「企業にも」「労働者にも」メリットある働き方改革なんて可能なの? 二兎を追う安倍政権への期待と不安

現代ビジネスに9月28日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49819

「二兎を追う」安倍首相

安倍晋三首相が「今後3年間の最大のチャレンジ」と位置付ける「働き方改革」。その具体策を議論する政府の「働き方改革実現会議」が9月27日、初会合を開いた。安倍首相が議長、加藤勝信働き方改革担当相と塩崎恭久厚生労働相が議長代理に就いたほか、関係閣僚6人と民間議員15人の合計24人で構成する。

会議で安倍首相は、「『働き方改革』は、第3の矢、構造改革の柱となる改革であります」と述べた。アベノミクス構造改革の一環だと明確に位置付けたうえで、これまで「ワーク・ライフ・バランスにとっても、あるいは生産性にとってもいいと思いながらできなかった」と指摘、「必ずやり遂げるという強い意志を持って取り組んでいかなければならない」とした。
 
つまり、今回の改革は、働き手にとってのメリットと生産性向上という、企業や国にとってのメリットの「二兎を追う」姿勢を明確にしたわけだ。そのうえで、「今年度内に具体的な実行計画を取りまとめた上で、スピード感をもって国会に関連法案を提出をする」とした。
 
「二兎を追う」姿勢は次の発言でも明らかだ。
 
長時間労働を是正すれば、ワーク・ライフ・バランスが改善し、女性、高齢者も、仕事に就きやすくなります。経営者は、どのように働いてもらうかに関心を高め、労働生産性が向上していきます。働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段であると思います。働き方改革は、社会問題であるだけでなく、経済問題であります」
 
労働問題はさまざまな立場の人たちの利害が直接ぶつかり合う。それだけに抜本的な改革にはなかなか着手できずに来た。企業の生産性を掲げて労働問題に取り組めば、労働組合など労働側は強硬に反対する。労働条件改善に先に手を付けようとすれば、中小企業などの経営者団体から猛烈な反発を受ける。

結局、双方が折り合う仕組みを目指してきたことで、社会保障費や助成金の増加という形で国家財政に大きなツケが回った。企業は稼ぐ力を失い、働き手は長時間労働と低賃金に苦しみ、国は経済成長力を失い借金まみれ。そこから抜け出すには、一気に「働き方」を抜本的に見直すことが必要だと安倍首相は強調しているのだ。

そんなこと、可能なの?

この二兎を追う労働政策は、アベノミクスの3本の矢に似ている。リフレ派が求める「大胆な金融緩和」(1本目の矢)と、ケインジアンが求める「機動的な財政出動」(2本目の矢)、構造改革が求める「成長戦略」(3本目の矢)をいっぺんに同時に行うとした手法だ。「働き方改革」では、労働者のための政策と、生産性向上のための政策を同時に行うとしているわけだ。
 
果たしてそんな事が可能なのか。今回、「働き方改革実現会議」に有識者として選ばれた民間人の間でも疑心暗鬼が広がっている。
 
労働組合を代表する形で、神津里季生・連合会長が名前を連ねたほか、少子化問題などに詳しい白河桃子相模女子大学客員教授や、女優の生稲晃子さんらが加わった。労働運動を長年みてきた人たちからすれば、労働者の代表が少な過ぎて、企業寄りの結論になるのではないか、という懸念が強い。
 
一方で、企業経営者側も疑心暗鬼に包まれている。榊原定征経団連会長や、三村明夫・日商会頭など経済団体トップがメンバーに選ばれているものの、「左寄りの政策に賛成なメンバーが多い」と懸念する声もある。

数では企業系のメンバーが7人と多いものの、伝統的な大企業とベンチャー企業では「働き方」に対する考え方がまったく違い、共闘を組みことにはなりそうにない。学者も構造改革に積極的な人から、労働者の権利拡大に理解を示す人まで立ち位置はバラバラ。会議の方向性は今のところ見えて来ない。

空中分解の可能性も

そんななかで、安倍首相は今後の議論の順番として9つを挙げた。
 
1番目 同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善
2番目 賃金引き上げと労働生産性の向上
3番目 時間外労働の上限規制の在り方など長時間労働の是正
4番目 雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の問題
5番目 テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方
 
6番目 働き方に中立的な社会保障制度・税制など女性・若者が活躍しやすい環境整備
7番目 高齢者の就業促進
8番目 病気の治療、そして子育て・介護と仕事の両立
9番目 外国人材の受入れの問題
 
この順番からも明らかなように、まずは働く人たちの待遇改善に着手しようとしている。企業経営者からすれば、こうした待遇改善ばかりが進み、終身雇用年功序列などの日本型雇用慣行が残ってしまえば、生産性を向上させることは難しいと感じるだろう。

アベノミクスの4年弱で企業収益が大幅に改善、内部留保も過去最高になっていることから、すぐには文句を言わないにしても、左寄りの政策だけで終わりそうな気配になれば、会議は空中分解することになりかねない。
 
もちろん、企業は今猛烈な人手不足に直面しており、今後も採用難が続く。そうした中で、現状の働き方を維持していれば、若者が採用できなくなる時が来るという危機感がある。だからこそ、最低賃金の引き上げにも、非正規雇用の処遇改善にも、これまでになく協力姿勢を取るだろう。
 
今後どんな具体的な施策が出て来るのか。それを安倍首相はどうさばき、従来の労働組合や企業の論理の枠から解き放って、構造改革を進めていくのか。議論の中味に着目したい。