「持ち合い解消」を消した甘利大臣

安倍晋三首相は9月3日にも内閣を改造する方針ですが、デフレ脱却に向けて改革を担うのはどんな大臣たちなのでしょうか。月刊ファクタの8月号(7月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→http://facta.co.jp/article/201408001.html


安倍晋三内閣は6月24日、新しい成長戦略「『日本再興戦略』改訂2014」を閣議決定した。昨年6月に決めた「日本再興戦略」の改訂版という位置づけだが、昨年は海外投資家などから「不十分だ」との痛烈な批判を浴びただけに、見直し版でどれだけ具体的な改革に踏み込めるかが注目された。

今回の改訂版のポイントは「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」として、企業に変化を求めたこと。コーポレートガバナンス企業統治)の強化が真っ先に掲げられた。同日に閣議決定した「骨太の方針」では、法人税率を20%台にまで引き下げる方針が明記されたが、企業経営者に減税という「アメ」を与える一方で、企業に従来のような「緩い経営」や「甘い経営」を許してきた日本流のコーポレートガバナンス制度の見直しを打ち出したのだ。いわばアメとムチをワンセットにしたわけだ。

具体的な政策の柱は「コーポレートガバナンス・コード」の策定。自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)が5月にまとめた「日本再生ビジョン」が打ち出していたものだ。企業が守るべき最低限を定める会社法などと違い、企業の目指すべき姿をコードで示し、守れない場合にはその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」という欧州型のルール体系である。

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国際的にみて日本企業の生産性は低い。株主や投資家、従業員といったステークホルダー(利害関係者)から経営者にかかる「プレッシャー」が弱いため、経営者独裁、社長独裁といった体制が続いてきた。その結果、不採算事業や低収益事業からの撤退などが遅れてきたと指摘されている。

成長戦略にはこう書き込まれた。

コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水準のROE株主資本利益率)の達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していく」

それが日本の「稼ぐ力」を取り戻すために不可欠だと明記されたのだ。国の成長戦略の冒頭に「コーポレートガバナンス」や「ROE」という言葉が躍るのは初めてのことだ。ともすると企業経営者に甘い顔をしてきた自民党政権が、厳しく変革を迫ったのである。

6月3日、経団連が開いた総会に出席して挨拶に立った安倍首相は、「コーポレートガバナンス指針の策定を成長戦略に位置づける」とコードの策定をひと足早く宣言した。東レ会長の榊原定征氏が新会長に正式就任する場で、経営者たちに自らを厳しく律する方向への姿勢転換を求めたのである。

安倍内閣コーポレートガバナンス強化に舵を切った背景に安倍首相のリーダーシップがあったことは事実だが、実は他の理由もあった。財務省の方針転換である。

財務省法人税率の引き下げに強く反対してきたが、安倍首相の強い意志に押し切られることになった。税率を下げても税収を減らさないためには、企業に儲けてもらい利益を上げさせるしかない。財務省はそんな理由から、コーポレートガバナンス強化に賛成する側に回ったのだった。

財務省内では消費増税の法案審議が本格化した12年ごろに一つの特別チームが編成された。なぜ日本は成長力を失ってしまったのか、その原因を分析して導き出した結論は二つあった。一つは日本が世界経済のグローバル化に完全に乗り遅れたこと、もう一つは企業が利益を内部留保にばかり回し、溜め込んで再投資などをしてこなかったことにあると見たのだ。

今回の成長戦略にもこんな下りがある。

内部留保を貯め込むのではなく、新規の設備投資や、大胆な事業再編、M&Aなどに積極的に活用していくことが期待される」

法人税議論が佳境を迎えたころには、麻生太郎副総理兼財務相の口からも「法人税を下げた場合、内部留保に回るのなら何の意味もない」「だからこそコーポレートガバナンスが必要だ」という発言が飛び出していた。当然のことながら、財務官僚の振り付けがあった。

では、コーポレートガバナンスを強化するという安倍内閣の方針を、閣僚や自民党議員は一枚岩で支えているのだろうか。これまで企業に「甘い顔」をすることで政治家としての力を得てきた人たちは、完全に宗旨替えしたのか。実はそうではない。

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成長戦略の発表を控えたギリギリの段階でもひと悶着あった。

「俺が持ち合い解消なんて言えるはずがないだろう」

高市政調会長が電話を取ると、興奮した相手は一気にまくしたてた。「何を怒っているのか、内容も最初は分からなかったわ」と高市氏は親しい議員に語っていた。電話の主は、成長戦略とりまとめの責任者である甘利明・経済再生担当相だった。成長戦略の原案に「株式持ち合いの解消」という一文があったのを見つけた甘利氏が激怒したのだという。

実は自民党がまとめた「日本再生ビジョン」も法人税減税と並んでコーポレートガバナンス改革を真っ先に掲げていたが、その最初の項目は「株式持ち合い解消」だった。その党の意見が成長戦略原案にも入れ込まれていたのだ。これに甘利氏が噛み付いたわけだ。 結局、成長戦略では「持ち合い」という言葉が残ったのはわずか一カ所。「持ち合い株式の議決権行使の在り方についての検討を行うとともに、政策保有株式の保有目的の具体的な記載・説明が確保されるよう取組を進める」という部分だけだ。「解消」という方向性は跡形もなく消え去った。

関係者によると甘利氏が持ち合い解消に反対したのは、買収防衛策の導入を主導してきた自らの経歴から導き出した信念だという。甘利氏が経済産業相だったころに制度が整備され、日本企業の間にいわゆるポイズンピル(毒薬条項)型の買収防衛策が一気に普及した。株式持ち合いも買収防衛の観点から必要だとしているのだという。

だが、すっかり時代は変わった。6月16日に開いたカプコン株主総会では、会社側が提案した買収防衛策を継続するための議案が反対多数で否決された。買収防衛策は経営者の保身につながるとして機関投資家などが反対しているからだ。自主的に廃止する企業も増えている。ピークだった08年には570社が導入していたが、5月末段階では498社まで減った。 企業がお互いに株式を持ち合うのは、資本の浪費にほかならず、アベノミクスが目指すROEの引き上げとはもっとも矛盾する。かくして甘利氏のひと言で、画期的なコーポレートガバナンス改革案は画竜点睛を欠くこととなった。