安倍政権肝いりの「国家戦略特区」が揺れている〜民間出身の副市長が、任期前退任の大波乱!

現代ビジネスに8月3日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49355

政治的な攻防に巻き込まれた?

政府から国家戦略特区に指定され、農業分野などの規制緩和に取り組んでいる兵庫県養父(やぶ)市。民間出身で新規事業の立ち上げなどを担ってきた三野昌二副市長が任期を6ヵ月余り残して、7月31日付けで辞任した。

公式には、退任は「健康上の理由」となっているが、実際は特区の進め方などを巡って議会の攻撃にさらされるなど、政治的な攻防に巻き込まれた結果にも見える。

10月には市長と市議会議員の同時選挙が控えている。当初は広瀬栄市長が無投票で3選を果たすとみられていたが、ここへ来て、対抗馬が立ち8年ぶりに選挙になる気配が濃くなっている。安倍晋三内閣が規制改革の突破口と位置付ける「特区の先進地域」だっただけに、選挙で住民の信任が得られるのかどうかに注目が集まっている。

三野氏は広島県出身で、リゾートホテルの運営や、長崎県ハウステンボスの経営、栃木県の旅館の再生などに携わった経験を持つコンサルタント。俳優業や客船「飛鳥」のパーサーなど多彩な経歴を持つ。広瀬栄・養父市長に一本釣りされ、2013年2月に副市長に就任した。

養父市が100%出資する地域おこし会社「やぶパートナーズ」の社長を兼務。養父市が国家戦略特区として新規事業を始める仕掛け人の役割を果たしてきた。

やぶパートナーズが主体となって山間地の棚田のコメを企業と連携して売り出したり、耕作放棄地を再生させるなど農業活性化に取り組んだ。また、特産品ながら販路が限られていた朝倉山椒をパリやミラノに売り込むなど、民間出身ならではの活躍をしてきた。

退任の記者会見の翌7月29日、退任式を終えた直後の三野氏に話を聞いた。


――突然のようにみえますが、なぜ任期途中に退任されるのでしょう。

三野 健康上の理由ということになってますが、政治的な問題がある時はだいたい「健康上の理由」というわけです(笑)。

ひとつは、市議会で一部の野党から私が集中攻撃されていて、そろそろ限界だと感じていました。私はもともと民間で仕事をしてきて、政治は素人ですから、政治家の理屈には正直付いていけません。

――前々から「もう1人副市長がいたら助かる」と仰っていましたね。

三野 隣の豊岡市には、職員上がりと民間出身の2人の副市長がいて、職員出身の副市長が行政や議会の対応をこなしているようです。養父にも職員から副市長が出て、行政部分を担当していただければ、私が全国を飛び歩くことももっと容易になるのに、と思っていました。

養父の良い農産品を売り込むにしても、直接足を運ぶことが大事です。それができるのは民間出身の私の特技ですから。

市長を交代させるわけにはいかない
――10月には選挙もあるのですね。

三野 市長選と市議選と両方あります。当初は広瀬市長の無投票3選とみられていましたが、報道ではここへ来て、対抗馬が出て来そうな気配です。国家戦略特区はようやく軌道に乗り始めたところで、広瀬市長にはまだまだ続けてもらわなければなりません。ここで市長が交代したら元の木阿弥です。

国家戦略特区に指定されたのも、広瀬市長が、地元選出の国会議員や安倍内閣の方々と太いパイプを持っていたからです。特区に指定されて養父の知名度は格段に上がりました。

そんな、広瀬市長にご迷惑をかけることはできません。これから選挙前の最後の市議会が開かれるわけですが、かなり政治的なパフォーマンスの場になりそうです。私への攻撃が、広瀬市長の足を引っ張るようなことになっては申し訳ない。潮時だと感じました。

――三野さんの特区での仕事もまだまだ途中だと思いますが。

三野 副市長は辞めても、やぶパートナーズの社長は続けます。むしろ、行政の立場を離れて、ビジネスを進める役割に徹する方がすっきりします。逃げる訳ではありませんから。

――市議会の野党からは特区の成果が出ていないと批判されているようです。
三野 特区指定から2年がたって、やっとおカネが入ってくるようになりつつあります。企業が養父市でだけ農地を所有することができるようになるのですから、全国から注目されています。

養父市には30億円規模の投資が入ってくると試算しています。日本でも、企業が本格的に農業に投資する時代がいよいよ始まるわけですが、その先陣を養父市が切るわけです。

――特区で事業を進める事業者としてやぶパートナーズも参画していますね。

三野 オリックス、JAたじま、地元農業者と共に、やぶパートナーズが共同出資で「やぶファーム株式会社」を昨年、設立しました。ピーマンの路地栽培などを始めていますが、2年目の今年は1日300キロから400キロを収穫するまでになっています。今シーズンは31トンの収穫を目指しています。

地域にとって何より大きいのは雇用を生んでいること。やぶファームでは現在14人が働いています。今後は施設園芸などで、生産物の種類を増やし、本格的に事業展開していく予定です。

特区の効果は一気に出ているわけではありません。しかし、着実に変わりつつあります。花卉(かき)栽培なども順調に進んでいます。養父市にとって国家戦略特区に指定されたことは大きなチャンスです。広瀬市長には次の選挙も勝ってもらわなければ困ります。

養父市では、農業委員会が握っていた農地売買の許可権限を市長に移譲することや、企業の農地取得の解禁、農業生産法人の要件緩和といった、農業分野の改革を先頭に立って進めてきた。安倍内閣アベノミクスの3本目の矢として掲げた規制改革の「象徴」ともいえる存在だ。

特区指定に対する住民らの評価は高いものの、一部の既得権層には、改革に後ろ向きな勢力もいるだけに、10月の選挙は目が離せない。

安倍内閣は担当の大臣らが繰り返し養父市を視察するなど、広瀬市長の改革路線をサポートしてきた。それだけに、万が一にも広瀬路線がグラつくようなことになれば、アベノミクスの評価にも影響する。一地方の市長選・市議選とはいえ、大いに注目されることになりそうだ。