派遣法改正で「正社員はゼロ」になるか 非正規の80%以上が「今の働き方でいい」という現実

今国会で審議されている派遣法改正について、日経ビジネスオンラインに記事を書きました。是非ご一読ください。 →http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141009/272347/



労働者派遣法改正案の審議が始まった。先の通常国会で法案の事務的な誤記があって廃案になったものが、誤記を修正して臨時国会に再提出された。政府はこの臨時国会中に成立させる方針だ。

 これに対して左派野党は猛烈に反発している。共産党志位和夫委員長は10月1日の代表質問で、派遣法改正は「『生涯ハケン』『正社員ゼロ』に道を開く」と痛烈に批判。民主党海江田万里代表も「ありとあらゆる手立てを使い、廃案に追い込んでいく」としている。一方で安倍晋三首相は「働き方の様々なニーズにこたえていくための法律だ」と真正面から対決していく姿勢を崩していない。

 現在の派遣法では、製造業など(通訳やアナウンサーなどの専門的な26業務は除く)での派遣業務の受け入れ期間は最長3年までと制限されている。改正案では、来年4月以降、3年たった派遣労働者を別の人に代えれば、同じ業務で派遣社員を再び受け入れることが可能になる。

派遣の業務が定着

 これまで、派遣労働は、あくまで一時的で臨時的な働き方だという「建前」で続いてきた。つまり、常時必要なポストがあるのなら、派遣ではなく正社員で賄うべきという考えだったのだ。3年たって別の派遣社員に同じ仕事をさせることが可能になる今回の改正は、ある業務が派遣社員の「ポスト」として定着することを意味する。つまり、これまでの大原則を大きく変えることになるわけで、左派野党が反発するのは至極当然だ。

 もちろん、別の人を派遣として受け入れるような場合、労働組合などからの意見聴取をすることが条件に盛り込まれている。だが、野党側は、企業はなし崩し的に無制限に派遣を増やすことになると批判する。正社員がゼロになる、という批判はここから生まれている。

 法改正の背景には経済界の要望がある。現場の実状に合わせて派遣労働者を使いやすくして欲しいというものだ。製造業などの企業の現場には、人件費を一定額で固定したい職務が存在する。経験によるスキルアップなどが必要とされない単純労働などだ。

 こうしたポストに正社員を張り付ければ、仕事の生産性に関係なく、待遇は年齢と共に上がっていく。国際的な競争を繰り広げる企業にとって、これではコストがどんどん上がってしまう。こうしたポストに派遣社員を当て、コストを一定に保ちたいというわけだ。そのためにはこれまでの3年という上限がネックになる。

 しかし、経済界の要望だけが改正案に盛り込まれているわけではない。政府側は、今回の改正では、派遣労働者の権利を守る改正も盛り込んでいると強調する。

 派遣会社に対して、契約期限が来た労働者について、派遣先企業に直接雇用するよう依頼するか、新たな派遣先を提供するか、派遣会社自らが無期雇用にするかを義務付ける内容が盛り込まれている。これで、雇い止めによって失業するようなケースを減らそうというわけだ。さらに、一部で認めていた派遣事業の届け出制をすべて許可制に切り替え、悪質な派遣会社の排除にも乗り出すという。

働き方には多様なニーズ

 「首相は派遣労働者を増やそうと考えているのか、減らそうと考えているのか」――。3日の衆議院予算委員会民主党山井和則議員が噛みついた。首相ははじめは、「それぞれの人が自己実現しやすい仕組みをつくっていこうというものだ」とかわしていたが、最終的には「派遣を増やすための法律ではない」と発言せざるを得なくなった。

 首相からすれば、デフレから脱却して経済が成長すれば、正規も非正規も雇用は増える。単純に増やすか減らすか、という議論ではない、という思いがあったのだろう。

 さらに、「働き方の様々なニーズ」と首相が語る背景には、仕事と生活のバランス、いわゆる「ワークライフ・バランス」を重視する層が増え、短時間だけ働いたり、時間に縛られないで働きたいと望む人たちが存在する、という現実がある。共働きが一般的になって、小さな子供がいる女性が働く場合には、フルタイムで働くのはなかなか難しいという現実もある。

