雇用制度改革の裏に深刻な人手不足 女性や外国人の雇用拡大が焦点に

7月1日発売の月刊エルネオスに連載中の「生きいる経済解読」の掲載記事を、編集部のご厚意で以下に再掲させていただきます。エルネオスのHPは→http://www.elneos.co.jp/


六月末に閣議決定する政府の成長戦略改訂版では、雇用分野の規制見直しが盛り込まれる。労働時間ではなく成果に応じて報酬を支払う新しい雇用制度の創設にばかり焦点が当たっているが、女性の活用やそのための支援策、外国人材の受け入れなど関連するさまざまな改革が盛り込まれている。いわば「働き方」を大きく変えようという狙いがある。背景には急速に進む人口の減少で、「働く人」の数が今後大幅に減ることが確実だという事情がある。つまり、「働いてくれる人をどうやって増やすか」に改革の狙いはあるのだ。

「女性力の活用」で成長

「残業代がゼロになり過労死が急増する」。そんな批判によって世間の注目を集めている「成果賃金」制度は、実際に対象になる人は多くない。「職務が明確で高い職業能力がある人」「少なくとも年収一千万円以上の人」が対象になるからだ。しかも従業員本人が同意しなければ適用できない。為替ディーラーやファンドマネジャーなど金融系の専門職や、経営コンサルティング会社の幹部社員などが想定されている。こうした高給の専門職は全体の労働人口の数パーセントに過ぎないと見られている。
 にもかかわらず左派系の野党を中心に反対が根強いのは、労働は時間によって対価が支払われるというイデオロギーに根差した既成概念を打ち破られることへの危機感があるから。規定労働時間の短縮や、時間外の残業代の割り増し手当てなどは長い間の労働運動によって獲得された労働者の権利だという思いが労働組合などには根強い。「高い職業能力」が「拡大解釈」されて一千万円未満の労働者にまで波及していくのではないか。この改革が、雇用制度がなし崩し的に変わる「蟻の一穴」になるのではないかと見ているのだ。
 実際、政府の会議などで新制度を議論してきた有識者たちは、もともとは年収で区切る意図はなかった模様だ。というのも、ホワイトカラーの従業員の働き方が大きく変わり、自宅勤務などで時間把握が難しくなっているという現実があったからだ。IT(情報技術)関連のソフトウエア開発などの職場では、完全能力給で残業代が支払われていないケースなどもある。むしろ、そうした野放し状態ではなく、法律を現実に合わせてきちんと整備しようという考えがある。
 安倍晋三首相が最もこだわって、昨年来、何度も繰り返し発言しているのが「女性力の活用」。男女雇用機会均等など社会政策としての平等を強調しているのではなく、「あくまで成長戦略の一環だ」としている。女性が経済活動のさまざまな場面で活躍することで、より生産性が上がるという考え方に根差している。もちろん、労働人口が減少する中で、女性の就業率を上げなければ、労働力不足を賄えないという切実な問題も背景にある。
 成長戦略改訂版では、上場企業に対して女性の役員の比率を公開させるほか、女性登用に積極的な企業を評価する指針を決める。安倍首相は就任以来、党幹部や内閣、役所の中での女性登用を意識的に行ってきた。党三役のうち、幹事長を除く政調会長と総務会長は女性議員を充て、首相秘書官にも女性官僚を登用した。女性の県警本部長も誕生している。こうした流れを社会全体に広げていこうというわけだ。
 女性に働いてもらうための支援にも力を入れる。保育園の待機児童解消は昨年の成長戦略に盛り込まれたが、今年は小学校以上の生徒を預かる「放課後児童クラブ(学童クラブ)」の定員を三十万人分増やすことを掲げる。
 外国人労働者の受け入れ加速も政策の大きな柱だ。労働力不足を女性や高齢者の就業促進で賄うには限界がある。かといって移民を本格的に受け入れるほど国内世論は成熟していない。このため、従来からあった外国人技能実習制度を大きく見直すことにした。
 具体的にはこれまで三年だった実習期間を五年まで延長できるようにする。すでに猛烈な人手不足になっている建設現場の労働者は二年間延長する措置が取られているが、これを造船業にも広げる。建設業の人手不足の影響で、造船業で働いていた溶接工や塗装工などが建設業にシフトし、造船業が深刻な人手不足に陥っていることがある。建設業以外にも、農業の収穫現場などでも外国人実習生の労働に依存しているケースが少なくない。
 これまで政府は外国人でも技術レベルの高い「高度人材」だけを受け入れるとしてきたが、人手不足に直面して対応を迫られているわけだ。

世界標準の「働く環境」に

 外国人受け入れの中で、日本の女性の働き方を劇的に変える可能性のある試みも始まる。ベビーシッターやホームヘルパーといった家事支援サービスに従事する外国人を「国家戦略特区」に限って受け入れようというのだ。これまでフィリピン人などの外国人ホームヘルパーは、外国企業の幹部などしか採用することができなかった。これを特区に限るとはいえ、自由化しようというわけだ。
 日本人のキャリアを持つ女性が、子育てや家事の負担から解放されることで、より一層活躍できるようになる。従来は家事手伝いは単純労働と見られがちだったが、今では日本の若い女性は家事技能を持たない人も少なくない。一方でフィリピン人家政婦は世界的に評判が高く、先進国だけでなくアジアの発展途上国などでも多く受け入れられている。ようやく日本も「世界標準」の働ける環境を手に入れることになるかもしれない。
 国家戦略特区は安倍首相が「改革の突破口」と位置付けて、強いリーダーシップで実現させたものだ。東京圏、関西圏、新潟市兵庫県養父市、福岡市、沖縄県の六カ所が指定されたが、雇用制度については福岡市が最も意欲的だと見られている。家事支援外国人の受け入れについても安倍首相の強い指示によって成長戦略改訂版に盛り込まれたという。
 家事支援についてはベビーシッターなどの費用を税額控除や所得控除によって政府が支援すべきだという意見が自民党内にある。世界の先進国では一般的な制度だが、日本では財務省が財源がないとして強く抵抗している。年末に向けて税制改正の議論が本格化するが、その中で再びテーマになることが予想される。