現代ビジネスに6月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51945
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、東芝の監査を担当していた新日本監査法人に、約35億円の賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたことが明らかになった。
粉飾決算の表面化によって東芝株が大幅に下落、同社株を保有していたGPIFが損害を受けたというのが提訴理由。東芝による「有価証券報告書への虚偽記載」(粉飾決算)を見逃していた監査法人に責任があるとして、賠償を求めたのだ。5月17日付けで、資産管理を委託している信託銀行を通じて訴えたという。
2015年春に発覚した東芝の不正会計問題では、同年12月25日に金融庁が東芝に対して73億7350万円の課徴金を課している。有価証券報告書等に対する虚偽記載、つまり粉飾決算が行われたと金融庁が認定して、行政処分を行ったわけだ。
それと同時に、監査を担当した新日本監査法人に対しても、その粉飾を見逃し、決算書は正しいとする「適正意見」の監査証明書を出したとして、「虚偽証明」の責任が問われ、21億1100万円の課徴金が課せられた。つまり、粉飾決算があったことは金融庁によって事実認定されているわけだ。
投資家であるGPIFが監査法人に賠償を求める理屈は、「監査で問題ないという決算書を信用して株式を買ったのに、実は粉飾していたということが分かって株価が急落、損失を被った、その責任の一端は監査法人にある」というものだ。監査は本来、投資家の利益を守るために設けられた制度だから、その監査に問題があり、損失を被ったのであれば、損害賠償を求められるのは当然のことだ。
一義的には粉飾をした会社や経営者に損害賠償を求めるケースが多い。GPIFは東芝自体にも計約132億円の損害賠償を求めて2件の訴訟を起こしている。もっとも、粉飾決算の場合、企業自体が破綻して賠償できる財力がなくなってしまう例も少なくない。このため、欧米では監査法人が訴えられる事がしばしばあるわけだ。
紛れもない粉飾、責められるのは当然
金融庁が粉飾の事実を認めているわけだから、粉飾の有無を裁判で争うことはない。監査法人として十分な責任を果たしていたかどうかについても、金融庁から行政処分を受け、監査法人も課徴金を納入している以上、「罪を認めた」ことになるわけで、賠償責任を回避するのはなかなか難しい。新日本監査法人が敗訴して、賠償が命じられる可能性は低くない。
新日本監査法人にとってさらに厄介なのは、訴訟を起こすのがGPIFだけに限らない、ということだ。東芝の大株主には日本生命保険や第一生命保険など大手保険会社や銀行などが名を連ねる。保有株に大きな損失が発生しており、その賠償を求めて監査法人を訴える可能性があるのだ。
特に保険会社の場合、機関投資家として保険契約者の利益を最大化する責務を負う。フィデューシャリー・デューティーと呼ばれるものだ。
日本では安倍晋三内閣の成長戦略の一環として、あるべき機関投資家の姿を示した「スチュワードシップ・コード」が導入された。保険会社は、取引先としての東芝との関係よりも、保険契約者の資金の投資先としての東芝との関係がより重視される。つまり、保険会社は保険契約者の利益を最大化しなければならない責務を負う。
逆にいえば、東芝への投資に失敗した以上、その損害を最小限に食い止めるべく、さまざまな回収手段を講じなければならない。当然、粉飾決算に対する責任を追及して、損害賠償を求めなければならないわけだ。
仮に賠償額が約35億円ならば、新日本監査法人も支払うことができるかもしれない。だが、GPIFの提訴が引き金になって、生命保険会社など他の投資家からも、新日本監査法人への損害賠償が相次いだ場合、賠償額が膨らめば、法人自体の存続が危うくなる。
東芝に騙されたのなら訴えるべきだが
では、新日本監査法人は、損害賠償額が小さくなるよう祈っているしか方法はないのだろうか。
正しい決算書を作る責任は、一義的に経営者が負っている。経営者が意識的に粉飾決算を行った場合、監査法人がそれを見破っていくのは至難の業だ。だからこそ、監査法人は監査証明を出す際に、経営者から決算書に虚偽は含まれないという「確認状」を取っている。
金融庁の処分対象になった粉飾決算では、新日本監査法人が虚偽証明を行った「結果責任」が問われているが、監査に当たって新日本監査法人は東芝とどういう関係にあったのか。粉飾を故意に見逃した「共犯関係」だったのか、それとも東芝に「騙された」のか。正しいといって「確認状」を出しながら、決算書に虚偽が含まれていた場合、いくら見つけられなかったとしても、新日本監査法人は東芝に「騙された」ことになるだろう。
「騙された」のだったら、その損害賠償を「騙した」側に求めるべきだろう。この場合、確認状を出した歴代の経営者を訴えるのが筋ではないか。GPIFからの賠償請求分だけでなく、金融庁から課された課徴金も歴代経営者に賠償を求めればよい。
金融庁の証券取引等監視委員会は昨年以来、検察当局に対して、東芝の歴代経営者を刑事告発するよう求め続けてきたが、検察当局も刑事告発には慎重な姿勢を崩さなかった。証券取引等監視委員会の委員長だった佐渡賢一氏が昨年末に退任したことで、一気にトーンダウンしてしまった。ならば、監査法人が粉飾の当事者に民事で損害賠償を求めれば良いのではないか。
課徴金を支払った後、東芝は新日本監査法人を監査の担当から外した。あたかも、監査法人が悪かったかのような印象を与える交代劇だった。後任のプライスウォーターハウス・クーパーズ(PwC)あらた監査法人は2回の四半期決算に監査証明を出したが、2016年末に米国の原子力事業で巨額の損失が隠れていることが判明。2016年10〜12月期の四半期決算は前代未聞の「意見不表明」となった。2017年3月期本決算の監査証明が得られるメドもたたず、株主総会で決算を確定できない状態が続いている。
監査制度や監査法人をナメ続けた東芝を、監査法人が訴えても世の中は決して驚かないだろう。もちろん、新日本監査法人が東芝とグルになって東芝の粉飾決算を容認してきた、となると話は別だ。そんな監査法人は投資家の怒りを買って賠償訴訟の山に押しつぶされる事になるに違いない。