女性活躍で社会も企業も大きく変わる インターアクト・ジャパン社長 帯野久美子氏に聞く

日経ビジネスオンラインに7月29日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/072800019/


 女性が本当に活躍するようになれば、より多様な社会や企業組織が求められるようになる。自由で自立した個人が中心の働き方に変わるためには、働き手の意識改革が不可欠になる。

 政府の中央教育審議会の委員などを務める、インターアクト・ジャパン社長の帯野久美子氏に聞いた。

女性の進出が、社会のあり方を変える

安倍晋三首相は2012年末の再登板以降、女性がより職場に出て活躍することを、政策の大きな柱として推進しています。

帯野:女性の活躍促進を「経済問題」として捉えたのは、第2次以降の安倍内閣の最大の功績だと思います。安倍首相は始めのうちは「女性活用」、その後、「女性活躍促進」と繰り返し言って、女性がより社会で働くことを、日本経済に不可欠な問題として捉えています。

 実は私は、第1次安倍内閣の時に、政府の「男女共同参画会議」の議員だったのですが、当時、議論を聞いていて唖然したことを覚えています。左派政党の代表のような方が、女性が働くことを、女性の権利拡大や男女同権といった「社会問題」として語り、それが多くの議員の共通認識だったように思います。

 あれからまだ10年たっていないのですが、日本は大きく変わったと思います。やはり、政治のリーダーシップによって変わり始めると、一気に動くのだなと痛感しますね。

首相のリーダーシップの効果が大きい、と?

帯野:ええ。安倍首相自らが「女性活躍促進」と前面に掲げたことがすごく大きいと思います。女性の進出が、労働人口の不足を補うというだけでなく、社会のあり方が大きく変わるきっかけになった。転換点になったと言ってもいいと思います。

 例えば、職場などへの女性の進出が進むと、それによって、多様な価値観がその組織に持ち込まれることになります。女性の進出によって社会や企業が大きく変わるわけです。

医師免許を持つ女性が働いていない、残念なケースも

今後、さらに女性が活躍できる社会に変わっていくには、何が重要だと思いますか。
帯野:女性の意識がもっと変わることですね。

 例えば、医師不足の問題があります。私は文部科学省の大学設置・学校法人審議会の委員もやっていますが、医学部の新設を千葉・成田市で認めるのに大きな議論になりました。医師は不足していない、という議論になるのです。

 ところが、現場で実際に診療する医師は足りない。医師免許を持っている人が増えても、実際に医者として働く人が増えない状態なのです。

 これは医師免許を持っている女性が、医師として働かない例が多くみられるからです。優秀な女性が資格だけ取る。お茶やお花の免状と同じように才能の証明だけになってしまっては困るのです。医学部の定員を増やしても、女性が多く合格して、結局、医者として働かないということになってはまったく意味がないのです。女性に医師としての使命を果たす意識をきちんと持ってもらわなければなりません。

医師の仕事が激務過ぎて、生活との両立が難しい、あるいは女性としてそうした働き方を許容できないということがあるかもしれません。

帯野:そうですね。女性が働きやすい社会や企業、組織を作ることで、女性だけでなく男性も、より多様な人生を送れるようになります。片道2時間近くもかけて通勤するような人生は嫌だ、という人が増えれば、世の中の一般的な働き方も変わっていきます。

 よく女性と話していて言われることがあります。自分たちは望んでいないのに、世の中の流れで、女性だからといって課長にしたりするのはなぜ、というわけです。そんな時、私は、「あなたがそこにいることが大事なんです。それによって組織が多様になることこそが重要なの」と説明するようにしています。

多様な選択肢がない社会はもろい

多様性が加わることが大事だというわけですね。

帯野:選択肢がないような社会は変化に対応できず、もろいです。そうした社会は将来、絶対にダメになります。

 日本の男性は可哀相ですね。良い大学を卒業して良い会社に入らなければダメだと、まだまだ信じているようです。今の社会は男が作って来た男社会ですから、大学を出た男性は、その中に入らないといけないと思ってしまうのでしょう。その点、女性は自由です。男社会に合わせて、その中にいなければならない理由が分からない。

 私は和歌山大学の副学長もしていましたが、大学は多様な人材を育成する、と言いながら、運営する幹部は男ばかりです。当時、国立大学の女性理事はたしか11人いましたが、6人が女子大で、4人が文科省出身者で、民間出身の女性は私ひとりでした。

「企業社会」から「個人が活躍する社会」への転換

ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)の急速な発達で、求められる人材像が急激に変わって来ています。20年後の日本の働き方はどうなっているでしょうか。

帯野:会社などの組織が無くなっているか、組織のあり方が大きく変わっているでしょうね。個人が活躍することが前提の社会とでも言いましょうか。高度な経験や知識を持った個人が、個人として世界で戦う社会にになっているのではないでしょうか。企業社会が大きな地位を占めていた日本にとっては、構造転換を迫られることになります。

 もうひとつ。地方が輝かないと日本はダメですね。世界と戦うような一部の高学歴の女性ではなく、普通の女性がどう輝くか。ICT(情報通信技術)の発達などで、もっと小規模なビジネスなどが成功する素地ができるように思います。また、女性の所得が増えると消費が増えるという調査もあります。地域経済を底上げするためには、女性がもっと稼ぐことが重要だと思います。

帯野さんが社長を務めるインターアクトの仕事の仕方はどうですか。

帯野:まさに匠の世界なんです。皆、英語など外国語が好きで好きでたまらな人たちなので、とことん良い仕事をしようとします。伝統的な手工業に近いと思いますね。私は経営者として、49%は匠の仕事を追求することで構わないから51%は利益を考えてねと言っています。放っておくと、利益度外視になってしまうんです。

働き方も自由なのですか。

帯野:猛烈に自由です。スペシャリストになってしまえば、どこで仕事をしても問題ありません。現在はたまたま皆が会社に来て仕事をしていますが、自宅勤務も可能ですし、世界を移動しながらでもよい。私たちのクライアントはグローバルに活動している製薬会社などが多いのですが、世界を動き回りながら仕事をしている人から、翻訳の依頼がネットで来ます。物理的な場所というのはどんどん関係なくなっています。それこそ、ノートパソコンを持って海岸で仕事をしてもいい。何時から何時まで仕事をするかどうかもまったく自由ということが現実に起きています。それももちろん、スペシャリストならでは可能になるわけです。

人工知能が普及すると、職場は一変する

そうした社会で求められる教育は

帯野:自分の意志で、自分の力で生きていける基本的な知識を身に付けさせる教育が重要です。伝統的なパターン教育ではなく、自立心を育てる教育といえばよいでしょうか。これはかなり前から言われてきたことなのですが、なかなか実現しません。日本社会のDNAというか、固定観念でがんじがらめになっているように思います。

 例えば、各大学は競って卒業後の就職率などを公表するわけですが、その中にはアーティストになった人や私のように翻訳家になって自立して個人で働いている人は含んでいません。組織の中に入ることが当たり前という固定観念があるわけです。

 寄らば大樹の陰といいますか、組織に入っている方が安心なのでしょう。でも社会がどんどん高度化し、AIなどが入ってくると、組織の中でもプロフェッショナルでなければ仕事がなくなる日が来ます。組織に頼らない人生には山も谷もありますが、個人の力で夢をおいかけていくことは素敵な事です。