会計監査で不正が見つけられない構図 「会社のため」が会社を滅ぼす粉飾決算

エルネオスの2月号(2月1日発売)の原稿です。
「エルネオス」2月号連載─(58)硬派経済ジャーナリスト 磯山友幸の《生きてる経済解読》

経営者と担当会計士の関係
 東芝が過去六年にわたって二千億円を超える巨額の「粉飾決算」を行っていたことが明らかになった。これまでもヤオハン・ジャパンや山一証券カネボウ日本航空、IHI、オリンパスと大企業による粉飾が明らかになってきたが、名実ともに日本を代表する東芝で発覚した巨額の不正だけに、その影響は大きい。
 上場企業の決算書は公認会計士による監査が義務付けられている。数字をごまかして投資家や取引先を欺く「粉飾決算」を防ぐためだ。会計士で作る監査法人は、監査する会社に会計士を送り込み、決算書が正しく表示されているかをチェックする。決算書に書かれている金額の通りに在庫があるかどうか調べたり、金融機関に預金の残高を問い合わせたりもする。
 昨年十二月二十二日、東芝の監査を担当してきた新日本監査法人に対して、監督官庁である金融庁行政処分を下した。新規契約の締結に関する業務停止三カ月と業務改善命令、加えて二十一億円の課徴金納付命令である。さらに、監査を担当した七人の会計士が一カ月から六カ月の業務停止処分を受けた。
 いずれも処分理由は、「相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した」というもの。つまり、注意を怠って粉飾決算を見逃したと認定されたのである。
 なぜ会計士は東芝の不正を見つけられなかったのだろうか。監査を行う会計士の多くは、「会社ぐるみで不正を働かれたら、到底見抜くことなどできない」と言う。会計監査は会社の経営者と担当会計士の間に信頼関係があって初めて成り立つというのだ。だから、経営者が本気で騙そうと思えば会計士は歯が立たないというのである。
 そのため監査に当たって会計士は、経営者から「確認状」を取ることになっている。決算書はあくまで経営者の責任で作成するもので、噓偽りはない、という文書に経営トップがサインすることになっている。

小さな問題から始まる

 これまでも会計士は数多くの粉飾決算を見逃してきた。中には会計士が会社側とグルになって粉飾決算を行っていたケースもあれば、完全に会社に騙されていたというケースもある。だが、大半は、問題が小さい段階で目をつぶったことが、どんどん大きくなって取り返しがつかなくなるというケースだといわれる。最終局面で会計士が問題の重大さに気付いても、その段階ではすでに〝共犯〟になっているのだ。経営者と一蓮托生の関係になってしまうわけだ。
 これは会社が粉飾の泥沼にはまり込んでいく過程と共通している。たいがいの粉飾決算の場合、スタートは小さな問題から始まる。その決算期を乗り切るための小さな噓、小さなごまかしから始まるのだ。翌期に辻褄を合わせればよいと考えるわけだ。ところが翌期は想像に反して経済環境が悪化、辻褄合わせどころか、噓の上塗りが必要になる。そうしてどんどん不正が大きくなっていくのだ。
 日本企業の粉飾ではほとんどの場合、経営者は「会社のため」と心の底から信じて粉飾を指示し、経理担当者は不正に手を染めている。海外では決算をごまかして経営者個人が懐に入れるという例も少なくないが、日本ではまずない。だから問題は逆に厄介なのだ。粉飾が発覚しても、「会社のためだった」と心からの反省はしない。結局は、繰り返し問題が起きるのだ。
 東芝問題では歴代三人の社長らの責任が問われ退陣した。だが、彼らは私利私欲のために決算数字のかさ上げを命じたのではなく、会社のためだったと今も信じているに違いない。三人の権力争い、つまり私利私欲が会計不正の引き金になったという報道もあるが、おそらく事実は違うだろう。ここで数字をかさ上げしなければ会社が潰れるという危機感から部下に不正を指示し、そのごまかしが表面化しないよう噓の上塗りを求めてきたのだろう。

東芝より監査法人に厳しい処分

 では、粉飾でごまかした数字が巨額になり、問題が取り返しがつかなくなった段階になっても、本当に会計士は気が付かなかったのだろうか。まずあり得ない。薄々は気が付いていたに違いない。だが、その段階で過去の粉飾の清算を求めれば、会社が倒産しかねないところにまで来ていたのだろう。会計士と会社の間に「見て見ぬふり」もしくは「共犯関係」が成り立っていたのは想像に難くない。
 今回の問題では東芝には七十三億七千三百五十万円の課徴金納付命令が下っている。噓の決算書を使って資金調達し、それで利益を得た分を没収するという措置だ。だが、一月中旬になっても経営幹部は証券取引等監視委員会から刑事告発されていない。
 一方の新日本監査法人には、二十一億円の課徴金が課された。東芝から得ていた監査報酬の二年分相当である。それだけでなく、担当会計士の業務停止処分も下された。会計士に対する業務停止処分は事実上、監査業務からの追放を意味する。会計士としての信用が地に落ち、監査業務に携わることが難しくなるのだ。
 ちなみに新日本監査法人に下された業務停止は新規事業だけで、既存の監査業務は含まれない。監査業務を含めた業務停止を行えば、企業が監査を受けることができなくなって他の監査法人に代えることになりかねず、そうなれば新日本監査法人は解体の憂き目にあう。かつてカネボウの粉飾で業務停止処分を受けた中央青山監査法人が解体に追い込まれたケースの再来になってしまうことを金融庁は恐れたのだろう。
 東芝の処分に比べ、監査法人の処分が重いように見えるが、それだけプロとしての監査法人の責任は重いということだろう。だが、あくまで「主犯」は東芝である。巨額粉飾のツケは東芝自身が負うのだ。過去の清算で決算書上の自己資本は大きく減り、事業売却や人員削減などのリストラが余儀なくされている。「会社のため」にやったはずの粉飾が会社を解体に追い込んでいく事態になっている。