『野心 郭台銘伝』 (プレジデント社)

週刊現代 2016年 11/5 号 [雑誌] 『ブックレビュー』に掲載された書評です。

野心 郭台銘伝

野心 郭台銘伝


なぜ日本企業は、この男に負けたのか。
シャープに手を伸ばした
謎の経営者の素顔に迫る


著者は自らが対象として選んだ郭台銘(テリー・ゴー)という人物に、一貫して批判的だ。「郭という男がそれほど嫌いではない」と書くそばから、「経営者としての郭台銘にはまったく好感を持てない」と切り捨てる。
 エピソードも郭の「冷徹さ」や「独裁ぶり」を示すものが続く。日本の電機大手シャープが、郭が率いる鴻海(ホンハイ)の軍門に下ったことに憤っているようにも読める。
 通常この手の経営者伝は、対象に心酔して持ち上げたものが多いが、本書はまるっきり逆だ。ところが、批判的な視点を向け続けていることで、むしろ、郭という経営者のスゴみが滲み出ている。
 創業した小さな町工場を、EMSと呼ばれる電子機器受託生産で世界一の企業グループに一代で育て上げた郭。著者が解説するように、EMSという業界は低い利益率を量で稼ぐ「薄利多売」のビジネスモデルだ。逆に言えば、あくなきコスト削減を続けなければ、生き残れない。
 安い労働力を求めて中国大陸に大工場を作り、冷徹なまでのコスト管理を行う。一方で、大量の注文を一括受託するためには、プライベートジェットで取引相手の子どもの誕生プレゼントを贈りに行く――。
 そんな郭が率いる鴻海の姿は、欧米製品のモノマネを格安で作って世界に打って出た戦後の日本企業そのものにも見える。日本企業はある時期にそうした薄利多売から卒業し、アップル型の高付加価値モデルに転換すべきだったのだが、旧来型の「モノづくり」に固執した。鴻海に日本企業が負けた理由を、本書を読むことで、思い知らされる。
 本書の帯には「(鴻海は)シャープの救世主か、破壊者か」とある。答えは明確だ。鴻海は破壊者だからこそ、救世主として登場したのだ。これまでの緩い経営が温存されることはないだろう。
 郭はシャープをどう変革していくのか。あるいは鴻海の変革にどう利用していくのか。台湾のメディア報道や郭の友人らへの取材で、日本ではほとんど素顔を知ることができない稀代の経営者の実像に迫った一冊である。