宮沢経産相「抜擢」は法人税減税シフト アベノミクス失速打破へ「サプライズ」

なかなか面白い人事だと思っているのですが、宮沢氏も「政治とカネ」の標的になっています。政治とカネの問題は大事ですが、これで改革が進まなければ、いったい誰が喜ぶのでしょうね。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


9月の内閣改造で任命して1カ月半しかたたない「看板」の女性閣僚2人が10月20日、同時に辞任した。小渕優子経済産業相が関連政治団体の不透明な会計処理を巡る問題で、松島みどり法相は選挙区内で「うちわ」を配布していた問題で、それぞれ責任をとった。

 安倍晋三内閣が2012年末に発足して以来、閣僚が辞任に追い込まれたのは初めてで、政権発足以来の危機であることは間違いない。さらに4月の消費税増税以降、景気に減速感が強まり、安倍晋三首相が進めてきたアベノミクスの失速が強く懸念されている。

 そんな危機に直面して、安倍首相は起死回生の一打を放った。就任以来、強気一辺倒だった首相らしい「妙手」を打ったのである。小渕氏の後任の経産相に宮沢洋一・参議院議員を据えたのである。

 宮沢氏は宮沢弘元法相の長男で、宮沢喜一元首相の甥。衆議院当選3回、参議院1回の中堅である。合計4回と数えてギリギリ「大臣適齢期」になるとはいえ、ベテラン議員に多くの未入閣待機者がいる中で大抜擢といえる。しかも重要閣僚とされる経産相に初入閣で就任するのは極めて異例だ。

 宮沢氏の経産相登用がなぜ「妙手」なのか。

「インナー」の実力者

 宮沢氏は自民党税制調査会の幹部で、経産相就任まで「小委員長代理」を務めてきた。「インナー」と呼ばれる非公式幹部会のメンバーだった。政務調査会の部会や他の調査会では自民党議員なら自由に発言できる「民主的な」仕組みになっており、決定には全会一致が建前となっている。ところが党税調は「インナー」が事実上の決定権限を握っている。絶大な力を誇った山中貞則会長(故人)時代と比べれば弱体化したとはいえ、今でも税制改正に隠然たる力を持っている。

 しかも最近の税調インナーは、税制を司る財務省と一心同体の議員が占めるようになっている。内閣改造までは、税調会長の野田毅氏、税調顧問の高村正彦氏と町村信孝氏、小委員長の額賀福志郎氏、小委員長代理だった宮沢氏と、地方税の専門家である石田真敏氏で構成されていた。

 中でも強い決定権を握っているとされるのが野田氏と額賀氏、そして宮沢氏だ。野田氏と宮沢氏はいずれも旧大蔵省(現財務省)出身で、額賀氏は財務大臣経験者である。この財務省シンパに派閥の領袖を加えることで、党内をガッチリ抑えてきたという構図だ。

 安倍内閣は発足以来、法人税率の引き下げを「成長戦略」の柱に据えてきた。これに党税調は真っ向から反対してきた経緯がある。「財源の裏付けがないのに減税するのは許されない」というのが財務省やインナーの論理である。

 これに対して安倍内閣の改革派は、法人税率を引き下げることで、日本への企業立地が増えたり企業収益が上がったりすることで法人税収も増えるので、時間差があっても回収してお釣りが来ると主張してきたのだ。

 今年はじめから5月にかけて、安倍首相と税調会長の野田氏が法人税率の引き下げを巡って激しく対立してきたのは周知の通りだ。安倍首相は野田氏に、従わないのならば会長を交代させ、財務省の敬遠する人物を会長に据える、とまで言ったとされる。最終的には野田氏ら税調幹部が折れる格好で6月の成長戦略に法人税率引き下げが盛り込まれた。

 6月24日に閣議決定された「日本再興戦略 改訂2014」にはこう書かれている。

 「日本の立地競争力を強化するとともに、我が国企業の競争力を高めることとし、その一環として、法人実効税率を国際的に遜色ない水準に引き下げることを目指し、成長志向に重点を置いた法人税改革に着手する。そのため、数年で法人実効税率を20%台まで引き下げることを目指す。

 この引下げは、来年度から開始する。財源については、アベノミクスの効果により日本経済がデフレを脱却し構造的に改善しつつあることを含めて、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標との整合性を確保するよう、課税ベースの拡大等による恒久財源の確保をすることとし、年末に向けて議論を進め、具体案を得る」

 財務省や税調インナーの抵抗で法人税率の引き下げは難しいのでは、というムードが広がっていただけに、この方針には国内外の投資家や経営者から高く評価された。その後、株価が上昇基調に変わったのも、首相のリーダーシップで法人税率引き下げが動き出した、と捉えられた。

逃げ道だらけの文言

 だが、成長戦略の文章は役所流の解釈、つまり「霞が関の修辞学」でいけば、そう簡単に国際水準並みに引き下げられる代物ではない。何重にも抵抗できる言葉がちりばめられているのだ。

 まず、「数年で」。これが何年なのかは明確ではない。常識的には2〜3年だが、4〜5年先にずれ込ませることも可能。4〜5年先となればまず安倍内閣は続いていない。

 次に「法人実効税率」。何をもって「実効」と言うか定義を変えてしまうことも可能だ。

 さらに「20%台まで」。中学生でも20.00%から29.99%まで幅があることに気が付く。

 そして最後は「目指す」である。役所用語で「目指す」は努力するということであって実現させるという確約ではない。

 要は、「年末に向けて議論を進め、具体案を得る」ということに尽きるのである。

 そこでカギを握るのは党の税調ということになる。9月の内閣改造に合わせて、税調はインナーに石原伸晃・前環境相林芳正・前農水相を加えた。石原氏は小さいながらも派閥の領袖、林氏は父親が財務相を務めた財務省シンパである。野田会長からすれば、体制固めをして法人税問題に真正面からぶつかろうとしていた矢先である。中心人物である宮沢氏が引っこ抜かれる格好になったのだ。

 宮沢氏は経産相の辞令を安倍首相から首相官邸で受け取った後、記者団に法人減税について聞かれこう述べていた。

 「総理には『攻守が変わってしまった』と申し上げた」「立場は変わった。いろいろ知恵を出さなければならない」

 言うまでもなく法人税率の引き下げを要望しているのは経産省である。そのトップに、前日まで引き下げに抵抗してきた宮沢氏が就いたのである。最大の抵抗者を推進役に据える人事は、しばしば国際機関などでも見られる。そんな絶妙の人事を安倍首相は繰り出したのだ。

転んでもただでは起きない安倍首相

 反対派をトップに据えたら、まじめに推進役を果たさないのではないか、と思われるかもしれない。しかしそこは政治家である。自らの役回りを理解したうえで政治家としてリーダーシップを発揮する。さもなくば選挙民や国民から政治家失格の烙印を押されかねないからである。「知恵を出さねば」というのはそうした「政治家としての立場」にいかに「自らの信念」を反映させるか、ということだろう。

 安倍首相からすれば法人税率の引き下げは絶対実現させなければならない必須テーマだ。アベノミクスの失速が言われる中で、国内外にアピールできる即効性のある政策は法人税率引き下げぐらいしかない。

 その「規模(税率)」や「スピード(最終的な適用時期)」で、投資家が期待している以上の方向性を示せば、「サプライズ」としてアベノミクス再評価の流れにもう一度変えることが十分可能だ。

 「転んでもただでは起きない」安倍首相が繰り出した妙手である宮沢経産相が、自らの古巣である財務省に、どう斬り込んでいくか。大いに注目したい。