技術革新などの“外圧”で働き方は変わっていく 女性活用ジャーナリスト 中野円佳さんに聞く

日経ビジネスオンラインに7月15日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページhttp://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/071300018/

 就任以来、「女性活躍の促進」を掲げる安倍晋三首相。昨年には女性活躍推進法を成立させるなど、様々な施策を打っている。一方で、保育所の待機児童問題が世間の批判を浴び、対応を迫られている。企業が人手不足に喘ぐ中で、女性の働き方は今後どう変わっていくのか。働きながら大学院に通い、2児を育てる女性活用ジャーナリスト、中野円佳さんに聞いた。

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

女性の側も強気に要望できるように

安倍晋三首相は2012年末の政権奪還以降、「女性活躍促進」を政策の柱のひとつとして掲げてきました。企業での女性の働き方などに変化は出ているのでしょうか。


中野:もちろん企業によって取り組みの差は大きいのですが、女性が活躍できるような職場にしなければいけないという世の中の機運は高まったように思います。昨年夏に女性活躍推進法が成立し、様々なシンポジウムが開かれるなど、ムードは変わってきたと思います。

 もうひとつ、アベノミクスの成果というよりも団塊世代の退職が大きいと思うのですが、職場が急速に人手不足になったことで、女性の働き手を取り巻く環境が変わってきました。企業も優秀な女性には残って欲しいので、制度整備に前向きに取り組むようになっています。また、働く女性の側も企業に対して強気に要望できるようになってきたのではないでしょうか。

 もっとも、本質的にダイバーシティ(多様性)を求めて女性に活躍の場を与えようとしているのか、というとやや疑問なところはあります。新卒の採用では、もはや女性を積極的に採らないと、数がそろわないという事態に直面している企業が多いようです。

「マミートラック」へ変更されてしまう問題

女性の場合、出産と共に退職するケースが非常に多かったわけですが、そうした中で、出産しても働き続けることができるようになりつつあるのでしょうか。
中野:私が著書の『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』を書くための調査をしていた2012年ごろは、大企業でバリバリ働いていた女性が子どもを生むこと自体がまだまだ珍しいケースだったと思います。職場の中でパイオニアにならなければいけない。一方で上司もどう対応したらよいか分からない。通常のキャリアではなく責任の軽い仕事に回す、いわゆる「マミートラック」に振り替えるといったことが起きていました。

 女性の側も将来を描けずに、「もうこんな会社辞めてやる」と言って会社を去っていたように思います。それが2014年くらいから、徐々に変わってきたように感じますね。女性の側も出産第一号ではなくなり、もう少しこの職場で頑張ってみようかと思うようになっているのではないでしょうか。

保育園の質が低下しても、預けるしかない
女性が働くためのインフラとして保育園の整備問題が大きく取り上げられています。

中野:待機児童問題は、保育園を増やすという量の問題もありますが、質の問題も大きい。保育園の設置基準が行政によって緩和されることで、質が下がっている部分も確実にあります。ただ、一方で、量が絶対的に足らないから選択肢がなく、質の良い保育園を選べないという問題もあります。

 お母さんたちと話していると、本来は入れたくない保育園なんだけど、そこに入れないと働けないから仕方がない、という声をしばしば聞きます。本来なら子どもにとっての環境などを第一に考えるべきなのでしょうが、目をつぶって預けるしかないわけです。

解決方法はありますか。

中野:両親が判断するための、情報公開をもう少しきちんとすべきではないでしょうか。例えば、親からのクレームを受けた件数や内容、それにどう改善策を打ったかといったネガティブ情報はほとんど手に入りません。ケガなどの事故の件数もほとんどわかりません。もちろんすべてが保育園側に責任があるわけではありませんが、情報自体が出てきません。口コミで真偽不明の情報が広まっているのが実情です。

情報プラットホームの整備が必要というわけですね。
中野:はい。あるいは第三者による評価の仕組みなどがあっても良いのではないでしょうか。

ベビーシッター代を経費として認めよ

ベビーシッターの費用を経費として認めるべきだ、という主張もされていました。

中野:フリーランスとして働く場合、自分が働くために子どもをベビーシッターに預けるので、それは当然経費として認められるべきだろう、と感じます。納税申告も自分でしているわけで、経費として所得控除されるのは分かりやすいですね。一方で、会社に所属している場合、例えば土日に出社せざるを得なかった場合などは、会社が全額もしくは半額を補助すべきなのではなかと思います。会社員の場合、一般的には確定申告をしていないので、経費控除と言ってもピンと来ないのではないでしょうか。

日本の場合、女性が働く場合に、様々な文化的な摩擦があるようにも思います。
中野:女性が活躍できるように、女性の働き方を変えるというのは、本当はおかしいのではないでしょうか。日本社会全体での働き方が変わることで、女性も男性も働きやすくなり、子育てや生活を楽しむ余裕ができるようになるべきです。女性が働きやすいように会社の一部の仕事だけが変わり、他は従来通りということになると、マミートラックの拡大版でしかありません。大半の女性は限定正社員として働いて、一部の総合職がバリバリ働くというのでは、今までと何も変わりません。会社全体、社会全体の働き方を変える必要があるのです。

「長時間働くのは止めてみろ」と経営者が言うべきだ

残業を規制し、働く時間を短くすることが問題解決につながる、という主張もあります。
中野:働く時間を規制すればよいというものではないとは思いますが、企業の中に、長時間フルコミットしないと成果が上がらない、という固定観念がこびりついているのも事実です。とくに現場の管理職層は、働く時間を短くすれば、それで売り上げが落ちるのではないか、と恐れるわけです。いや、仮に売り上げが落ちても良いから長時間働くのは止めてみろ、と経営者が言う必要があります。現場の管理職に任せていたら、絶対に長時間働く方が良い、ということになってしまいます。

今年は、デパートの伊勢丹が1月2日を休みにして話題になりました。

中野:そうですね。SCSKもインセンティブを与えて残業削減に取り組んだ会社ですが、結果、業績は下がらなかった。実は長時間労働が会社のためになっているか分からないわけです。企業は経営者のリーダーシップで思い切って働く時間を削減する実験してみることが重要です。経営者がやらないのならば、国が規制を加えるというのもありだと思います。

厚生労働省の「働き方の未来2035〜一人ひとりが輝くために」懇談会のメンバーとして議論に参加されています。20年後の働き方はどう変わっているのでしょうか。
中野:ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)の発達によって、仕事のやり方が大きく変わるだろうと痛感します。遠隔地を結んだリモートワークが当たり前になったり、移動がすごく簡単になって、「いつでも、どこでも」という働き方が当たり前になるかもしれません。そうなると、東京への一極集中が緩和され、より豊かな生活環境や子育て環境がある地域に移住する人が増える。そうなれば、待機児童の問題も解決されているのではないでしょうか。

 企業や日本社会が内から変わることにも期待したいのですが、懇談会で議論をしていると、どうやら技術革新など外からの圧力によって働き方が変わっていくのではないか。そう感じています。