ウォン・チョンハク韓国KIPFフェローが語る 「次のチャンスは南北統一、 韓国経済のグローバル化政策は止まらない」

 グローバル化に反対する人たちがしばしば例に挙げるのが韓国です。グローバル化政策によって格差が拡大し、社会が壊れたというのです。では、韓国の政策専門家はどう考えているのでしょうか。日本の一橋大学で博士号を取った知日派でもあるウォン・チョンハク(元鍾鶴)韓国財政研究院フェローにお聞きしました。
オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40175


安倍晋三首相は、日本を世界で最もビジネスがしやすい場所に変えると宣言し、アベノミクスによってグローバル化を進める方針を示している。

かつて経済危機に直面した韓国は、日本よりも早くグローバル化にカジを切り、経済を建て直したが、一方で、様々な歪みが生じているとも言われる。経済のグローバル化を中心に韓国経済の方向性を、韓国KIPF(韓国財政研究院)のフェローを務めるウォン・チョンハク(元鍾鶴)氏に聞いた。

17年前、韓国は別の国に変わった
 問 日本では安倍晋三内閣がアベノミクスを掲げて、日本のグローバル化を進めようとしています。韓国は1997年の金融危機以降、グローバル化に大きくカジを切りましたが、その功罪が様々に指摘されています。

 ウォン 1992年にキム・ヨンサム(金泳三)氏が初めての文民政権として大統領になり、経済成長に力を注ぎました。OECD経済協力開発機構)の加盟を目指して頑張り、96年には加盟を果たしますが、その無理が大きな歪みとなって表面化し、97年のIMF金融危機となりました。

この危機を境に韓国はまったく別の国に変わったと思います。それまでの慣行や観念といったものがすべてひっくり返ったのです。

日本ほどではありませんが、それまでは会社といえば家族のようなもので、個人の人生を支えてくれる存在だと漠然と信じていたのですが、多くの会社がバタバタと倒産し、それまでの価値観が崩壊しました。当時、社会人だった人なら、知人の誰かが自殺したという経験を持っています。

 問 国際通貨基金IMF)からの支援を受け、グローバル化に一気に舵を切ったのですね。

 ウォン 危機直後に大統領に選ばれたキム・デジュン(金大中)氏によって、グローバル化が進められ、成果主義や効率性を重視する競争社会を目指したわけです。グローバル化というよりもアメリカ化といった方がよいくらい、思い切ってそれまでの価値観を転換したわけです。

例えば、97年までは企業の都合で従業員を解雇するようなことは社会が受け入れなかったのですが、危機以降は、多くの国民が仕方がない事として受け入れるようになりました。競争をしながら力を付けていかないと韓国は復活できない、と多くの人が考えるようになったのです。

英語も多くの人が勉強し、話すようになりました。経済がグローバル化していく中で、否応なしに英語を使わざるを得なくなると考えたのです。

97年までは表音文字のハングルでは意味が分かりにくい場合、漢字で補うことが多かったのですが、97年を境に英語で補うように変わった。

方針を転換すると決めると、一斉に皆が変わるような小回りがきくところが韓国社会の特長でもあります。一気呵成にグローバル化が進みました。

グローバル化を進めたことで、サムソンとヒュンダイという2つのグローバル企業が大きく成長しました。いまや韓国経済の両輪となっています。

サムソンの入社試験を年間22万人が受験
 問 韓国経済は復活したわけですが、一方で、サムソンや現代の社員など豊かな人たちと、それ以外の格差が非常に大きくなりました。

 ウォン 私は98年以降2010年ぐらいまでは、韓国はよくやってきたと思います。しかし、15年にわたってグローバル化政策をとってきて、その制度疲労が出始めているのも事実だと思う。

今の韓国は「負け組」にとってはとても厳しい社会になっています。自殺率は世界一ですし、出生率も低い、自営業の割合も30%以上と先進国の中で極端に高い。そうした「負け組」をどう救っていくか。福祉の充実などが大きな課題であることは間違いありません。

