日本型「正社員」改革こそが本丸だ 専門化うながす「業務の標準化」

日経ビジネスオンラインに4月21日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/042000040/

「新卒一括採用」のデメリット

 この4月に大学を出て企業で働き始めた若者の中で、思い描いていた会社人生と現実とのギャップに動揺している人が少なからずいるに違いない。とくに大企業の場合、入社式を終えるまで配属先が分からず、具体的にどんな仕事をするのか、まったく知らされていないケースがほとんどだ。

 「営業を希望していたのに経理に配属された」「東京で働けると思っていたら、いきなり地方支店に行けと言われた」「まったく別の職種の子会社に回された」

 そんな不満の声が聞こえる。

 仕事の中味を明示せずに採用することができるのは、「新卒一括採用」の「正社員」だからだ。企業に採用された以上、あとは企業の裁量次第。どんな仕事に就かせようと、どこで働かせようと、本人の希望は二の次にされる。要は特定の職種に就く「就職」ではなく、その企業に入る「就社」であったことを、入社から数週間の間に思い知らされる。

 欧米企業での就職はこれとまったく異なる。特定の職務やポストを明示して、「適材」を募る。日本でも外資系企業などはこうしたスタイルの採用を行っており、ホームページなどをみれば、現在いくつのポストを募集しているかが示されていたりする。

 こうした欧米企業型の採用形態は「ジョブ型」、日本企業のような一括採用は「メンバーシップ型」などと呼ばれる。世界全体をみると、日本のような採用形態はまれ。日本企業の「正社員」採用は、きわめて日本型ということができる。

 政府の「働き方改革実現会議」が3月28日にまとめた「働き方改革実行計画」は、まっ先に「同一労働同一賃金」を掲げ、有期の契約社員やパートタイマーなどの非正規社員と、正社員の待遇格差の解消を目指すとしている。さらに、長時間労働の是正も重視し、罰則付き時間外労働の上限規制の導入なども盛り込んだ。改革が掛け声倒れにならないよう、今後の法改正など「工程表」も作っている。

日本企業が求める「白地のキャンバス」

 長年の懸案だった労働問題の課題に、本腰を入れて取り組む姿勢を示したのは評価に値する。だが、今回の実行計画だけで十分なのかといえば、そうではない。日本型の「正社員」雇用に、ほとんどメスが入っていないからだ。

 「正社員」という言葉が示しているように、新卒者を一括で採用し、後は企業の裁量で仕事をあてがう方法こそが、「正しい」採用形態だという観念が根付いている。正社員としていったんその会社に入れば、めったなことではクビにならない。仮に初めに配属された部署がなくなっても、他の部署に移動するだけ。定年まで雇用が守られるという暗黙の了解が存在する。

 また、配属部署についての専門知識がまったくなくても、企業はオン・ザ・ジョブで一から仕事を教えてくれる。入社前に中途半端な専門知識を持っているより、どんなカラーにでも染められる「白地のキャンバス」の方が企業にとってはありがたい、というのが長年の日本企業のスタンスだった。つまり、日本型雇用の特色とされる「終身雇用」「年功序列」と「正社員」はセットで成り立っていたと言える。

 だが、今の若者世代は「終身雇用」を信じていない。バブル崩壊以降、会社が潰れたり、リストラされたりして苦労した親をみて育ってきた世代だ。会社に入る時こそ、「この会社で定年まで働きたいと思います」と発言するが、それは入社を許されるための方便だ。大半の若者は、いずれ転職したり、自分で起業したりすることを考えている。そんな若者が増えているだけに、突然、想定もしていなかった職場への配属に、面食らうわけだ。

 安定的な雇用をある意味保証している「正社員」制度は、労働者にとってよい制度だというのが、政府や労働組合の発想である。非正規雇用を問題視し、正社員化を促すというのも、それに裏打ちされている。だが、本当に「正社員」は働き手にとって素晴らしい制度なのだろうか。

 よく考えてみれば、辞令一枚でどこへでも社員を異動させることができる仕組みは、会社にとっては好都合だ。人材採用が難しい地域で支店の職員を雇うよりも、大都市圏で採用した正社員を転勤させる方が簡単だ。一方で、辞令一枚で日本国内はおろか、世界中に転勤させられる社員の生活には、大きなしわ寄せがくる。とくに最近は夫婦共働き世帯が増え、転勤となると単身赴任せざるを得ない例も多い。生活を犠牲にせざるを得ないわけだ。

「ジョブ型採用」への転換が不可欠

 非正規社員がこれまで大きく増えてきた背景には、そうした正社員型の雇用ではなく、より自由に働きたいという女性や高齢者のニーズがあった。正社員になりたいが、なれないので非正規雇用に甘んじているという人もいないわけではないが、少数である。つまり、日本型の「正社員」システムに違和感を持つ人たちが増えてきているわけだ。

 「実行計画」には随所に「生産性向上」という言葉が出て来る。だが、働き方改革によって、どうやって生産性を向上させるのか、具体的な記述は乏しい。実際は、生産性を向上させる働き方に変えようとした場合、これまでの日本型正社員システムの見直しが不可欠になるのは明らかだ。「白紙」の新卒者を雇って一から育てるよりも、一定の知識・技能を持った「即戦力」を雇う方が生産性が上がるはずだ。

 だが、大きな問題がある。新卒者を一から育てる仕組みを取り続けてきた大企業ほど、仕事のやり方が「その会社流」なのだ。たとえば、全世界共通のように思われる経理処理なども、会社によってやり方が違う。隣の会社の経理のプロをスカウトしても、仕事ができないのだ。つまり仕事の「標準化」ができていないのである。

 そうした仕事の標準化が進めば、日本企業の生産性は大きく向上するに違いない。事務処理のアウトソーシングなどが容易になるし、人材教育にかける時間が少なくて済む。

 そのためには、社員を丸ごと抱え込む「正社員」型の採用をやめ、欧米のように仕事のポストで採用する「ジョブ型」に変えていくことが不可欠だ。ジョブ型採用が主流になれば、若者たちも自分の専門性を磨くことに力を注ぐようになるだろう。一方で、専門能力に見合った給料を支払わない会社にはさっさと見切りを付け、隣の会社に転職していくのが当たり前になる。企業からしても、優秀な人材を集めようと思えば、きちんと給料を払い、職場環境などを改善していくことが不可欠になる。

 その副作用として考えなければならないのは、若年層の失業率が相対的に上昇する可能性があることだ。まったく「白紙」の新卒者を採用するより即戦力が求められるならば、大学を出ても就職できない人が増えるかもしれない。もっとも日本の場合、少子化の影響で、今後もしばらく新卒者は減り続けるので、その副作用は吸収できる可能性もある。

 「実行計画」の中心は、同一労働同一賃金長時間労働の是正といった「待遇改善」だ。テレワークや副業の推進なども盛り込まれているが、あくまで従来の「正社員」型の雇用形態が前提になっている。企業収益が大きく改善する中で、給与の引き上げで労働分配率を上げるなど待遇改善を進めることは重要だ。だが、「働き方」と「生産性向上」を考える場合、日本人の働き方を規定してきた「正社員」の見直しは不可欠だろう。