「モノ言わぬ株主」が「責任ある機関投資家」へ 大手生保の圧力で日本企業が変わる!

「ザ・セイホ」と世界的に知られるようになって、どれぐらいたったでしょうか。日本の生命保険会社が本物の「機関投資家」へと脱皮しつつあるようです。安倍内閣が導入した日本版スチュワードシップ・コードが効果を発揮し始めています。少し専門的な話題ですが、日本企業の経営に大きな変化をもたらすことになると思われます。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40327http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40327


大手生命保険会社が8月末、「責任ある機関投資家」としての行動方針を一斉に公表した。

安倍晋三内閣が昨年6月の成長戦略「日本再興戦略」に「日本版スチュワードシップ・コード」の制定を盛り込み、今年2月に金融庁が指針(コード)を策定したのを受けた生保各社が具体的にどんな行動を取るかを明確化している。

これまで、ともすると「モノ言わぬ株主」などと揶揄されることがあった生保が大きく変わり始めようとしている。

金融庁の思惑を超えて生保が動いた
安倍内閣は、生保など機関投資家が「株主」「投資家」としての利益拡大に動くようになることで、経営者に圧力がかかり、企業の収益性が高まることを期待している。スチュワードシップ・コードという耳慣れない言葉に、経済界などからもほとんど反対が出ないまま導入が決まった。

保険契約者の利益を最大化するために投資家として行動することが求められる生保の中には、当初、受け入れに難色を示すところもあったが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)なども含め主要な機関投資家が受け入れ表明する中で、生保もそろって受け入れる方針を示していた。

それでも、生保の行動は変わらないのではないか、という見方も根強くあった。金融庁の担当者も「何かを新たに義務付けるわけではなく、これまで通りで特に問題はない」と公言していた。

大手生保が真正面から反対に回れば「日本版スチュワードシップ・コード」自体が空中分解しかねないと恐れたからだが、「今まで通り」というのは本音でもあった。コード制定で生保の行動を大きく変えようなどという意図は持っていなかったのである。

会社提案への無条件の賛成は「保険契約者への背信行為」
ところが、蓋をあけてみると、生保大手が出してきた「行動方針」はかなり踏み込んだもので、生保自身が行動を変えていくという意志がにじみ出ていた。日本企業の持つ根っからの真面目さの成せる業だと見る識者もいる。「あまり効果が期待できないと見られていた日本版スチュワードシップ・コードが予想以上に効きはじめた」と資産運用会社の幹部も言う。

生保など機関投資家に株式を保有されている企業の経営者が最も気にするのが、株主総会での会社提案議題に対する機関投資家の賛否である。

これまで生保は企業から「安定株主」と見られることが多く、会社提案には無条件で賛成票を投じるものとみられてきた。旧財閥など同じ企業グループだったり、長年の取引関係から「政策投資」として保有されてきた株式の場合、投資として保有している株式とは違うという暗黙の了解があった。

ところが、「責任ある機関投資家」としての行動を決めた場合、長年業績が悪いのに無条件で会社提案に賛成するのは、資金を預かる保険契約者への背信行為ということになりかねない。

金融庁の作ったコードには以下のような一項目がある。

機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである」

これに対して、大手生保の1つである第一生命保険は踏み込んだ対応をした。

「社内規定に基づき議決権を行使し、その結果を集計表形式で公表します」としたのだ。

第一生命の反対例
同社が議決権を保有する企業1750社のうち124社で会社提案の何らかの項目で反対票を投じ、1社では棄権したことを明らかにした。さらに議案項目別に分けた賛否も公表した。これによると、会社提案5609項目中5479項目に賛成、129項目に反対し、1項目に棄権したという。具体的な企業名は明らかにしていないが、具体的な反対例として、以下の5つを挙げた。

内部留保の水準が高いにも関わらず配当性向が低い場合の剰余金処分

・長期在任監査役(12年超)の選任

監査役に対する退職慰労金の贈呈

・長期的に業績が低迷している企業の買収防衛策の導入・更新

・金員の交付の可能性のある買収防衛策の導入・更新

つまり、株主還元が十分でないと判断した会社の剰余金処分案や、監査役の独立性が疑われる議案に反対、買収防衛策にも慎重な姿勢で臨んだことを明らかにした。

買収防衛策の導入や継続の議案については、機関投資家が反対するケースが急増している。買収防衛が企業経営者の保身のために機能し、株主や投資家の利益をむしろ損なっているという判断からだ。こうした流れの中で、会社が自主的に買収防衛策の継続を見送るケースも増えた。

さらに今年6月の株主総会では大手ゲームソフト会社カプコン株主総会で買収防衛策を継続する会社側の提案が反対票約52%で否決される例まで起きた。

こんな第一生命の踏み込んだ対応は生保業界の中でも話題になっている。

機関投資家も「レッドカード」を突き付ける時代
日本生命保険は議決権行使の賛否の結果は公表しなかったが、賛否の結果に至るまでのプロセスと判断理由を公表した。この方が、企業との建設的な対話につながる、というのが理由だ。

日本生命の場合、1842社の中から、黒字でも無配の会社や配当性向が15%未満の会社といった課題企業を抽出。「議決権行使精査要領」にしたがってスクリーニングし、「精査」対象企業630社を抜き出した。

こうした企業と「対話」を通じてさらに検討を加え、307にのぼる企業に「問題意識の表明」をしたという。

具体的には「設備投資ニーズの有無」「増配・自社株買いの有無」「不祥事再発防止への取り組み」などだとしている。こうした「対話」の結果、どれぐらいの会社提案に反対したのかは、前述の通り明らかにしなかった。

住友生命保険明治安田生命保険も「議決権行使における不賛同の事例」を公表した。

住友生命の例の中には以下のようなものが含まれている。

「長期にわたり業績不振や無配が継続しており、業績面で改善の兆候が見られない企業の取締役選任議案」

「社会的な影響の大きい不祥事により、株式価値を損なった企業の取締役選任議案」

成果を挙げられない経営者や、会社に損失を与えた経営者は再任しない、というのである。ついに日本の機関投資家も経営者にレッドカードを突き付ける時代がやってきたということなのだ。

安倍内閣は今年6月の成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」に、コーポレートガバナンス・コードの制定を盛り込んだ。投資家の行動を変えることで経営者に変革を迫ろうとするのが昨年のスチュワードシップ・コードだったとすれば、ガバナンス・コードは経営者自身のあり方を規定する指針である。

この2つはまさに車の両輪で、これが揃うことで、世界標準の「経営の質」が問われることになるのだ。「日本の稼ぐ力を取り戻す」ことで日本経済を再興させようとしている安倍内閣。企業に稼ぐ力を取り戻させるには、経営者に圧力がかかるガバナンスの仕組みが不可欠ということだろう。少なくとも前半戦であるスチュワードシップ・コードを見る限り、事前の予想に比べて大いに効果を発揮しつつあるように見える。

後半戦のガバナンス・コードで世界最高水準の「ベスト・プラクティス」を示し、日本の経営者の背中を押すことができるのかどうか。20年にわたり眠りについていた日本企業という巨像が、ようやく動き出しそうな気配だ。