東芝よ、日本の監査制度をコケにするのもたいがいにしろ なぜ誰も怒りを表明しないのか

現代ビジネスに5月17日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51760

騙されていたのか

東芝は5月15日、監査法人からの監査意見を得ないまま2017年3月期の「連結業績概要」を発表した。米原子力子会社ウェスチングハウスの米破産法申請に伴う損失などで、最終損益は9500億円の赤字(前の期は4600億円の赤字)となった。製造業としては過去最悪の赤字決算で、5400億円の債務超過に陥った。

決算発表時に監査意見を得ていないケースがないわけではないが、そうした企業は6月末の有価証券報告書提出期限までに「無限定適正」意見を得られるメドが立っている場合がほとんど。これに対して東芝は、6月末までに適正意見を得ることがほぼ絶望的と見られているにもかかわらず、決算の公表に踏み切った。まさに異例中の異例の展開と言っていい。

監査制度は、会社から独立した第三者の専門家である公認会計士が、企業が作った決算書が正しいかどうかを「証明」するもの。つまり、東芝の9500億円の赤字という決算は、正しいのかどうか判断しようがないという代物なのだ。

東芝の監査を担当するPwCあらた監査法人は4月11日に公表した2016年10−12月決算の四半期レビューで、「結論を表明しない」とした。決算書の内容が真実を示しているかどうか確信するための情報が十分に集まらなかったとする、いわゆる「意見不表明」である。

それ以降、東芝監査法人の対立は抜き差しならない状況に陥った。東芝はいったんPwCあらたを担当監査法人から解任して他の監査法人に変更する考えだと報じられたが、締めの段階になっている2017年3月期を一から引き受ける別の監査法人が出て来るはずもない。

昨年まで監査していて東芝にクビにされた新日本監査法人や中堅の太陽監査法人の名前も噂されたが、結局引き受け手が現れなかったようで、当面、PwCあらたのままで行く見通しとなっている。もっとも、東芝PwCあらたの間で「信頼感」は瓦解しているとされ、このままでは本決算も「意見不表明」になる可能性が高い。

こうした状況に対する東芝の姿勢には、「開き直り」を感じさせる。社内向けの説明や記者会見でPwCあらたの監査について不平不満とも聞こえる解説を行ったのだ。

監査法人の言う事に対応しても、次から次へと課題が指摘されるとし、あたかも、監査意見が出ないのは監査法人の姿勢に問題があると言わんばかりだった。監査法人のすげ替えの話がメディアに流れたのも、こうしたタイミングだった。

PwCあらたからすれば、東芝が作った決算書をそう易々と認める訳に行かないのは当然だろう。昨年末に東芝に「煮え湯」を飲まされているからだ。2016年4−6月期、2016年7−9月期と監査レビューを行い、適正意見をだしていたにもかかわらず、12月末になって、報道をきっかけに、それまで認めていなかった米国子会社の巨額の損失が表面化したのだ。監査法人からすれば、騙されていたということになる。

経営幹部が舐めきっている

そんな東芝は、監査法人から「意見不表明」になっても、堂々と有価証券報告書を出すのだろう。実際、昨年10−12月の四半期報告書は「意見不表明」のまま、財務局に提出され、財務局も何も無かったかのように受理している。本決算が「意見不表明」になっても、提出された有価証券報告書を受理するに違いない。

これは監査制度の危機だ。東芝の行動は「監査意見なんて無くてもいい」と言っているに等しいからだ。日本の資本市場の歴史の中で、ここまで堂々と開き直って、監査制度をコケにした企業は無かった。

にもかかわらず、監査法人や会計士の間からは、東芝の姿勢を厳しく断罪する声が挙がらない。昨年7月に日本公認会計士協会の会長に就任した関根愛子氏は、「監査制度の信頼回復」を掲げて会長選挙を勝ち抜いたが、一向に東芝を強く批判する発言はしていない。

それどころか、記者会見で「監査法人は自分たちの納得のいくまで会社側と話すことが必要」と述べて、担当のPwCあらたがもっと東芝と意思疎通するよう求めるかのような発言をしている。

資本市場で株式を売買する投資家にとって、企業が公表する決算書が正しいかどうかは極めて重要な情報だ。粉飾されて利益を上乗せした決算数字を信じて株を買えば、実態が判明した時点で大損するリスクを背負い込む。その信用の根源を支えているのが監査制度なのだ。資本市場が真っ当に機能するための基本的なインフラと言ってもいいだろう。

では、粉飾決算で投資家を欺く企業が出てきたらどうするか。そうした「悪貨」を駆逐するために、証券取引所は「上場廃止規定」を設けている。有価証券虚偽記載をした会社や、監査意見を得られなかった会社は市場から追放するぞ、と規定しているわけだ。

ところが、東芝の場合、この規定に対しても開き直っている。「どうせ、うち(東芝)のような大企業を東証上場廃止にできないだろうと、経営幹部が高をくくっているように感じる」と、上場廃止を判断する役目を担う東証自主規制法人の外部理事のひとりは言う。

東証金融庁公認会計士協会も、なぜか皆、東芝に対して怒りを露わにしないのである。露わにしないというよりも、怒っていないのではないか。自分たちが支える資本市場や取引所、監査制度の根幹を揺るがされているというのに、そうした実感がないように見える。

まともに監査意見を取れなかった企業が上場を維持し続け、市場での売買を許される――。今後、粉飾決算をする企業や、監査意見を取れない企業が出て来るたびに、東証は、なぜ東芝だけが「例外」なのかを説明せざるを得なくなる。

監査意見なんて無くていい、という企業が次々と出てきた時に、会計士協会は何と反論するのだろうか。東芝の問題は、東芝一社の問題にとどまらず、日本の資本制度の根幹を問うている。