今こそ、「住宅政策」の発想転換が必要 注目される政府の経済対策、20兆円でも波及効果には疑問

日経ビジネスオンラインに7月22日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/072100028/

政府が新たにまとめる「経済対策」の内容とは

 参議院議員選挙自民党など与党が勝利し、「アベノミクスを一層加速せよと国民から力強い信任を得た」として、政府は近く大規模な経済対策をまとめる。民間からは8兆円規模の対策が必要という声が上がり、安倍晋三首相周辺でも10兆円規模との声が出ていたが、ここへ来て20兆円超で調整しているという報道まで飛び出した。

 規模を大きく見せることで景気回復ムードを盛り上げようという心理作戦ともいえるが、問題は景気対策として本当に効果が上がるかどうか。官邸周辺からは「具体的なタマがなくて困っている」という声も漏れて来る。デフレからの本格的な脱却につながる実効性のある対策は打ち出されるのだろうか。

 「勝利の余韻に浸っている暇はありません。直ちに、明日、石原大臣に対して、経済対策の準備に入るよう、指示いたします」

 7月11日、参院選の結果を受けて自民党総裁として会見した安倍首相は、こう述べた。そのうえで、キーワードは「未来への投資」だとした。

キーワードは「IoT」「ビッグデータ」「人工知能」…

 政府が6月2日に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略2016」では、「戦後最大の名目GDP国内総生産)600兆円」を目標に掲げ、第4次産業革命に突き進むとした。そのうえで、キーワードはIoT(インターネット・オブ・シングス=様々なモノがインターネットにつながる)やビッグデータ人工知能(AI)、ロボット・センサーなどを上げた。こうした分野に思い切って投資するというのだ。それによって2020年までに30兆円の関連市場を生み出すとしている。

 実際、経済対策でもIoTやAIに予算が付くことになる。秋の臨時国会補正予算として編成され、年度内に執行される。

 だが、こうした新分野に投資される「規模」はそれほど大きくならない。国が主導するとしても、最終的にIoTなどに投資するのは民間企業だ。しょせん呼び水としての投資で、それだけで兆円単位になる話ではない。

結局、「リニア中央新幹線」などお得意の建設投資へ
 結局、「将来への投資」と言って具体的に安倍首相が触れたのは、リニア中央新幹線の全線開業を最大8年間前倒しする事。さらに、整備新幹線の建設も加速するとした。また、「熊本地震の被災地に『未来』をつくる」とし、復興支援も未来投資だと位置付けた。「自然災害に強い、強靭な国づくりを進め、安心を確保するための防災対策も、『未来への投資』であります」としている。

 7月13日に開いた経済財政諮問会議で民間議員の高橋進日本総合研究所理事長は、GDPギャップは5兆〜6兆円あるとの試算を示した。GDPギャップとは、国の全体の総需要と供給力の差のことで、需要よりも供給力が多い状態を示す。このギャップを埋めるということは、財政出動によって需要を増やすということである。その伝統的な手法が「公共工事」である。

 安倍首相の発言を聞いていると、結局のところ、自民党お得意の建設投資に資金を回す以外、経済対策の規模を大きくする手はないということのようなのだ。

 だが、新幹線や道路、堤防といった建設投資ではなかなか波及効果が大きくならない、というのがここ十年来の問題だ。また、震災復興に建設作業員の人手が取られ、予算を付けても実際には建設工事が進まないという事態に直面している。日本のGDPは6割が「消費」によって支えられているが、公共工事が消費の増加に結びつかないのである。

景気を左右する重要な指標は「新設住宅着工」の戸数

 では、打つ手はないかというとそうではない。

 欧米などで景気を左右する重要な指標とされているのが「新設住宅着工」である。住宅着工が増えれば、それに付随して住宅設備機器や家具、家電などが売れる。自動車やインテリアの買い替えにもつながる。経済的な波及効果が大きいのだ。

 日本の新設住宅着工戸数は1990年代後半のバブル期に年間166万〜167万戸が続いたが、その後、大幅に減少してきた。阪神淡路大震災の復興需要が加わった1996年度の163万戸からリーマンショック後の2009年度の78万戸まで実に半数以下になった。その後緩やかに回復、消費増税前の駆け込み需要があった2013年度には99万戸まで回復したが、その後、2014年度88万戸、2015度年92万戸と推移している。

