プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』に3月20日に掲載された拙稿です。是非ご覧ください。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/33835
思い切った追加金融緩和に踏み出した日銀
深刻化する新型コロナウイルスの蔓延は、世界の金融システムを壊すところまで我々を追い込むのだろうか。
世界で株価が乱高下を繰り返し、原油価格も17年ぶりの安値を付けるなど、市場を大きく揺さぶっている。主要国の政府や中央銀行は、思い切った財政出動や、金利の引き下げ、量的緩和などに踏み切り、金融システムの崩壊を必死で支えている。
日本銀行も3月18日と19日に予定していた金融政策決定会合を急遽16日に前倒しして緊急開催し、大幅な量的緩和策の拡充に踏み切った。ETF(上場投資信託)の買い入れを、これまで年間約6兆円保有残高を増加させるとしてきたものを倍増させ、「年間約12兆円に相当する残高増加ペースを上限に、積極的な買い入れを行う」とした。
また、不動産投資信託(J-REIT)についても当面年間約1800億円を上限とする水準にペースを上げるとした。コマーシャルペーパー(CP)や社債も合計2兆円の追加買い入れ枠を設定。増額分の買い入れを2020年9月末まで実施することで、企業の資金繰り不安を解消する策を取った。
さらに、2020年9月末までの時限措置として、「企業金融支援特別オペ」を導入し、民間企業債務を担保にして最長1年間、ゼロ%金利で資金供給できるようにした。
市場は「マイナス金利の本格化」を求めていた
かなり思い切った追加金融緩和だったが、市場の反応は冷たかった。
当日の、3月16日の東京株式市場では政策決定会合の前倒し開催というニュースを受けていったんは日経平均株価が上昇したものの、緩和策の内容が伝わると大きく下げ、結局429円安の1万7002円で引けた。
翌17日の日経平均株価も荒い値動きとなり9円高で取引を終えたが、18日は284円安となり、3年4カ月ぶりに1万7000円を下回った。
株式市場が反応しなかった最大の理由は、マイナス金利政策の「深掘り」を見送ったことにある。米国のFRB(連邦準備制度理事会)が前日の3月15日に臨時の会合を開き、事実上のゼロ金利政策と量的緩和策を同時に導入する異例の危機対応に乗り出した。
当然、これによって日本と米国の実質金利差が縮小するため、円高が進行し、株安が続くという見方が広がった。これを止めるためには日本もマイナス金利を本格化させることが必要だと市場は考えたわけだ。
政策決定会合後に会見した黒田東彦日銀総裁は、必要ならば「躊躇なく追加的な緩和措置を講じる」と発言した。現在マイナス0.1%になっている「政策金利」についても「深掘りは可能だ」と語った、というのだ。
民間金融機関を支える「補助金」的な性格
実は、日銀はマイナス金利政策を取っているとは言っても、民間金融機関が日銀に預ける「当座預金」のすべてにマイナス金利を適用しているわけではない。残高のうち「政策金利残高」と呼ばれるごく一部分にだけマイナス0.1%の金利を適用しているのだ。基礎残高と呼ばれる部分にはいまだに0.1%のプラス金利を付けているし、基礎残高と政策金利残高の中間は「ゼロ金利」にしている。
2020年2月の日銀当座預金の平均残高は377兆円にのぼる。このうち半分以上の208兆円には0.1%のプラスの金利が付き、146兆円がゼロ金利、マイナス金利が適用されているのは、わずか22兆円。当座預金全体の6%弱にすぎないのだ。
黒田総裁は「躊躇なく」深掘りすると言っているが、そもそも日銀の言うマイナス金利政策自体、「本気度」が疑われてきた。日銀から民間金融機関に当座預金金利として年に2000億円が流れている計算だが、民間金融機関の経営を下支えする一種の「補助金」的性格を持っている。
市場は日銀の「本気度」を見つめている
