業から反対の声が上がった。実際は開示の対象になる1億円以上の報酬を得ている役員がかなりの数に上っていたのだ。実際、東京商工リサーチの調査では、10年3月期の開示対象は113社213人に上った。

それから丸3年、今年6月に提出された有価証券報告書では4回目の開示が行われた。同じ調査では開示対象は167社292人。社数も人数も大幅に増えた。これは業績が良くなっているというよりも、正々堂々と1億円以上の報酬を支払う会社が増えた、とみていいだろう。

導入当初こそ、開示ルールに反対する声はあったものの、その後はめっきり聞こえなくなった。思ったほど世の中から高額報酬批判が出なかったためとみられる。この開示ルールの良い点は、報酬の算定方法についても開示を求めていることだ。つまり、取締役がどんな成果を上げれば、どんな報酬が与えられたのか、結果と対価の関係を明示するようになったのだ。

開示が始まった初年度には、オーナー然とした経営者が驚くほどの高額報酬を得ていたケースなどが散見されたが、4回を経てそうした例は大きく減った。なぜ高額になるのかをきちんと説明できないと、社内外から批判を浴び、維持できなくなるということだろう。

13年3月期の開示では報酬額のトップはカルロス・ゴーン日産自動車CEO(9億8800万円)だったが、これに武田薬品工業の3人が続いた。うち2人は外国人だが4位になったのが山田忠孝取締役の7億1200万円。外国製薬会社から11年に移って取締役となり、「チーフ・メディカル&サイエンティフィック・オフィサー」を務める。日本人として最高額だ。

武田の有価証券報告書には1億円を超す5人の取締役の具体的な報酬額が記載されている。それによると山田氏の報酬の中には4億円余りのストック・オプションも含まれていることが分かる。経済同友会の代表幹事も務める長谷川閑史社長は3億100万円だから、山田氏の報酬は社長より高い。

算定方式は「定額である基本報酬、各事業年度の連結業績等を勘案した賞与、中長期的な業績に連動するストック・オプションにより構成」するとしており、基本報酬は月額の上限も定めている。つまり、取締役になったからといって得られる報酬には上限を決め、中長期的な成果を上げた「対価」として報酬が得られる仕組みにしているわけだ。

欧米では役員報酬の開示はもはや当たり前。日本同様に報酬がベールに包まれていたドイツでも、事細かに取締役の報酬の決定方式が示されるようになった。武田のケースは欧州流に言えば「ごく当然」の開示水準といえる。国際競争が一段と激しさを増している製薬業界に身を置く企業として、ある意味当然の「国際化」と言えるのだろう。

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報酬開示が始まったことによって、企業の間に一つの変化が起きている。フリンジ・ベネフィットを縮小する動きが出ているのだ。将来の役員年金や交際費も、広い意味の「報酬」に当たる。海外の投資家などから「報酬ではないか」と指摘された場合、なかなか反論ができないのだ。前述した武田の山田氏の場合でも、有価証券報告書の注記には、フリンジ・ベネフィット相当額とこれに対する税金が400万円発生していると記載されている。

つまり対価としてあやふやなものは、なるべく会社負担にせず、すべてを報酬の中に組み込んでしまおうという考え方が広がっている。ある商社の場合も、最終役職ごとに金額が決まっていた終身の“役員年金”を廃止、すべて任期中に役員報酬として支払うことに変えたという。

当初は報酬開示に反対していた大手企業の役員も、「報酬が高くても説明が付けば良いのだという意識がだいぶ世の中に定着してきた」とみる。いかに会社の業績を上げることに貢献しているかが一段と問われるようになった、というのだ。いっそのこと、役員全員の報酬を個別開示してみてはどうだろう。日本企業の業績が一気に上向くことになるかもしれない。