名古屋エムケイが痛烈批判!タクシー「値上げ指導」はアベノミクスの規制緩和路線に真っ向から反する

供給を減らし、価格を上げれば、事業者の収入は増える−−。この数式が成り立つには、需要が減らないという前提があります。高くてサービスが悪くても他に選択肢がないから利用する、そんな時代はとうの昔に去っています。消費者にそっぽを向かれたら、需要は落ち込み、いくら価格を上げても、収入は増えないのです。タクシー業界で始まる、旧ソ連並みの経済政策で、タクシー会社の収入が増え、運転手の給与が増え、雇用が生まれるのかどうか。消費者の利便性向上を第一に考えない業界が栄えた例はありません。現代ビジネスに書いた原稿です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37837


大都市圏で低額運賃のタクシーを投入してきた「MKタクシー」が12月16日、名古屋地区での運賃値上げに踏み切った。名古屋エムケイ国土交通省中部運輸局による運賃値上げの行政指導に「白旗」を上げた結果だ。初乗り400円だった料金を440円とした。名古屋の一般的なタクシーの初乗り料金は500円で、値上げ後も割安だが、同社ではホームページに顧客宛ての「お詫びとご説明」を掲載した。

〈この度の運賃値上げ査定も、一連の再規制による『安くて選ばれるタクシーをなくす』方針の一環であり、全国の低額運賃事業者は次々と値上げを余儀なくされております〉

お詫びの中で同社は、政府の方針を痛烈に批判し、悔しさを滲ませた。名古屋エムケイは2010年にも運輸局から値上げ指導を受けていたが、その際には「利益が十分確保出来ており、値上げの必要がない」として裁判所に訴え、仮認可を求める決定を受けた。価格に敏感な名古屋の利用者の支持を得て、料金据え置きを求める署名活動なども行われた結果だった。だが、今回は司法の場で争うことは困難だとし、指導の受け入れを決めたのだ。

新規参入や増車の禁止。規制再強化に相次ぐ異論

タクシーは2002年に当時の小泉純一郎内閣が掲げた「聖域なき構造改革」の一環として、大幅な規制緩和が実施された。タクシー会社に車両数を増やす「増車」を認めたほか、低額の料金体系の認可も始まった。

ところが、その後の景気低迷で利用者は増えず、「車が増えすぎたため、運転手の歩合収入が大幅に減った」として、規制の強化を求める声が強まっていた。厚生労働省は、2012年度のタクシー運転手の平均労働時間は全業種平均に比べて約1割長いが、年収は6割に満たない296万円にとどまっている、という調査結果もまとめている。「行き過ぎた規制緩和」によって運転手の生活が破壊されているというわけだ。

その結果、リーマンショック後の2009年には、規制は一転して強化される方向へと転換した。低額運賃事業者に値上げの指導をしたり、増車を認めず、むしろ減車する方向に規制のカジを切ったのだ。さらに、指導に従わない事業者には、監査での罰則強化など「圧力」をかけ続けた。名古屋エムケイの言葉を借りれば「(低価格事業者の)ビジネスモデルは真っ向から否定され制限され」るようになったのだ。

さらに、前の臨時国会では、都市部で台数削減をタクシー会社に義務付ける「タクシー減車法案(タクシー適正化・活性化法改正案)」が自民、公明、民主3党の議員立法によって成立した。

来年4月から施行され、国交省が「特定地域」に指定した都市部などの競争が激しい地域では、首長やタクシー会社などで構成される協議会によって、営業台数の削減計画がまとめられ、新規参入や増車が禁止されることになる。

こうした規制再強化の動きに対して、小泉内閣や第1次安倍晋三内閣による規制緩和に賛同していた学者らが12月2日に国会議員会館内で会見を開き、「タクシー規制再強化法案の早急な見直しを求める」とする緊急提言を出した。

提言には、福井秀夫政策研究大学院大学教授や高橋洋一嘉悦大学教授、岸博幸慶應義塾大学教授、八代尚宏国際基督教大学客員教授草刈隆郎日本郵船相談役ら“規制改革派”が名を連ねた。高橋氏は本欄でもタクシー規制について書いている。

会見した福井氏らは、行き過ぎた規制緩和によって弊害が生じたという認識は誤りで、むしろ中途半端な規制緩和が弊害を生んだ、と主張した。運賃の認可制が残ったために、十分に価格が下がらず需要が増えないまま供給が増加したというのだ。

運転手の給与が減った問題や、労働環境の悪化に対する対策は、減車による需給規制の強化によってではなく、労働規制や安全規制で対処する問題だとしたのである。そのうえで、法改正は「昭和30年以来の古めかしい規制への回帰にほかならない」と切り捨てた。

値上げと台数削減では、運転手の待遇は改善しない
国交省が主張するように、タクシーの数を減らし、料金を上げれば、運転手の生活は改善するというのは本当なのだろうか。

利用する消費者の立場に立てば、値上がりすればますますタクシーから足が遠のく。代替的な交通手段がない人はともかく、バスや電車が走っていたり、頑張れば歩ける距離なら、タクシーを使わずに済ませてしまうだろう。

東京地区では2007年12月に初乗り660円が710円に値上げされた。運転手の待遇を改善するという名目だったはずだが、7.6%の大幅値上げにもかかわらず、運転手の生活が楽になったという声はまず聞かない。むしろ値上げによって需要は減り、それにリーマン・ショックによる景気悪化が追い討ちをかけた。

来年4月からは消費税増税によってタクシー代も上がる予定だ。政府は消費税増税分は料金転嫁を求める姿勢を示している。営業努力で吸収するとなると、立場の弱い下請け業者や納入業者にシワ寄せが行くという配慮からだ。

つまり、最低でも消費増税分が消費者の負担となる。そうなれば、利用者はタクシーに乗る回数を減らすことになるだろう。つまり需要が減るわけだ。それを減車して供給を減らすことで均衡させようというわけだから、何とも果敢な取り組みと言える。

減車になれば、それまで乗務していた運転手は勤務からアブれることになるのではないか。供給を減らした結果、仮に勤務日の売り上げが増えたとしても、勤務できる日が減ったらどうなるのか。また当然、新規参入を認めなければ新しい雇用は生まれない。

安倍首相が掲げるアベノミクスの3本目の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」だった。成長戦略の「1丁目1番地」は規制改革だとも安倍首相は繰り返し述べてきた。規制緩和によって新規参入が増え、競争が生まれることで、パイ全体を大きくしようという発想だったはずだ。タクシーの減車がこのアベノミクスの方針に真っ向から反するのは明らかだろう。

名古屋エムケイは「お詫び」文章の末尾に、こう書いている。

〈また来年4月に予定される消費税増税につきましては今回の運賃値上げをもって対応することとし、3%増税分の運賃転嫁は行わない方向で検討しております〉

料金への転嫁を求める政府の意向に先制攻撃を加えた格好だ。運輸局が転嫁を行政指導すれば、またまた騒動になりかねない。果たして名古屋の利用者はどんな声を上げるのか。注目したい。