フジサンケイ・ビジネスアイに2月18日に掲載された原稿です。オリジナル→http://www.sankeibiz.jp/business/news/160218/bsg1602180500001-n1.htm
■勝負する鴻海と覚悟なき革新機構の落差
株価の乱高下など世界的な金融市場の動揺で、投資家の間では「リスクオフ」の動きが広がっている。できるだけリスクの低い安全と思われる資産に資金をシフトしようというのだ。これは、「投資家」としては当たり前の行動と言える。では、企業経営者にも、この「リスクオフ」が許されるのか。
経営再建を目指すシャープは台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業との間で身売り交渉を続ける。7000億円を投じてシャープを買おうという鴻海の創業者、郭台銘氏の行動は、リスクオフどころか、勝負をかける「リスクオン」だろう。
そんな中で、台湾企業にシャープを売却することは「日本の高い技術の海外流出につながる」という声が上がる。鴻海の後ろには中国大陸の資本があり、日本の技術を虎視眈々(たんたん)と狙っている中国を利するという指摘もある。「国益を損ねる」という批判は人々のナショナリズムをくすぐる。
だが、本当にシャープには、流出したら国益を損ねるような高い技術があるのか。液晶技術は世界一だ、携帯電話向けカメラ部品の技術は他社を凌駕(りょうが)する-、そんな声が聞こえる。だが、それが真実ならシャープが今の惨状に陥ることはなかったはずだ。
また、本当に日本の国益を損なうぐらい高度な技術だとすれば、他の日本企業が放っておかないはずだ。なぜ日本の会社はシャープ買収に手を挙げないのか。
鴻海に対抗して買収提案しているのは日本の“官民ファンド”産業革新機構だ。3000億円規模での買収を打診しているという。機構は“官民”とは名ばかりで、出資金3000億円のうち民間が出しているのは僅か140億円だけ。全体の4.6%だ。しかも政府は1兆8000億円という巨額の保証枠も与えている。
“官民ファンド”という名前からは、官民が共同してリスクを取り、支援先企業に投資をしていくというイメージがある。だが実態はどこの出資企業も機構への出資が「リスクオン」だとは考えていない。全て政府がリスクを背負ってくれると思っているのだ。
つまり、機構がシャープに出資したとしても、実質的に誰もリスクを取らないのだ。尻拭いをするのは国民である。「国益を守れ」というのも、国民の税金をシャープという民間企業に投じるための口実にすぎない。
メディアが伝えるところでは機構とシャープの間での交渉では、機構の傘下なら、技術だけではなく、雇用も守れ、銀行の貸付も守れるという発言がなされているらしい。鴻海に買収されれば、厳しいリストラが待っているぞ、と半ば脅しているわけだ。
だが仮に、機構の傘下に入っても「緩い経営」が許されるとしたら、それは国民の税金が節操なく使われることを意味している。要は国が企業を丸抱えで支援することに他ならない。
いま、国のやるべきことは、弱っている企業を単に救うことではない。弱い企業を強くすることだろう。本当にシャープに価値があるなら、他の日本企業が買収する背中を押すことが、せいぜいだろう。
安倍晋三内閣は成長戦略の中で、コーポレートガバナンスの強化を掲げ、企業に「稼ぐ力」を取り戻させるとしている。具体的には投下資本から稼ぐ利益(ROE)を国際水準にすることを目標としている。そのためには、日本企業の経営者を「リスクオン」に変えていく必要がある。
手元に資金を積み上げてそれを投資に回さず、国債を買っている「リスクオフ」を許していては、日本の稼ぐ力はどんどん落ちていく。
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【プロフィル】磯山友幸