外国人観光客が殺到! 大阪ミナミの台所「黒門市場」

ウェッジに連載している地域再生のキーワード。5月号(4月20日発売)は大阪黒門市場を取り上げました。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4936

Wedge (ウェッジ) 2015年 4月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2015年 4月号 [雑誌]

 
黒門市場と言えば戦前から続く大阪ミナミの台所として、大阪の庶民に愛され、ミナミの繁華街の飲食店に食材を供給し続けてきた。そんな長い伝統を持つ黒門市場の様子がいま、一変している。外国人観光客が大挙して押しかけているのだ。商店街を歩く人の半分以上が、間違いなくアジア系を中心とした旅行者になっている。

昨年1年間に日本を訪れた外国人客は1341万人と前年より300万人も増えた。円安を引き金に、日本での買い物などを目当てに台湾、中国、香港などからやって来ているのだ。

 いまやそうした外国人消費をどう取り込むかが、地域を活気づかせる切り札になっている。そんな外国人集客の成功例としてメディアで取り上げられることも相乗効果になって、外国人客がどんどん増えているのだ。

 彼らのお目当ては「食べ歩き」。買ったものを店頭で何でもすぐに食べることができる。食べ歩きというと、焼き餅や煎餅、カットフルーツやお弁当といった持ち歩きしやすいものが定番だが、黒門市場はケタが違う。

鮪のトロひと柵をその場で切ってもらって刺身として食べたり、ウニひと箱をスプーンで味わったりする。ふぐを丸ごと一尾買って、「てっさ」と「てっちり」を堪能するという店まである。それぞれの商店が知恵を絞って外国人が「食べたがる」「欲しがる」商品を並べている。店先にテーブルを出したり、店内に飲食できるスペースを新設したりしたお店もある。

 もっとも賑わっているのは午前中。近隣のホテルに宿泊して、朝食を摂らずにやってくる。日本の食文化に直接触れてみたいという好奇心が黒門市場を訪れる外国人には共通している。市場にあるものは何でも、しかも鮮度の高い日本の海産物までその場で味わえるという大胆な仕組みが、バカ受けしているのだ。

 「はじめは外国人が増えたら昔からのお客さんに迷惑がかかるやろって声もあったんです。けど実際に来るようになったら、売らな損やわってことになったんです」

 黒門市場商店街振興組合の山本善規理事長はそう言って笑う。儲かることだったら異論は出ない大阪ならではの実利先行といってよいだろう。山本理事長自身、黒門市場で5代続く漬物店を営むが、「伝統にこだわって客が減ってしまっては元も子もない」と屈託ない。

 本格的に外国人客をターゲットにし始めたのはそう古い話ではない。黒門市場の4~5軒の商店が、大阪ミナミを中心に180近いホテルの客室に置く『エクスプローラー』という情報パンフレットに掲載情報を出し始めたのが数年前。2013年になって大阪市補助金を原資に「黒門市場特集」のパンフを作成することにした。パンフは日本語だけでなく、中国語、韓国語、英語のものを作った。ちょうどアベノミクスによる円安で増え始めていた外国人旅行者をターゲットにしようと明確に決めたのだ。パンフが完成した13年10月頃から、目に見えて外国人が増えるようになった。

 同時に組合で「食べ歩き」をコンセプトにすることを決めたのだという。「黒門市場全体を巨大なフードコートにしてしまおう」(山本理事長)というわけだ。飲食店できちんと食べる前に、いろいろ試してみようという旅行者心理をとらえた。

 黒門市場は魚介類の販売店が多いが、青果店や菓子店、薬局、衣料品店などもある。当初は外国人が来ても潤わない店があるのではないかと心配したが、杞憂に終わる。青果店の高級いちごが飛ぶように売れ、土産用の菓子も売れるようになった。日本の常備薬や化粧品も大盛況で、衣料品店では「日本製」と大書きした商品から売れていく。日本茶も人気だ。商店街全体が一気に潤ったのである。

高いものから売れる

 黒門市場の中でもいち早く外国人をターゲットにしたのが「黒門三平」。台湾や中国のブログなどにも載る人気店だ。12年に店内にイートインコーナーを作り、昨年夏に80席に拡大した。

「お客様の8割が外国人じゃないでしょうか」と黒門三平の岩粼祥一社長は言う。昨年の売り上げは前年比40%増、今年1月だけを見ると前年同月比倍増した。

 寿司、トロ、ウニ、カニ、エビなどが売れ筋商品。「普通に1万円から2万円を使っていく」と、客単価も上昇傾向だ。2号店の出店を考えている。

通常、市場と言えば、安いものを買い求めに客が集まる場だ。黒門市場もそうだった。市中の小売店より安くて良いものを求める客に支えられてきたのだ。だが、大型のスーパーやネット直販など、価格ではなかなか勝負にならなくなっていた。バブル崩壊後、ジワジワと客足が遠ざかっていたのも、そんなデフレ時代を象徴していた。

 ところが、今の黒門市場はすっかり「価格勝負」ではなくなった、という。高くても良いもの、観光客の喜ぶ日本を代表する価値の高いものが飛ぶように売れるのだ。

 例えば、青果店の店頭で売っているイチゴも2パックで2500円という値段が付いている。百貨店並みかそれ以上の価格帯だが、品質は最高級で甘さも絶品。乾燥したホタテ貝柱も市場内の各店で飛ぶように売れているが、5000円という値段が付いている。大粒の一級品だ。

アベノミクスではデフレ脱却を掲げているが、黒門市場ではひと足早くデフレからすっかり脱却しているのだ。

 食べ歩きをコンセプトにしたことで、もう1つ大きな変化があった、という。日本人の若いカップルなどが黒門市場にやって来るようになったというのだ。何か面白そうなことが起きているということで、これまではほとんど縁のなかった若者たちの関心を引いたのだ。外国人だけでなく、客層を広げることにつながったのである。

外国人で大繁盛している黒門市場だが、大きな不安材料も抱えている。

 「外国人がおらんようになったら、どうするんや」

 円安がいつまでも続くかどうかは分からない。外国人の間で日本ブームが終わってしまう可能性もある。外国人旅行者の数が頭打ちになることは十分に想定できる。そうなったら黒門市場はどうやって生きていくのか。

 ひとつの方策は、大阪ミナミの各地域との連携を深めていくことで、点ではなく面として外国人客を引き付けること。ミナミには家電専門店街の「でんでんタウン」や飲食店街の道頓堀など、外国人の人気スポットが点在する。これを観光ルートのように相互に結びつければ、さらに面白さが際立つのではないか、振興組合の会合では、そんな議論が繰り広げられているという。

 今、地域創生に向けて全国各地で外国人需要をどう取り込んでいくかが大きな課題になっている。黒門市場の今後の取り組みにはさらに注目が集まることになるだろう。