「国家戦略特区は規制改革の一丁目一番地、アベノミクスの一丁目一番地だ」と安倍首相は繰り返し述べてきました。そのアベノミクスの中核を「政敵」であるはずの石破茂氏に託したのはなぜなのでしょう。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。是非ご一読ください。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/?rt=nocnt
石破茂氏は当初言われていた主要大臣との兼任もされず、弱小ポストに封じ込められた――。多くのメディアはそんな安倍晋三首相との対立の構図で改造人事を報じている。確かに、次の総裁選で石破氏が安倍氏に反旗を翻しにくくなったのは事実だろう。だが、安倍首相が石破氏を「干した」というのは違う。むしろ運命共同体に引きずり込んだと見るべきではないか。
その理由は、新しく設けられた地方創生相に就任すると共に、昨年末に新設されていた国家戦略特区担当相も兼務することになったからだ。アベノミクスの3本目の矢の中心を占める規制改革の武器として、昨年末に法律を成立させて作ったポストだ。安倍首相は、国家戦略特区を突破口に「岩盤規制」を打ち破ると繰り返し主張してきた。つまりアベノミクスの成否を握る武器を「政敵」に託したのだ。
昨年の設置から改造までは、総務相が兼務してきた。地方自治体にさまざまな権限を握る総務省は岩盤規制の本山でもある。その守る側のトップが攻める側の特区相を兼ねるというのは、明らかに無理があった。まさに「矛盾」の世界である。改革派の官僚や民間人は、内閣改造でアベノミクスを推進する改革派が担当相に任命されるものと信じていた。「えっ、特区相は石破さんの兼務なのか」。閣僚の1人からもそんな驚きの声が漏れていた。
経済中心、地方創生が内閣の重要課題
地方創生相もアベノミクスの命運を担うポストだ。わざわざ今回の改造に当たって新設したのは、この秋以降、地方で首長や議会の選挙が相次ぐことも1つの大きな動機だった。安倍首相は改造後の新閣僚に内閣の一員として取り組む課題を指示したが、その「いの一番」にはこう書かれていた。
「経済こそ国力の源泉との認識のもと、雇用改善や賃金アップといった経済の好循環をさらに確実なものとし、景気回復の実感を全国津々浦々まで届けるため、従来の発想にとらわれることなく、経済再生に資する施策を提案・実施する。あわせて若者にとって魅力あふれる元気で豊かな地方創生に、自らの持ち場において全力で取り組む」
経済中心、地方創生が内閣の最重要課題であることを明確に示したのだ。
そのために新設した大臣と、岩盤規制突破の武器である国家戦略相を兼務させたのが、軽量ポストであろうはずはない。安倍首相は石破大臣にアベノミクスの命運を託したと言っても過言でないのだ。
もちろん、そうして運命共同体に石破氏を引きずり込むことが、安倍氏の政権基盤を固めることにつながったのは厳然たる事実だ。もし石破氏が地方創生で力を発揮することができなければ、石破氏の政治生命は終わりになりかねない。政策通で知られる石破氏はもともと経済にはあまり関心がないとみられてきた。石破氏にとっては間違いなく試練だ。
逆に石破氏が地方創生で成果を上げれば、それはアベノミクスの成果ということになる。どちらに転んでも、安倍氏が自爆しない限り、来年の総裁選挙で石破氏が安倍氏を打ち破ることは難しくなったとみていいだろう。
「経済こそ国力の源泉」の重み
「経済こそ国力の源泉」という言葉が指示書の冒頭に置かれている意味は重い。国防に大きな関心を示す安倍首相と石破氏が、国を守るためには経済を立て直すことこそが重要だという点で両者が合意しているということだ。特定秘密保護法や集団的自衛権問題で右傾化批判が強まり、内閣支持率に陰りが見えた安倍首相にとって、「経済最優先」にカジを戻すことは極めて重要だった。
石破氏からすれば、防衛問題には極めて詳しいが「軍事オタク」の印象のままでは宰相の器ではないと見られかねない。「経済こそが国防の要」という位置づけで、経済再生を成し遂げることは2人の政治家にとって極めて重要なのだ。国民の多くが生活に直結する経済問題により関心を抱いていることもある。景気が回復すれば政治への支持が高まることは、1年8カ月におよぶ安倍内閣が実績として示してきたことだ。
では、アベノミクスの命運を託された石破氏は地方創生を成し遂げることができるのだろうか。まずは、どれだけ「改革姿勢」を世の中に訴えることができるかどうかだろう。
9月9日、国家戦略特区諮問会議が石破大臣も出席して開催された。そこではさっそく、既に国家戦略特区に指定されている地域から申請されていた規制の特例が2件認定された。
兵庫県養父(やぶ)市から申請された「農業委員会と市町村の事務分担に係る特例」と、福岡市から出された「エリアマネジメントに係る道路法の特例」だ。前者は農業委員会が握っていた農地賃貸の許可権限を市長に移すもの。後者は地域のイベントでの道路使用を大幅に自由化するものだ。
さらに、規制改革を進めるとして、石破氏が打ち出したのは、臨時国会に国家戦略特区法の改正案を提出して、追加で規制改革項目を盛り込んでしまおうというもの。これまで総務省がのらりくらりと拒んでいた規制改革のメニュー追加を一気にやってしまおうというのである。さっそく石破氏は特区という武器を振りかざし始めたというわけだ。
追加項目として検討の俎上にのぼっているのが、6月24日に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」に記載されている事項である。この日の会議の資料でも、1)法人設立手続の簡素化・迅速化、2)女性の活躍推進等のための外国人家事支援人材の活用、3)創業人材などの多様な外国人受け入れ、4)公立学校運営の民間開放――が改めて示された。
それに加えて、特区に指定された地域から出されている要望も報告された。
具体的には関西圏での労働時間規制の改革や、福岡市における航空法高さ制限のエリア単位の緩和、新潟市から出された農業生産法人の出資要件の緩和と獣医師養成系大学・学部の新設などだ。また、養父市からは、農業生産法人の出資・事業要件の緩和、植物工場などへの農地転用の一層の円滑化、鳥獣被害防止対策の強化、森林資源を活用した拠点整備のための林地開発許可権限の市への移譲、シルバー人材センター会員の労働時間の拡大の5点出された。
国家戦略特区法が臨時国会の目玉に
さらに、全国の157主体から206件の提案が出ているものも、検討の対象に加える姿勢が示された。
規制改革事項の追加について
「石破大臣はかなり前のめりに改革に切り込む姿勢を見せている」と、国家戦略特区の関係者は言う。
集団的自衛権関連法案などほかの懸案がすべて来年1月の通常国会に持ち越されている中で、国家戦略特区法が臨時国会の大きな目玉になることは間違いない。そこで石破氏がどれだけ特典を稼げるのか。地方経済が目に見えて改善することにならなければ、「アベノミクス失速」という評価が内外で定着することになりかねない。アベノミクスの命運を握る石破大臣の手腕に注目したい。