民間に稼ぐチャンスを! 佐渡金山に学ぶ成長戦略

新幹線のグリーン車に置いてあるWEDGEに連載をいただいて、もうすぐ丸2年。東日本大震災をきっかけに日本が復活するためのキーワードを提示するというコンセプトで始めました。キーワードが20以上になっても、取り上げるべきテーマは一向になくなりません。復活のためのキーワード、つまり「打てる手」がまだまだたくさんあるということです。以前このコラムで指摘したLNGの市場取引を作る動きも出始めました。アベノミクスは、とりあえずやってみよう、というムードを作っていることは間違いありません。問題は国が音頭を取ることではなく、民間の企業や個人が奮起することだ、というのはこのコラムの一貫した主張です。編集部のご厚意で3月号(2月20日発売)の拙稿を以下に再掲します。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2583


 安倍晋三首相が掲げる経済政策、いわゆるアベノミクスが動き出した。「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」を「3本の矢」として、同時に実行する。

 物価目標(インフレ・ターゲット)を掲げた金融緩和はさっそく日銀が政権に歩み寄る形で実行に移された。財政出動補正予算や来年度予算に盛り込まれ、動き始めている。問題は3本目の矢である成長戦略だ。

 成長戦略は過去の政権で何度も策定されてきた。民主党政権でも「新成長戦略」「日本再生戦略」という名前で政策が打ち出されたが、日本経済を立て直すには至らなかった。では、アベノミクスの成長戦略は効果をあげるのか。アベノミクスの成長戦略に特長があるとすれば、「民間投資を喚起する」という修飾句が付いたことだろう。

 民間企業は剰余金を溜め込むばかりで、設備や研究開発への投資を渋ってきた。民間の「企業マインド」が冷え切っているのだ。昨年、財務省の内部チームが分析した「日本経済が成長しない理由」の結論もそこにあった。民間が動かなければ、いくら金融を緩和をしても強い経済は復活しない、というものだ。

 その具体的な処方箋として出てきたのが「官民ファンド」の相次ぐ設立だということを1月号の本コラムで触れた。民を動かすために官のカネを入れるという発想である。だが、官民共同出資となると、国がどこまで民間のビジネスに介入していいのか、という問題に突き当たる。

 そんな官と民のあり方を考えるヒントが新潟県佐渡市にある。今は観光名所となり、世界遺産への登録を目指している佐渡金銀山だ。江戸期の佐渡は幕府の直轄地で、産出される金や銀は幕府財政を支えた。

金山というと幕府の完全な直轄事業で、幕府が江戸から無宿人を送り込んで過酷な労働に従事させていたもので、民とは一切関係がないように思われるかもしれない。だが、江戸初期の金山経営はまったく違ったようだ。

 金山の経営手法には「直山(じきやま)」と「請山(うけやま)」があり、山師と呼ばれた人たちが活躍していた。前者は採掘経費は佐渡奉行所持ちで、産出した金銀の40〜60%を奉行所が取り、残りは山師の取り分だった、という。後者は経費一切を山師が持った。その代わり10〜15%を奉行所に納めるだけで残りは山師の取り分となった。山師は金鉱脈を探し、掘り出す特殊技能を持っていた人たちで、彼らの採鉱権を大きく認めていたわけだ。

 佐渡で金鉱脈が発見されたのは1601年。初期の慶長から寛永年間(〜1644年)にかけて生産量は急増。金の年間産出量は推定で500〜800キロ、同時に産出される銀は40トン以上にのぼったとされる。この当時の世界有数の金銀山であったことは間違いない。この間の幕府への金の上納高は年間120キロ程度だったことが分かっている。つまり、産出量との差は山師の懐に入り、山師を通じて民間へと流れていたわけだ。

 その証拠に佐渡は大いに賑わった。佐渡金山のある相川には当時5万〜6万人が住んでいたという。江戸の人口が80万人、大坂が40万人、長崎は2万人とみられているから、想像を超える大都市が佐渡にあったことになる。ちなみに現在の佐渡市(佐渡全島)の人口は6万3000人だ。

失業対策にも使われた金山開発

 その人口を養うための新田開発も進み、コメの生産も拡大した。金山で水をくみ上げるために使われた水上輪と呼ぶ手動ポンプなどの鉱山技術が、海岸段丘での新田開発にも役立ったという。金山開発によって佐渡の民間も大いに潤ったわけだ。山師たちの財力は大きく、今も山師たちの名前が付いた町名が佐渡には多く残る。また、島内には数多くの大規模な寺院が残るが、これも大名や幕府が寄進したものではなく、鉱山で潤った山師の残したものが少なくないという。新潟県で唯一の江戸時代以前の五重塔佐渡の妙宣寺にある。

 つまり、民間に高いインセンティブを与えた金山経営によって、金銀の産出量は急増し、その経済波及効果は大きくなって佐渡は繁栄。民間も大いに潤ったのである。

もっとも、この官民の姿は長くは続かなかった。金の産出量が激減したからだ。鉱石に含まれる金の含有量が落ち、民間の山師たちが独自に行う「請山」の採算が合わなくなっていったからだ。江戸後期の1759年には奉行所の敷地に製錬のための作業所が集められ、奉行所が金山経営を一括管理するようになった。完全な「官業」になったのである。

 ちなみに、江戸の無宿人を佐渡金山で働かせるようになったのは、直轄事業となった江戸後期のことで、かつては高額だった採掘作業者への手当が減少、働き手が集まらなくなったことも背景にはあるようだ。無宿人の多くは飢饉などで農村を離れた農民が多く、必ずしも凶悪犯罪をした人たちではなかった。「懲罰というよりも失業対策の側面が強かったのではないか」と金山を管理するゴールデン佐渡で広報を担当する石川喜美子さんは語る。

 現代になって佐渡は、他の地方自治体と同様、公共事業に依存する島になった。農家や漁師など一次産業従事者は、土木作業と兼業するケースが急増した。官業依存の経済になったのだ。公共事業の減少と人口の高齢化で経済が疲弊しているのは他の多くの地方と同じだ。

 農林水産省は2月に農林漁業成長産業化支援機構を設立した。12年度の予算で補正を合わせて300億円を国が出資した。来年度以降も出資額を増やし、最終的には1000億円の出資にする計画だ。さらに、この機構と地方銀行などが折半出資したサブファンドが、「6次産業化」を目指す事業者に出資する。6次産業とは、農林漁業の1次産業を、加工などの2次産業、流通・外食などの3次産業と一体化して付加価値を高めようという発想である。1+2+3で6次産業化というわけだ。

 新設された機構はいわゆる「官民ファンド」である。アベノミクスが掲げる「民間投資を喚起する」効果を生み出せるかどうかがカギを握る。機構に出資する国の資金、つまり国民の税金は、民間出資の呼び水という位置づけである。だが、現状では国の300億円に対して食品業界などが応じた出資は20億円ほど。民間はこの機構が「儲かる仕組み」になるとは現段階では見ていないということだろう。

 江戸初期の佐渡の金山経営を見るまでもなく、そこに儲けるチャンスがあり、民間が利益を得られるインセンティブが働いていれば、民間の資金も人材もおのずと集まってくる。官民ファンドとは名ばかりで、官業の隠れ蓑になってしまっては、経済再生は望むべくもない。