日銀は、本気でマイナス金利を導入した場合、地方銀行など体力のない銀行の経営が成り立たなくなることから、「百害あって一利なしだ」と考えている幹部が少なくない。本気でマイナス金利政策を「深掘り」できるかどうかは微妙なのだ。欧州中央銀行などが行っているマイナス金利政策とはだいぶ様相が違う。
それでも米国がさらなる金融緩和に踏み出した場合は、日銀も「次の一手」を温存しておく必要があったということだろう。場合によっては日銀もマイナス金利部分に手をつけざるを得なくなるだろう。だがそれが表面的なものなのか、本気でマイナス金利に踏み込んでいくものなのか、現状ではわからない。もちろん市場は日銀の「本気度」を注視しているわけだ。
企業の議決権が「公的機関」に握られている
マイナス金利の代わりに日銀が好んで使うのがETFの買い入れだ。すでにETF購入残高は30兆円近くに達するとみられる。上場企業の株式を組み込んだETF購入によって、すでに東証上場企業の5割で日銀が上位10位以内の「大株主」になっているとされる。
年金の資金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)と肩を並べており、日銀やGPIFが事実上の筆頭株主になっている企業も少なくない。今後、日銀がETFの購入を倍増させれば、さらに日銀とGPIFの持ち株比率が上昇する可能性が高い。民間企業の筆頭株主が中央銀行と政府機関という歪んだ資本市場になっているのだ。
日銀が実質的に保有する民間企業の株式の議決権は、ETFを運用する金融機関によって行使される。日銀は「議決権行使の指針」を公表しており、運用の受託金融機関は、「本行の経済的利益の増大を目的として議決権を行使するものとする」とされ、それ以外の目的での議決権行使はしてはならないことになっている。また、「株主の利益を最大にするような企業経営が行われるよう議決権を行使するものとする」とも定められており、日銀は直接ではないものの、「物言う株主」になっているわけだ。GPIFも同様で、企業の議決権が公的機関に握られる形になっている。
だが、日本企業の経営を巡る不祥事が相次いでいる中で、コーポレートガバナンスのあり方が問われ、株主総会などでの株主提案が増えている。そんな中で、日銀やGPIFの議決権行使がキャスティングボートを握るケースが増えているのだ。
株式市場のあり方で見ても、株価の下落時に、せっせと日銀とGPIFが買い支える、何とも歪んだ構造が定着しているのだ。この歪みはかねてから指摘されてきたが、新型コロナの蔓延という「非常時」ということで、改善されるどころか、さらに深みにはまっていくことになった。
なお日銀の黒田総裁は3月18日の参議院財政金融委員会で、日銀の保有するETFについて、「現時点での日経平均株価を基に試算すると、含み損は2兆~3兆円になる」と述べている。
「平常ベース」に戻す術が考えられていない
政府の財政出動でも次々と「禁じ手」が繰り出されている。全国の小中高校を休校にしたことで、仕事に行けなくなった保護者に休業補償手当を支給することに踏み出したが、対象が「フリーランス」などにも拡大。消費の底割れを防ぐために国民全員に給付金を支給するという検討も始まった。中小企業への納税の猶予や、所得税の定率減税、消費税率の引き下げなど、まさに「何でもあり」の大盤振る舞いになりつつある。
新型コロナの蔓延で経済活動が一気に凍りつきつつあるため、非常時の対策を打たなければならないのは間違いない。だが、誰も「バラマキだ」と批判できないムードの中で、なし崩し的に「禁じ手」がまかり通っていっていいのだろうか。
いずれ新型コロナは収束する。その時に、思いっきり緩めた金融をどう締め戻すか。じゃぶじゃぶに支出した財政政策のツケをどう回収していくか。消費減税に踏み切った場合、経済に影響が出ないようにどうやって税率引き上げを実施するか。金融や財政を平常ベースに戻す術も考えて緊急対策を打つ必要がある。なりふり構わない対症療法を繰り出し続けることで、かえって金融システムや国家財政を破綻させることになっては元も子もない。