 問 格差が開いたことで、グローバル化政策への批判が強まり、グローバル化の流れを逆流させようといった意見は出て来ないのでしょうか。

 ウォン グローバル化に対する批判は当然あります。人間味がないとか、こんな社会で良いのか、といった声です。しかし、だからと言って97年より前の社会に戻るべきだと考える人は少ないと思います。経済のグローバル化は韓国だけの問題ではなく世界で起きています。

グローバル化に背を向ければ、韓国経済全体が「負け組」になってしまいます。ですから、グローバル化を進めた結果生じる歪み、つまり個々人の「負け組」に対してどういう政策を取るかが重要だと思うのです。韓国が反グローバリズムに方向転換する可能性はありません。

 問 若い人たちの考え方も変わったのですか。

 ウォン 自分自身を磨いて、競争に勝てるスキルを身に着けなければいけないと考える人が増えました。韓国の大学生はいかに、就職に有利な資格を取り、経験を積むかに必死です。大学をすんなり4年で卒業するのではなく、海外の英語学校に行って、英語力を身に着けたりしています。

サムソンの入社試験を年間22万人が受験しているそうで、ほとんどの大学生が受けていることになりますが、もちろん大半はサムソンに入れない。仕事があればアジアの他の国で就職してもよいと考える人も増えています。サムソンやヒュンダイが入社試験の方法を変えるとなると、ちょっとした社会問題になります。

韓国版アベノミクス内需拡大路線
 問 パク・クネ(朴 槿惠)大統領の経済政策は何を目指しているのでしょうか。グローバル化政策をどうしようと考えているか。海外から見ているとなかなか分かりません。

 ウォン 韓国人にも良く分かりません。韓国は大統領制なので、大統領が変わると国のあり方や目指す方向が大きく変わります。前任のイ・ミョンバク(李明博)大統領は企業経営者出身だったので、儲けてなんぼとでも言いましょうか、グローバル化を進めて稼ぐ体制をどう築くかと言う姿勢で徹底していました。サムソンとヒュンダイが韓国経済を支える2本柱だということが鮮明でした。

パク政権発足後1年半はさまよっているような状態でしたが、7月に任命されたチェ・ギョンファン(崔ギョン煥)副総理兼企画財政部長官は、韓国版アベノミクスによって内需拡大に舵を切る姿勢を鮮明にしています。野党からは成長よりも分配を重視せよという声が強い。もちろん分配政策は無視できませんが、チェ長官は経済成長ありきの政策を進めると思います。

 問 産業構造の改革に手を付けるという意味ですか。

 ウォン 金利を引き下げることで住宅への投資に再び火を付けようとしています。韓国では家計が多額の住宅ローンを抱えており、金利が上昇した場合にそれに耐えられなくなるリスクがあります。家計負債問題は韓国経済の時限爆弾とも言われてきましたが、今後、住宅市場がどうなっていくか、注目したいと思います。

もちろん産業構造の転換も課題です。自動車と半導体に依存している体質が持続可能とは思えません。モノづくりは中国や他の東南アジア諸国が勃興しており、そろそろ限界です。今後は、サービス産業などの生産性を高め、どうやって内需中心で稼げる経済に転換していくかが不可欠です。

中・ロ・日の「ハブ」を目指す
 問 グローバル化政策は続くということですか。

 ウォン グローバル化の後戻りなどあり得ません。もっとも、経済を盛り上げる方法として、グローバル化というカードはすでに切ってしまっています。次のカードは何か。私は半島の統一だと思っています。南北統一が韓国経済を飛躍させるチャンスになると見ています。

韓国は周囲を中国、ロシア、日本という大国に囲まれています。力を蓄えなければ埋没してしまいます。大国の間で韓国経済が存在感を示すには、東アジア地域の「ハブ」になることだと思います。サービスや物流の拠点として、中・ロ・日の間をつなぐ。そのためにも南北統一が必要でしょう。

もちろん、現状で南北の格差は大きすぎるため、一気に統合すると韓国の財政への負担が大きすぎる。時間をかけて統合していく方法を考えておく必要があります。