 ここへ来て、この新設住宅着工に明るさが見えている。国土交通省が6月30日に発表した5月の新設住宅着工戸数は7万8728戸。1年前の5月に比べて9.8%増えた。前年同月を上回るのは今年1月以降5カ月連続。しかも、2月7.8%増→3月8.4%増→4月9.0%増→5月9.8%増と月を追うごとに増加率が大きくなっている。

 5月の分譲マンションの着工は微減(0.8%減)だったが、持ち家、貸家、分譲住宅ともに増えている。中でも分譲の一戸建て住宅は18%増と高い伸びを示し、7カ月連続での増加となった。

 今後の焦点は、消費増税前の駆け込み需要が膨らんだ2013年の水準を上回れるかどうか。今年1月までは2013年を大きく下回っていたものの、2月、3月、4月と3カ月連続で上回った。5月は1000戸余り下回ったが、6月以降の数値が注目される。2013年度の年間99万戸にどこまで迫れるかが注目される。

 なぜ、住宅着工が増えているのか。

「マイナス金利」効果で現在、新設住宅着工は好調

 日本銀行が今年2月に導入した「マイナス金利」の効果がジワジワと効き始めているとみて良さそうだ。住宅ローン金利が史上最低水準に下がったことで、住宅を買う動きが広がり始めた模様だ。また、都市部を中心にマンション価格が上昇していることから、買い替えを誘発しているようだ。

 これまでなかなか増加しなかった福島県など東日本大震災の被災地域でも住宅着工が増えている。震災から5年を経て、ようやく本格的な住宅再建が始まったとみることもできそうだ。

 野村総合研究所は6月、2030年度の住宅市場に関する予測を発表した。それによると今年度以降、住宅着工は右肩下がりで減り続け、2030年度には54万戸にまで減るとしている。人口減少が大きく影を落とすという見方である。

 現在820万戸ある空き家は今後急増。2033年には2167万戸になるとしている。総住宅数を7126万戸(現在は6063万戸)とみており、空き家の比率は現在の13.5%から30.4%に高まるとしている。

 仮に予測通りの住宅着工が減り続けると、経済へマイナスのインパクトは大きい。逆に言えば、名目GDP600兆円を目指すには、住宅着工の減少に歯止めをかけ、増やすための政策が不可欠になる。

人口減少を見据えて、住宅政策は発想の大転換が必要

 人口が減少する中で、住宅政策は発想の大転換が必要だ。これまでは持ち家比率を上げることに重点が置かれ、小規模の住宅を大量に供給する視点で政策が組み立てられてきた。空き家や空き地が増える中で、今後は、既存の住宅を建て直して大きくさせる政策が不可欠だ。

 従来、一定規模以下の住宅の固定資産税を軽減するなどの措置が取られてきたが、逆に一定規模以上部分に対する固定資産税の税率を低くするなど、大規模化を促進することが必要だ。また、隣接する空き地を取得した場合に税金を優遇するなど、積極的に規模を拡大していくことである。

 安倍内閣の閣僚のひとりは、「それではカネ持ち優遇政策だと批判されてしまう」と危惧する。誰の目にも「大豪邸」と映るような家に住む人を優遇する必要はないが、「ウサギ小屋」と世界から卑下されてきた住宅事情から今こそ脱出して、国民が豊かさを感じるべきではないか。政府は「住宅面積倍増計画」を堂々と打ち出すべきだろう。

住宅ローンの「ノンリコース化」を実現すべきだ

 さらに、週末住宅を保有した場合の税率軽減など、二軒目、三軒目の住宅取得を促進する政策を打つべきだ。

 また、住宅を取得する際のリスクを大幅に軽減するには、かねてから検討されてきた住宅ローンの「ノンリコース化」を実現すべきだ。ノンリコースは住宅ローンが返せなくなった場合、担保になっている住宅を引き渡すだけで借金全額と相殺されるというもの。日本の現状の住宅ローンの場合、担保不動産を売却してローンが残れば、その返済が必要になる。

 不動産の下落リスクを銀行が負うことになるため、銀行業界は大反対だった。だが、デフレからの脱却で、不動産価格の下落リスクが小さくなっていくと考えれば、今こそノンリコースローンを本格的に導入するタイミングと言えるだろう。住宅取得に関わる経済的なリスクが小さくなれば、より高額の不動産などを買う消費者が増えることになる。つまり、住宅の大規模化にも寄与することになるわけだ。

 現在、日本の住宅の築年数は上昇を続け、老朽化が進展している。これは逆に言えば、建て替えの潜在的な需要があるということである。日銀がマイナス金利政策を本格化させるのと同時に、政府が住宅政策の発想の転換をすることが最大の景気対策になる。