「定年廃止」が主流になる日 就業者数「過去最多」に迫る。生涯現役が当たり前に

日経ビジネスオンラインに5月18日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/051700067/

8割の企業が継続雇用制度を導入
 「定年」を延長したり、廃止したりする企業が増えている。厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」調査によると、従業員31人以上の会社(15万6113社)のうち、定年を65歳以上に設定している企業が2017年6月時点で17.0%、定年制度を廃止した企業が2.6%と、合計で19.6%に達している。2007年には65歳以上の定年が8.6%、定年廃止は1.9%の合計10.5%だったから、ここ10年ほどで約2倍になった。

 背景には「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」によって65歳までの雇用確保が義務付けられたことが大きい。企業は(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年制度の廃止――のいずれかによって、希望する社員を65歳まで雇用しなければならない。

 定年を60歳としている企業の場合、(2)の継続雇用制度を導入している例がまだまだ多い。継続雇用制度は定年後の社員を「再雇用」することで65歳まで働けるようにする仕組み。役職を外れ、給与も大幅に引き下げられるのが一般的だ。厚労省の調べでは8割の企業が継続雇用制度を導入している。

 ここへ来て、定年の引き上げや定年制の廃止に動く企業が増えている背景には、猛烈な人手不足がある。有効求人倍率はバブル期を超え、高度経済成長期の水準に達している。少子化によって働く人の総数が減ったことが人手不足の原因と思われがちだが、実際は違う。

 企業に雇われる「雇用者」の数は今年3月で5872万人に達し、63カ月連続で増加している。バブル期は4800万人程度だったから、当時よりもはるかに雇用者の絶対数は多いのだ。

 自営業者が減り、雇用者が増えたのだろう、と言われるかもしれない。確かに自営業者を含めた「就業者数」は1997年6月の6679万人が最多で、それを上回っていない。ところが、今年3月時点で6620万人にまで増加、21年ぶりに過去最多の更新が目前に迫っている。人口は減っているものの、働いている人の数は増えているのだ。

 背景には2013年以降、安倍晋三内閣が進めてきた政策がある。安倍首相は「女性活躍促進」を掲げて女性の労働市場参加を推進した。雇用者数は第2次安倍内閣発足時の2012年12月の5501万人から直近まで約370万人増加しているが、そのうち279万人が女性である。

定年時点で明らかになる自分の「時価
 安倍首相は当初から、女性の活躍を推進するのは、男女同権などの社会政策としてではなく、経済政策だと明言してきた。人口減少が鮮明になり働き手が足らなくなるのを見越して、女性を労働市場に参画させようとしたのである。

 さらに安倍内閣は、「1億総活躍」や「人生100年時代」を政策キャッチフレーズとして掲げた。これは明らかに高齢者により長く働いてもらおうという方針だった。定年を超えて働き続ける高齢者が確実に増えている。

 定年を法律で引き上げるべきだという声もあるものの、企業側の反発も強かった。一律に定年を延長すると、日本の終身雇用年功序列型の仕組みの中では、高齢者が会社の幹部に居残ることになり、組織の活力を失わせる、という批判があったからだ。多くの企業が、再雇用でいったん仕切りなおしてから高齢者を継続雇用しているのはそうした懸念の表れだ。

 だが、ここへ来て、企業は深刻な人手不足に直面している。前述のようにここ5年は人手不足と言いながら、働く人の数は増えてきた。だが、女性の労働市場進出もそろそろ限界に近づいている。今後景気が本格的に上向けば、間違いなく人手不足はさらに深刻化する。

 外国人労働者を本格的に受け入れることも必要になるが、移民へのアレルギーが強いとされ、安倍首相は「いわゆる移民政策は取らない」と言い続けている。

 また、「働き方改革」を通じて、社員の生産性を向上させるよう求めているが、これには日本の会社システムを根本から見直すことが必要になる。

 そんな中で、急速に期待が高まっているのが「定年延長」や「定年廃止」である。せっかく戦力になっている人材を、定年年齢に達したというだけで引退させてしまうのはもったいない。働けるだけ働いてほしい、というのが企業の本音なのだ。

 だからと言って、一律に定年を65歳に引き上げることには抵抗がある。経営者から見て、働き続けてほしい人材ばかりではないからだ。日本ではなかなか正社員を解雇できないので、定年がちょうど良い「区切り」になっている面もある。定年を機に再雇用することで、会社が欲しい人材には現役時代と遜色のない給与を提示、必要性の低い人材には大幅に引き下げた賃金を提示して、再雇用交渉を行っている。社員からすれば、その時点で初めて会社の自分に対する「時価」がわかるわけだ。

 深刻な人手不足の中で、年齢に関係なく、元気なうちは働き続けてほしいと考える経営者が増えている。いっそのこと、定年を廃止してしまおうという企業も少しずつ増えている。

高齢者も「専門性」が問われる
 定年制度が廃止になるからと言って、働き手はもろ手を挙げて喜べる話ではないかもしれない。

 というのも、これまでの会社と社員の関係が大きく変わる可能性が高いからだ。いったん会社に入ったら、定年までは安泰で、給与が大きく増減することもない、といったこれまでの日本の仕組みでは、定年廃止は難しいからだ。いわゆる年功序列型賃金では、定年廃止は難しい。仕事の成果に応じて給料が支払われる形に変えなければ、高齢者ほど人件費がかさむことになってしまう。

 よほどのことがない限り、一生面倒を見てもらえるという終身雇用の制度も崩れることになるだろう。会社に入れば、自分の仕事がなくなっても、配置転換などで働き続けられるというこれまでの会社のスタイルはもたない。

 従来は「就職」というより「就社」で、会社に入ってどんな仕事をするのかも、どこで勤務するかも、すべて会社任せだった。辞令一枚で全国どこへでも転勤させる仕組みは日本特有の会社システムの上に成り立ってきた。だが、そうした「就社」意識の社員ばかりでは、いつまででも働ける「定年がない」会社には馴染まない。より働き手の専門性が明確になっていくことが求められるのだ。

 実際、定年を廃止している会社の多くは、従業員の仕事が明確になっているケースが多い。いわゆるジョブ・ディスクリプションだ。その人の働いた成果が一目瞭然になる仕事ならば、それに応じた賃金を払い続けても間尺に合う。年齢は全く関係ないわけだ。

 つまり、定年が廃止されるからと言って、安穏な終身雇用が待っているわけではないのだ。社員に対してより専門性が求められるようになる。逆に言えば、その人の専門性が必要とされなくなれば、解雇されるのが普通になるだろう。解雇できる要件を厳しく規定している現在のルールが見直されないと、なかなか定年廃止の動きは広がらないに違いない。今後、政府は、定年を廃止する企業に解雇ルールを緩めることなどを検討することになるだろう。

 自分の専門性が不要になってクビになったからと言って悲観することはない。その専門性を必要とする会社があれば転職可能だからだ。実際、今後本格化する労働人口の減少の中で、一定の専門能力があれば、仕事は簡単に見つかる時代に変わるだろう。自らの専門性を磨けば、より条件の良い会社へと移動するのが当たり前になるはずだ。

 定年廃止は一見、日本型経営の延長線上にあるように思われがちだが、実際は全く違う。終身雇用や年功序列賃金、「就職」ではなく「就社」といった日本型の雇用慣行が崩れる大きなきっかけになっていくだろう。