現代ビジネスに5月22日に掲載された拙稿です。ご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72749
やっと動き出した政府支援
新型コロナウイルスの蔓延に伴う営業自粛などで、経営危機に陥っている企業に対し、政府が資本注入に動き出した。
大企業向けには、日本政策投資銀行など政府系金融機関を使って、議決権を持たない優先株などでの資本増強に乗り出したほか、中堅企業に対しては官民ファンドの「地域経済活性化支援機構(REVIC)」を使って1兆円規模の資本支援を行う方針だ。
さらに中小企業についても、新たな官民ファンド「中小企業経営力強化支援ファンド」(仮称)を夏をメドに立ち上げ、数百社に対して1社あたり数千万円を出資する計画だ。これで、大企業から中小企業まで資本注入のスキームが整うとしている。
営業自粛で売上高が激減している企業に対して、資金繰りのための緊急融資を行うのが不可欠なことは論をまたない。もともとの経営が健全でも資金繰りがつかなければ破綻してしまう。そうして経済基盤が壊れれば、新型コロナが終息しても、経済活動は元に戻れなくなる。
中小企業に対しては最大200万円の持続化給付金の申請が始まっているほか、国民1人あたり10万円の現金給付も個人事業者などの資金繰りをつなぐことになる。テナントの事業継続のために家賃を最大3分の2補助するスキームも検討が進んでいる。とにかく企業を潰さないために資金をふんだんに供給することは重要だ。
後手後手の資金繰り対策
だが、残念ながら、この資金繰り支援が後手後手に回っている。政府は3月末の段階でも「雇用調整助成金」の運用拡大で対応できると考えていたフシがあり、資金繰り支援策への着手が遅れた。持続化給付金なども「本当に困っているところに出す」という姿勢を取ったため、申請や審査に手間取り、5月になっても資金が届かない事態に直面している。
政府は「公平かどうか」に気を取られ、とにかく資金繰りをつなぐためにはスピードが必要だ、という視点が欠けていた。困窮した世帯への30万円の給付も同様で、強い批判を浴びた後、全国民に10万円給付することに方針転換した。
それでもまだ十分な資金繰り資金が手にできていない事業者は少なくない。帝国データバンクによると、5月19日現在の「新型コロナウイルス関連倒産」(法的整理と事業停止)は160件にのぼる。
3月末では累計28件、4月20日時点では82件だったが、4月末に急増して131件となった。月末の資金繰りがつかなければ5月末にはさらに増えることになる。
資本補填のトリアージ
当面の資金繰りをつないでも、赤字が続けばいずれ資本は底をつく。内部留保を溜め込んできた日本企業とはいえ、それを吐き出しながら経営を維持するのは至難だ。新型コロナが一応の終息をみても、人の移動はなかなか元に戻らないから、経営が回復するにも時間がかかる。
そうなると、早晩、資本増強が課題になるのは間違いない。政府が今の段階から資本注入のスキームを整えようとしている評価できるし、当然の打ち手だろう。
だが、実際に資本を注入するとなると、どの企業に資本注入するのか、選別が極めて重要になる。救済を求めたすべての企業に資本注入することは現実には難しい。
当然、経営体力がもともとないところから資本が枯渇することになるが、そうした「弱者企業」から順番に救っていくと、本来は経営力があって存続させるべき「必要な企業」を将来救済できなくなる可能性もある。
災害時などは人命救助にあたって優先順位をつける「トリアージ」が行われるが、今回のコロナ禍でも企業のトリアージが必要になる。
冷徹なようだが、コロナ後の経済社会に必要不可欠な企業は絶対潰してはいけないので、公的資金による救済、資本注入も必要だが、もともと経営力が弱く、コロナ後になっても回復が難しい企業は支援しないことが重要なのだ。
政府系金融機関や官民ファンドが出す資金の大半は国民の税金だから、潰れて回収不能になれば、そのツケはいずれ国民に回ってくる。
フラッグ・キャリアといえど
例えば運行が9割方止まっている航空会社の場合、これが長引けば経営破綻の危機に直面するのは明らかだ。各国政府は重要な社会的インフラである航空会社の支援に乗り出しているが、こと「資本出資」となると慎重だ。
もともと経営力が弱かったイタリアのアリタリア航空は「再国有化」を決めたが、同時に大幅に規模を縮小して国際長距離路線からは撤退する方針を示している。保有機数も激減させる計画で、当然、人員も大幅に縮小される。
欧州最大の航空会社グループであるエールフランスKLMは、銀行団からの協調融資と、筆頭株主であるフランス政府からの劣後ローンの融資を受けることを決めた。協調融資には政府保証が付いている一方で、返済が終わるまで株主への配当はゼロにすることも決めている。
しかし、国民の財産を投入することになる政府の資本出資には慎重で、新型コロナが終息し企業経営への影響がはっきりと見えた後に資本増強を検討するとしている。
一方、タイ政府が51%を出資するタイ国際航空は、破産法に基づく会社更生手続きを開始した。2019年12月期まで3期連続の赤字となっており、そこに新型コロナ蔓延による運航休止が追い打ちをかけた。今後、裁判所の管理の下で外部から経営者を招いたうえでリストラ策を盛り込んだ再生計画をまとめる。
つまり、競争の厳しい航空会社を単に救済するのではなく、コロナ後を見据えた経営体制の見直しとセットで会社のあり方を模索している。
今後、日本でも日本航空(JAL)とANAホールディングスへの資本増強などが議論になる可能性があるが、公的資金で資本注入する場合には、経営規律が緩むことがないよう、コロナ後の経営体制を見据えた合理化なども合わせて実施することが不可欠になる。
官民ファンドで堕落しないか
日本の上場企業の場合、すでに多くの株式をGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が実質保有していたり、日本銀行がETF(上場投資信託)を通じて保有している。実質筆頭株主がGPIFや日本銀行といった企業も少なくない。
さらに政投銀が資本注入すると公的機関が株式の過半を握る例も出て来かねない。これを避けるために議決権のない優先株を使うという案が出ているが、国民の税金を投入するのに議決権を持たず経営に口出しできない状況を作れば、ガバナンスが効かなくなる可能性が強い。
GPIFや日本銀行は運用委託会社に議決権行使などを任せているため、政府や日銀が経営に直接モノを言う体制にはなっていない。今後、経営のかじ取りが一段と難しくなる中で、「モノ言わぬ株主」が事実上増加して、経営のチェック体制が緩むことになるかもしれない。
海外の年金など「モノ言う株主」の議決権割合が相対的に低下すれば、もともと問題が大きい日本のコーポレート・ガバナンスが一気に緩むことになりかねず、将来に禍根を残すことになるだろう。
かと言って国や官庁、政府機関が実質的に経営権を握って「国有・国営会社」が増えても、経営がうまくいく保証はない。政府は官民ファンドの活用を打ち出しているが、官民ファンド自体の限界と問題点も明らかになっており、それを放置したまま官民ファンドを民間企業の大株主にしていくことには問題が大きい。
まずは官民ファンドのガバナンスを強化し、情報開示を徹底して、官民ファンドの経営者に対する国会や国民のチェック機能を増すことが重要だろう。
また、中小企業向け官民ファンドの新設案が浮上しているが、「元祖」官民ファンドの産業再生機構が時限設置会社で解散したように、期限を設けて役割を終えたら解散する仕組みも検討すべきだ。
そうすることで国費を大量に投入するコロナ対策の「出口戦略」も明確になる。ただ単に企業を救済すればよいとの考えで、国のカネを資本注入に使っていけば、将来に大きな禍根を残すことになる。