ジワジワ効いてくる「マイナス金利」の効果 貸し出し拡大へ、問われる銀行の「本気度」

月刊エルネオス3月号(3月1日発売)に掲載された原稿です。
http://www.elneos.co.jp/

もう日銀におカネを戻すな

 おカネを借りると利息がもらえる──そんな不思議な世界がやってきた。日本銀行が一月二十九日の政策決定会合で、マイナス金利政策を導入したのである。もちろん、一般庶民が借りるおカネの利息がすぐにマイナスになるわけではないが、ジワジワとこの政策の効果が効いてくることになるだろう。
 今回導入した政策の正式名称は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」。これまでも量的金融緩和といって、日本銀行国債などを買い取ることで市中に現金を供給しようとする政策が続いてきたが、これに「マイナス金利」を加えたのである。
 具体的には、市中銀行が今後、日本銀行に「当座預金」を預ける場合、マイナス〇・一%の金利を付けるというもの。百億円預けると一千万円が「マイナス金利」として差し引かれるということである。ただし、このマイナス金利が適用されるのは新規に預ける分。これまで当座預金に預けていた分については従来通り〇・一%の金利が付く。
 日本銀行に預けられている当座預金は二百五十兆円あまり。このうち三十兆円は無利子で、二百二十兆円に〇・一%の金利が付いている。この制度は白川芳明総裁時代の二〇〇八年十月に日銀が導入したもの。元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授は、「日銀が銀行などに二千二百億円程度の『お小遣い』を与えているようにしか見えない」と指摘している。
 たしかに、世の中の企業などが市中銀行当座預金に資金を預けても、金利はゼロだ。そうやって集めたおカネを〇・一%で運用できるわけだから、市中銀行にとっては「お小遣い」と言われても致し方ない。
 いくら金融緩和をしても、銀行が貸し出しなどを行わず、日銀に預金していては、市中におカネは出回らない。もうこれ以上日銀におカネを戻すなというのが今回の日銀の政策の意図なのだ。

口座管理料徴収の可能性も
 二〇一五年末の日銀の資金循環勘定によると、日本の金融機関が持つ一千八百二十六兆円の資産のうち、貸し出しに回っているのは七百十八兆円と三九%に過ぎない。国債が二百五十六兆円(一四%)、その他の有価証券が二百六十五兆円(一五%)と、合わせて約三割が有価証券投資に回っているが、目を引くのが現預金の四百三兆円(二二%)である。ここに日銀当座預金の二百五十兆円が含まれている。
 預金がどれぐらい貸付に回っているかを示す預貸率は一向に上がらず、「景気低迷で貸し先がない」というのが金融機関の常套句になってきた。一方で、黙っていても運用できる日銀当座預金という便利な口座が銀行には用意されてきたのだ。
 マイナス金利政策の導入で、これ以上日銀の当座預金に積み増せば、みすみす損をすることになるわけだから、市中銀行は資金の持って行き先を考えなければならない。頑張って貸付先を開拓するか、株式投資など有価証券投資に資金を振り向けることになる。
 これが黒田東彦総裁(写真)率いる日銀の狙いだ。市中銀行からおカネが民間セクターに流れていくことで、金融緩和の効果が発揮されることになるわけだ。
 一般庶民と銀行の間では何が起きるか。真っ先に起きるのは預金金利の低下である。金利を付けて資金を集めても、日銀に持って行けばマイナス金利、つまり手数料を取られるということになれば、預金は正直言って集めたくない。そうなると、預金金利はゼロに近づいていく。すでに普通預金ではほとんど金利が付かなくなっているが、ますます低金利になる。
 一気にマイナス金利とすると、元本が目減りすることになるわけで、一気に預金を引き出す動きになりかねないから、そんなことは起きない。だが、もしかすると、口座管理料を年額で取るようになって実質的なマイナス金利になる可能性は十分にある。実際、マイナス金利を導入しているスイスなどでは、口座管理料が取られるケースが出ている。
 預金に置いておいても金利が付かないから、それなら配当が付く株式に投資しようという動きになれば、政府・日銀の狙い通りだ。中期的には、マイナス金利政策によって貯蓄から投資へのシフトが進む可能性がある。

銀行の「甘え」を許さない

 一方、借り入れ側にも大きな変化がある。優良な貸付先だと変動金利ではゼロになるということも十分あり得る。特に住宅ローンのような長期の契約では、目先はゼロ金利であっても、将来金利上昇局面で回収できる可能性もある。信用度が高ければ、マイナス金利、つまり何らかの特典を付けて融資しても、長期的には回収できる算段が成り立つこともあり得る。
 ゼロに近い金利で資金が借りられれば、それで土地などを買えば儲かる可能性が高い。不動産業界などが新規物件向けに土地の手当てなどに動く可能性が出てくる。
 もちろん、マイナス金利政策に反対する人も多い。特に金融機関にとっては一段と事業収益を上げにくくなる。預金を集めて、国債に投資したり、日銀の当座預金に預けてそれでよしとしていた銀行にとっては存亡の危機に立たされる。本来の機能である貸付を拡大せざるをえなくなるのだ。
 日本の場合、長い間、地方銀行などの数が多すぎるという批判が強かった。貸付先がない中で、本来ならば地銀の再編が進むべきだったが、債券投資などで生き残ってきた。今回のマイナス金利政策によって、再編淘汰が始まることも考えられる。
 もっとも、マイナス金利といっても、現段階では今後積み立てられる新規分だけに限られている。二百二十兆円余りある〝既得権〟部分にまでゼロ金利やマイナス金利が導入されることになれば、金融機関の業務改革は待ったなしになるだろう。今回のマイナス金利政策は、間違いなく、ジワジワとその効果が出てくるはずだ。金融機関が本気にならなければ、第二弾のマイナス金利政策が発動されることになるだろう。