訪日外国人3000万人突破でも喜べない「いくつかの事情

現代ビジネスに12月20日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59074



政府が12月18日に、2018年の年初からの訪日外国人が3000万人を突破したと発表した。前年の2017年は2869万人だった。初めて1000万人を超えたのが2013年で、それからわずか5年で3倍になった。

2012年末に第2次安倍晋三内閣が発足してアベノミクスを開始。大幅な円安になったことで、日本旅行ブームに火が付いた。ビザの発給要件の緩和や、格安航空会社(LCC)の就航などが追い風になった。政府は、東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年に4000万人を目指している。

メディアは訪日外国人が増加したことで、様々な弊害が生じていることを報じている。「オーバーツーリズム」「観光公害」という言葉を使って、観光客増加の負の側面を指摘するメディアもある。

確かに、一気に外国人観光客が増えたことで、一部の観光地で乱開発が始まったり、観光客のモラルが問われる問題が生じている。京都では町家が買収されてホテルに変わるなど、「観光資源」であるはずの町の景観が急速に変わっている場所もある。

だが一方で、日本経済が観光客が落とすおカネに支えられるようになってきたのも事実だ。消費増税だけでなく、高齢化による人口構成の変化もあって、国内消費は停滞が続いている。デフレがそれに拍車をかけてきたが、実際、日本の人口は2008年をピークに減少に転じており、消費総額が伸びないのは当然のこととも言える。

そんな中で、2013年以降に急増した訪日外国人による消費が大きな支えになりつつあるのだ。訪日外国人の消費額は正確には分からないが、観光庁の「訪日外国人消費動向調査」では、4兆円以上と推計している。

家計最終消費支出はざっと300兆円なので、それと比べると4兆円はまだまだ小さいように見えるが、観光産業が潤うことによる波及効果は非常に大きい。

また、都市部の百貨店や、観光地の小売店などでは、外国人観光客が落とすおカネが大きな割合を占めるようになっているところも少なくない。

大手百貨店の高島屋では2018年2月期決算で、大阪店が1951年以来の「1番店」に帰り咲いたが、これは観光客による免税売上高が伸びたため。

大阪店の年間売上高1414億円のうち、同店の免税売上高は240億円に達した。何と売り上げの17%である。実際には免税手続きをしないで外国人観光客が買うものもあり、実態は2割を超える売り上げを外国人が支えているとみられる。


円高リスクの恐怖
もはや、日本にとっての最大のリスクは、この「インバウンド消費」が消滅することだ。外国人観光客が増えたことによる弊害を嘆くのは、しょせん「嬉しい悲鳴」で、本当に大変なのは、訪日外国人が減る事態である。

これだけ増加している外国人観光客が減るはずがない、と思うのは早計だ。

最も可能性のあるリスクは円高である。今の日本旅行ブームが始まったきっかけは、間違いなく円安だった。自国通貨高によって外国人旅行者が日本で買うものを「安い」と感じたのだ。

典型は、欧米の高級ブランド品の価格が為替のマジックによってバーゲンセールになった。日本が円高時に仕入れた高級ブランド品が、円安自国通貨高で外国人にとってはモーレツに安く買えたのである。これが「爆買い」に結びついた。

その後も円安水準が続いたため、高級ブランド品の輸入コストが上昇。かつてほど日本で買っても安くなくなった。それが「爆買い」が一巡した要因だ。

その消費が日本製の商品に向いているのが現在だ。化粧品や健康食品などに「爆買い」の対象が移っている。日本製の「良いものが安い」ところに外国人が注目しているわけだ。

何せ日本は20年にわたるデフレで、価格破壊が進んだ。モノだけでなく、高級な飲食や宿泊などが、世界標準から比べれば驚くほど安い。しかも、日本のおもてなしは世界一である。

つまり、現状の訪日観光客の増加は、まだまだ「安い」ことが動機になっている。逆に言えば、為替が動いて「高く」なれば、一気にやってくる人が減ってしまうリスクを抱えているのだ。

まだある、中国リスク
もう1つは政治的なリスクである。日本にやって来る外国人で最も多いのが中国人だ。ざっと3割が中国本土からやってくる。直近のピークだった2018年7月は、訪日外国人283万人のうち約88万人が中国本土からだった。

この、「中国依存」は大きなリスクだ。中国政府が日本への渡航を自粛するよう求めたとたん、訪日客が激減する可能性がある。実際、過去にそうした例がある。

尖閣諸島を巡って東京都が購入していたのを受けて日本政府が乗り出し、国有化に合意した2012年9月以降、中国政府は民間交流の訪日団の渡航中止や旅行者の自粛などに踏み切った。その結果、2012年7月に過去最多の20万4270人だった中国本土からの訪日客は、わずが4カ月後の11月には5万1993人まで激減した。

当時はまだ中国からの訪日客自体が多くなかったが、今は全く違う。日中関係の悪化などで、中国からの訪日客が来なくなれば、一気に日本経済が揺らぐ可能性があるのだ。

3000万人を超えたことに注目が行きがちだが、実際には、伸び率が小さくなり、頭打ちが懸念されている。9月の訪日外国人は5年8カ月ぶりに対前年同月比でマイナスになった。

これは台風や地震による空港閉鎖などの影響が大きいとみられるが、今年に入って全体の訪日客の伸び率が鈍化しているのも事実だ。再び増加ピッチが増えるのかどうか、注目すべきだろう。

都市部や主要観光地のホテルが不足するなど、受け入れのためのインフラ整備が追い付いていないことも一因だ。2020年にはオリンピック特需もあり4000万人達成は難しくないとみられるが、その後も観光客が増え続けるかどうかは、本当の意味での観光政策を取れるかどうかがカギを握る。

つまり、「安い」から来るのではなく、日本が「面白い」から来るという観光客をどれだけ増やせるか、だ。日本に来る観光客はリピーターが増加、買い物だけでなく、日本文化に触れたい、経験したいという人たちが増えている。そうしたニーズに応えられる観光資源開発を怠れば、割安感が消えた瞬間、観光客が激減することになりかねない。