「監査法人のローテーション制」、結論先送り 繰り返される不正見逃しに危機感乏しく

東芝の巨額粉飾は、会計監査の根幹を揺るがす大問題なのに、「有識者」の危機感は乏しいですね。焦点だった監査法人のローテーション。メリットとデメリットを検討するなどと悠長な事を言っている場合ではありません。日本として「もう二度と不正見逃しは繰り返さない」という決意を世界の投資家に示す「象徴的な対応」が求められていると思います。監査法人のガバナンスコード?内部統制をチェックしている側の内部統制がないなんてお笑い以外の何物でもないということが分からないのでしょうか。オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/030900018/

 東芝の巨額不正会計の発覚などを受けて金融庁が設置した「会計監査の在り方に関する懇談会」(座長、脇田良一・名古屋経済大学大学院教授)が3月8日、提言をまとめた。

 最大の焦点だった、監査法人を一定期間ごとに強制的に交代させるローテーション制度の導入は、「我が国においても有効な選択肢の一つであると考えられる」としたものの、メリット・デメリットについて「金融庁において、深度ある調査・分析がなされるべきである」と述べ、結論を先送りした。

 なぜ、大手の監査法人による「不正見逃し」が繰り返し起きるのか、日本を代表する企業の粉飾をなぜ許してしまったのかーー。監査制度そのものの根幹が揺らいでいるのだが、提言を読む限り有識者たちの「危機感」は乏しい。

懇談会のメンバーは利害関係者ばかり

 懇談会は、「最近の不正会計事案などを契機として改めて会計監査の信頼性が問われている」点をふまえて昨年秋に設置された。8人のメンバーには日本公認会計士協会の森公高会長や公認会計士の初川浩司氏のほか、会計監査制度を決める企業会計審議会の常連が並んだ。読売新聞の論説委員がひとり加わっている以外は、会計監査業界の“利害関係者”といっていい。

 しかも、役所の審議会や懇談会は公開が原則だが、この懇談会は非公開で行われ、金融庁が公表する議事要旨も発言者の名前は伏せられている。

 さらに、東芝問題が契機だったにもかかわらず、提言には「東芝」の文字は一度も登場しない。東芝を監査した業界大手の新日本監査法人が、なぜ不正を発見できず、長期にわたる粉飾を許したのかについては、懇談会としての見解を示していないのだ。

 提言では、「最近の不正会計事案においては」としたうえで、いくつかの例を挙げた。「製造原価がマイナスとなる異常値を監査チームの担当者が認識したにも関わらず、更なる検証や上司への連絡を行わなかった」としたものの、それを受けた一文では、「会計士個人として、また組織として、企業不正を見抜く力が欠如していたことが指摘されている」と、他人事のような表現にとどめている。

 そのうえで、以下のように書いている。

 「このような事態の再発を防ぐため、企業不正を見抜く能力と、不正の端緒を発見した際に経営者等と対峙して臆することなく意見を述べることができる気概を有する会計士を、どう育成し、確保するかが大きな課題である。

 また、会計士個人の力量の向上と同時に、監査法人等が組織として企業不正に適切に対応できるよう、実効的なガバナンスと有効に機能するマネジメントのもとに、しっかりとした監査の態勢を整備することが不可欠である」

 つまり、不正が起きたのは、会計士の能力不足と経営者と対峙した際に「臆した」ことだ言っているわけだ。

 そのうえで提言では、監査法人の経営にチェック機能を働かせるために「監査法人のガバナンス・コード」を導入することや、会計監査に関する情報開示の充実、当局や日本公認会計士協会による検査・監督態勢の強化などが示されている。

 では、提言が示す具体策を実施すれば、二度と新日本と東芝のような問題は起きないと言い切れるのか。オリンパス事件が起きた後に「監査基準」を変えたが、それでも東芝問題は起きた。もっと根源的なところに問題の根があるのではないのか。

 なぜ、会計士は経営者と対峙して「臆する」のか。それは監査法人と大企業の関係が本来あるべき、「対等な関係」になっていないからではないか。監査法人の独立性である。東芝のような老舗企業と、その監査を代々受け継いできた会計士の間に「なれ合い関係」が生じているのではないのか。

