日本は言うまでもなく高齢化先進国です。マイナス面ばかり強調されますが、対策でも先頭を走れるはずです。認知症対策を軸に、新しい産業やサービス、コミュニティーのあり方などが生まれてくる可能性もありそうです。現代ビジネスにアップされた黒川清さんのインタビューです。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40446
今年11月、認知症対策に関する国際会議が東京で開かれる。昨年12月に英国のキャメロン首相の呼びかけで「G8認知症サミット」が開かれたが、そのフォローアップの会合である。
高齢化によって急速に広がりつつある認知症は、先進国共通の問題で、連携してその対策に当たろうというのが認知症サミットの狙いだった。日本を含むG8の保健大臣らが集まり、「宣言」と「共同声明」(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000033640.html)がまとめられた。
合意を受けて英国政府が今年4月に新設した「世界認知症諮問委員会(World Dementia Council)」の委員に就任した黒川清・日本医療政策機構代表理事に聞いた。
認知症は、徘徊など社会にも大きな影響を及ぼす
問 G8で認知症対策を議論し始めたのはなぜでしょうか。
黒川 人口の高齢化はいまや先進国共通の問題で、それに伴って認知症対策が重要になってきた。認知症への対応にはおカネもかかるし人手もいる。しかし先進国はいずれも財政難で、一国の政府だけでは手が回らない。
そこでプライベート・セクターである産業界なども巻き込んで、各国共同して対策を考えるべきだ、ということになった。
認知症は、従来の病気などと大きく違い、徘徊など社会にも大きな影響を及ぼす。単に医療や介護の現場だけで対策を考えれば済む問題ではない。
問 昨年末の認知症サミットのフォローアップ会合が東京でも開かれます。
黒川 7月にパリのOECD(経済協力開発機構)、9月にはカナダのオタワですでに開かれた。11月の日本に続き、来年2月には米国でも開かれる。日本での仮のテーマは「認知症の新たな介護と予防モデル」ということになっている。
認知症サミットの基本的な視点は、いかに認知症をグローバルな国家的重要課題と位置づけ、さらに民間企業を巻き込み、新しい解決策や産業を官民一体で生み出していけるか。例えばIT(情報技術)やロボットは認知症対策に大きな可能性を秘めている。高齢者が日々会話することで、認知症の進行を抑えたり、症状を改善したりする効果が認められている。
今、日本のメーカーが会話型のロボットを開発しているが、高齢者の話し相手をする人型ロボットを認知症対策に本格的に使えば良い。ロボットは人口知能によって会話の内容もどんどん高度化する。「今朝は薬を飲みましたか」などと聞いてくれるロボットの実用化など目と鼻の先だ。
また、IT技術を使えば、全国に広がるコンビニエンス・ストアを高齢者の見守り拠点にすることなどもできる。また、ビッグデータを活用することも認知症対策には有効だろう。
英国が大きな絵を描き、日本が良い製品を作る
問 高齢化先進国の日本の対応を各国が注目しているそうですが。
黒川 英国と日本が一緒になって認知症対策をやるのは良い組み合わせだ。日本人は何かサンプルがあると、それを究めてさらに良いものを作る能力にたけている。一方で大きな絵を描くのは苦手だ。
英国人は産業革命を例にひくまでもなく、形の無いところに新たなモノを生み出すような才能がある。認知症対策でも社会のあり方をどう変える、といった大きな絵を描き、そのための基礎技術はどんなものが必要かを考えだすのは英国人の方が得意だろう。それを究めて技術を応用し、使い勝手の良い製品などを作り出すのは日本の得意技だ。日英は認知症対策でも補完関係になりうる。
問 日本では認知症対策は厚生労働省の所管で、11月の会議も厚労省が担当します。彼らにITやロボット、コンビニの活用といった発想ができるのでしょうか。
黒川 日本の役所は縦割りで、どうしても自分の庭先のことしか考えない。認知症対策は厚労省だけでなく、様々な役所がからむ。ちょっと考えただけでも、ロボットは経済産業省だし、通信は総務省だし、道路がからめば国土交通省や警察ということになる。内閣官房に健康・医療戦略室という部署を置き、縦割りの弊害をなくそうとしているが、なかなかうまくいかない。
問 今度の内閣改造で厚労相になった塩崎恭久・衆議院議員とは旧知の間柄ですね。どんな事を期待しますか。
黒川 年金は詳しいが、医療や介護はそれほど知らないだろう。だが、そこが良い。金融政策や産業政策などを通じて、経産省、財務省などの経済官庁とのパイプもあり、厚労省の枠を超えた、横をつなぐような政策を実現してほしい。それができるのが政治家だ。大いに期待している。また、塩崎さんは国際派なので、国際的な視点を厚生労働行政に生かして欲しい。この点が今の厚労省に最も欠けている視点だ。
民間を活用して世界のリーダーシップを
問 認知症対策でプライベート・セクターを活用せよ、というお話でしたが、これは医療全体に言えることではないでしょうか。
黒川 その通りだ。国しかできないような事業だけを国がやり、民間にできる事は民間に任せるのが基本だ。あまり気が付かれないが国立病院が国立病院機構という1つの法人になっているのは大きい。必要なところに人事異動で人員を移すことができるからだ。
難病対策などに当たる国立療養所のようなところは、民間では成り立たない。こういうところに資金や資源を集めるべきだ。急性期病院を含め、民間に任せて成り立つところは民間にやらせる。あるいは、地域の医師が中核病院をフル活用し、高価な機器も24時間運転で共有するようなオープンシステムをどんどん導入していけば民間の力で成り立つところはもっと増える。
何でも国が支えると言う発想は間違っている。役人はいったん組織ができると、意識してか、無意識か、それを守ることに必死になってしまう。かつての国立病院がその際たるものだった。
問 ヘルスケア分野で民間の力を発揮させ、それを経済成長の原動力の1つとしようというのは、アベノミクスの3本目の矢にも合致しますね。
黒川 その通り。まさにアベノミクスでやろうとしている事と、認知症サミットの方向性は一致している。欧州の首脳たちは、来年ドイツで開かれる先進国首脳会談(G8サミット、ロシアが抜けて現状はG7)で、認知症対策などをテーマにしようと考えているようだ。
第1次安倍内閣の時にドイツのハイリゲンダムで開かれたサミットでは環境が大きなテーマになったが、同様に健康医療が議題になる可能性がある。認知症による経済損失の規模は膨大で、経済問題をテーマとするサミットが避けて通れない議題なのだ。
日本は高齢化の先頭を走っている。日本でも年々、認知症が大きな社会問題になっていく。そんな日本の首相である安倍氏が世界の認知症対策でリーダーシップを取るのは当然のことだろう。