 厚生労働省の調査では2013年の全産業の雇用者は5200万人いるが、このうち3294万人が正社員で、残りの1906万人が非正規雇用だ。このうち半数近い49%に当たる928万人がパート、21%を占める392万人がアルバイトである。派遣社員は116万人(6%)、契約社員・嘱託は388万人(20%)だ。すでに働き方は多様になっているのだ。しかも、そのすべての人たちが、正社員になりたいと考えているわけではない。

 やはり厚労省の調査によると、正社員として働く機会がなく、非正規雇用で働いている「不本意非正規」の割合はこうした人たちの19.2%だという。もちろん実数にすれば341万人に及ぶ不本意非正規労働者が「少ない」とは決して言えない。特に25歳から34歳には84万人の「不本意非正規」が存在し、その割合は30%に達するという。これは大きな社会問題だ。

「正社員のような働き方はできない」

 こうした非正規労働者が正社員へと移っていける仕組みを作ることは不可欠だ。だが、それでも、逆に言えば、80%以上の人たちは、非正規の働き方を選択して不満を抱いていないというのも現実なのだ。正社員のように重い責任を負わされ、残業も拒絶できないような働き方はできない、という声は多く聞く。

 問題は、日本の労働法制が、こうした多様な働き方を求めるニーズに追いついていないことだろう。今回の派遣法改正で「正社員ゼロ」社会が到来することはあり得ない。企業はスキルアップして経験を積んだ人材を必要としている。そうした人材を確保しようと考えれば、正社員として採用し、厚遇していくことが不可欠になる。低い賃金で厳しい労働環境に労働者を置いた企業が、「ブラック企業」のレッテルを貼られ、人不足が起きた途端に、人が集まらなくなり、深夜営業ができなくなった事例がたくさん現れている。

 今後、人不足が深刻になれば、正社員よりも非正規社員の給与の方が上昇する局面がやってくる。すでに都心部のアルバイトの時給は大幅に上昇し始めているが、それでも人が集まらない。正社員の給与はなかなか上昇しないが、非正規雇用は需給に応じて大きく変動する。

 景気後退局面では下落し、景気が良くなり需要が増えれば、真っ先に給与は上がる。デフレ時代の非正規雇用が悲惨なのは間違いないが、経済成長が始まれば、非正規の方が時間当たりの給与が高いというケースが出てくる。企業にとって非正規のコストが上昇すれば、安定的に人材を確保したい企業は正社員採用へとシフトしていく。

 今年4月に総務省が発表した昨年10月時点の推計人口によると、15歳から64歳のいわゆる「生産年齢人口」が32年ぶりに8000万人を割り込んだ。一方で65歳以上の「高齢者(老年人口)」が25%を突破し、過去最高になった。どんなに高齢者や女性の活用を進めても、今後、労働者不足が深刻になっていくのは間違いない。しかも、女性の労働参加を促そうと思えば、それこそ「多様な働き方」を許容していく制度づくりが不可欠になる。

同一労働同一賃金」の実現がカギ

 働き方を「正規」「非正規」と分けるのもそろそろ時代遅れなのかもしれない。日本では往々にして、「正規」よりも「非正規」の方が企業にとってコストが安いケースが多い。ともすると社会保険料負担からも逃れられ、解雇を巡るトラブルにもなりにくい。そんな「正規」と「非正規」の条件差を許している制度を見直すことが不可欠だろう。

 先進国では当たり前の「同一労働同一賃金」を前提に考えれば、短時間労働の「非正規」が企業にとってコストが安いということにはならないはずだ。だが、これを見直すことは、終身雇用の慣行に過度に守られてきた正社員の既得権も見直すことにつながる。

 だが、正社員の利益を守っている労働組合をバックにした民主党などは、雇用法制の抜本的な改革に抵抗するのは間違いない。国会での派遣法改正論議で、議論がすれ違うのは当然とも言える。