 緊張感を取り戻し、対等な関係を生むには、一定期間で監査法人を強制的に交代させるローテーション制の導入が手っ取り早いのではないのか。そうした専門家の声があるからこそ、懇談会の提言に盛り込まれるかどうかが焦点になったのである。

 監査法人のローテーションはすでにEU欧州連合)で導入が決まっている。懇談会でも当然の課題として取り上げられたが、森会長ら会計士業界に近いメンバーは強い難色を示し続けたという。金融庁の事務方は導入に前向きだったが、結局、結論は先送りされた。

 反対派や慎重派の主張のひとつは「導入してもよいが、コストがかかる」というものだ。会社の実情を良く知る監査法人から、初めて監査する法人へと変わる際に監査時間が増えるなど手間暇がかかるというわけだ。もうひとつは監査法人が大手4法人に集約されている現状では、交代させることが物理的に難しい、というものだ。

上場企業寡占を手放したくない大手

 だが、両方とも、大監査法人の「利益」を前提にした話だということが分かる。交代義務付けで、上場企業の監査契約を複数の法人で競争することになれば、むしろ監査契約料は下がる可能性がある。

 4つで引き受けるところがなくなれば、中堅監査法人に上場企業の監査業務がシフトしていくだけだろう。現在は大監査法人が寡占している上場企業の監査業務を失うのが嫌だと言っているに等しい。

 競争が働き、企業と監査法人の間に緊張感が生まれれば、むしろ監査制度にとってはプラスなはずだ。もちろん、監査法人が交代することによって担当会計士の企業への理解度が低下することはあるとしても、癒着によって生じるデメリットに比べればマシに違いない。

 少なくとも今は、監査制度が根幹から揺らいでいる危機の時である。EUで導入を決めている事がなぜ日本でできないのか。悠長にメリットとデメリットを比較している時ではないだろう。

 懇談会で、監査法人が抵抗する法人ローテーションの導入を決められなかったのは、懇談会のメンバーが「監査法人に近すぎる」人たちで構成されていた事も一因だと思われる。金融庁が懇談会を非公開にしたのは、会合を公開にした場合、大半のメンバーがローテーションに反対して制度導入が頓挫しかねないと考えたためかもしれない。

 いずれにせよ、提言に「我が国においても有効な選択肢の一つ」という文言を入れ、法人ローテーションが消えずに残っただけでも、制度導入推進派の勝利ということかもしれない。

 同じ3月8日、自民党の金融調査会(会長、根本匠衆院議員)と企業会計に関する小委員会(小委員長、吉野正芳衆院議員)が合同会議を開いて、「質の高い会計監査の確立に向けた提言」をまとめた。金融庁の懇談会と完全に平仄(ひょうそく)を合わせており、監査法人のガバナンスコードの策定などを求めている。

 従来から国会議員は不正会計を見逃した会計士などへの罰則強化を主張する人が多い。今回の自民党の議論でもそうした意見が多く出され、「不正会計の抑止力としての罰則の役割を再認識すべき」とする指摘も盛り込んだ。

東芝問題への国際的なけじめを

 また、法人ローテーションについてはメリットとデメリットを併記したうえで、「当局がしっかり調査・分析を行い、判断することが重要」とゲタを預けた。

 自民党と政府は、5月から6月に向けて、成長戦略の改訂を公表するが、そこに会計監査の質的向上に向けた施策が盛り込まれる予定。最終的には安倍晋三首相や閣僚たちの意見も反映されることになる。

 安倍内閣は2014年の改訂で「コーポレートガバナンスの強化」を打ち出しており、東芝問題への「けじめ」を海外投資家に示す必要があると考えている模様だ。年明けから海外投資家の日本株売りが続いており、これを反転させることが日本の株価にも大きく影響する。

 改訂の発表タイミングは参議院選挙の前に当たっており、海外投資家の買いを呼び株を押し上げる「弾」を仕込みたいという思いが強い。

 監査法人へのローテーション義務付けは国内の大監査法人の間には反対論が依然として根強いものの、海外投資家には分かりやすい施策だ。政治主導によって成長戦略にどこまで踏み込んだ表現で書き込まれることになるのか。注目される。