人手不足の壁に直面するヤマトが描く「未来」 人しかできない高付加価値の仕事を、人がやる

日経ビジネスオンラインに3月10日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/030900037/

ヤマト運輸の働き方を、山内社長に聞いた時のこと

 いま話題のクロネコヤマトの宅急便を傘下に持つヤマトホールディングス(HD)の山内雅喜社長に、ヤマト運輸の「働き方」について話を聞いたことがある。2016年に厚生労働省が設けた「『働き方の未来2035:1人ひとりが輝くために』懇談会」(座長・金丸恭文フューチャー会長)でのことだ。山内社長がメンバーで、私も事務局次長として議論に参加していた。

 2016年4月1日に山内社長自身が行ったプレゼンテーションは他の委員から多くの質問が出るなど、高い関心を呼んだ。

 プレゼンの中で山内氏は、40年を迎える宅急便ビジネスが、今では年間17億個、1日にして500万個を届けるサービスに発展したことを紹介。そのサービスを支えているのは、荷物を実際に家庭まで運んでいる「セールスドライバーの質」であると強調していた。

“今の段階では”人がサービスをしている

 「今の段階では人がサービスをしておりますので、お伺いしているセールスドライバーという社員、この人による生産性の違い、あるいは品質の違いが非常に大きく出ます」

 懇談会は2035年の将来を見据えた「働き方」を考えるのがテーマだったので、「今の段階では」と山内社長は断っている。

 そのうえでクロネコヤマトの社員の「働き方」を解説した。ヤマトでは、まず①価値観・理念を共有したうえで、②自主性を発揮して自主的・自律的に働き、③その成果が承認される仕組みを作っている、というのが概略だった。議事録も山内社長のプレゼン資料も厚生労働省のホームページに掲載されているので、一読をお勧めしたい(以下枠内)。



定型のサービスではなく、臨機応変であることが重要

 社員が共有する「価値観・理念」を山内社長は、「お客様に喜んでもらうということを常に追求するんだという思いを常に持つ」ことだとした。そして「ここは会社として揺るがない1つの特徴」と胸を張った。そのうえで、労働時間など一定のルールの中でセールスドライバー自身が創意工夫して動けるようにしている、という。4000カ所も集配所があって同時に大勢の社員が働く中で、「マニュアル管理だとか、統一管理というのは無理」だというのだ。

 定型のサービスではなく、臨機応変クロネコヤマトの宅急便が他の宅配便に比べて評判が良いのは、こうしたマニュアルではないドライバーの自主性を尊重しているからだろう。さらに、利用者の声はドライバーにフィードバックされ、表彰されるなど評価される仕組みも作っている。評価は必ずしも給与に全面的に反映されるわけではないという。金銭よりも「顧客の喜び」のフィードバックや周囲から褒められる「表彰」でインセンティブを高めているという。いわゆる歩合制とは距離を置く。

「サービス向上で、働き方は悪化するのでは」という疑問

 顧客満足第一でサービスを常に磨いていく──そうした仕組みはある意味、日本の伝統芸とも言えるだろう。だが、さっそく懇談会のメンバーの中から疑問の声が挙がった。

 働くお母さんの立場から参加していた元日本経済新聞記者の中野円佳さんだ。

 「どんどんサービスを良くすることで働き方が悪化するということはないのでしょうか。それを感謝してもらえるからという喜びで報いるという形にしてしまうと、やりがいの搾取になってしまうのではないか」

 まさに、今、ヤマトが直面している問題である。荷物が増えすぎてドライバーが限界にきている、という。

「良いサービスの提供」と「社会的なルールの遵守」

 これに対して山内社長はこう答えた。

 「御指摘のとおりです。良いサービスを提供していこうということで、無制限に、例えば配達の時間を夜1時間延ばしてしまうとか、そういうことをしてしまうと本人の負担になりますし、それを取り囲む周りの一緒に働いているメンバーの負担になってしまうことが当然起きます。従って、これは一定のルールであるとか、一定の労働時間の中であるとか、そういった範囲の中での工夫、ということになります」

 あくまで社会的なルールの枠内での話だとしたのだ。ルールを無視すれば、働き手を酷使するだけの「ブラック企業」になってしまう。

 ここ1カ月ほどヤマトの経営陣の舵取りに注目が集まっている。全国的な人手不足に加え、ネット通販の広がりによる宅配の急増で、宅配便の現場が悲鳴を上げているという報道が年明けから目立っていた。やり玉に挙がったのがネット通販大手のアマゾンジャパン(東京都目黒区)。翌日配送ならぬ当日配送の導入などで、利用が激増した。

労使交渉、給料未払い、値上げの報道で、株価は乱高下

 そんな中2月下旬に、宅急便の総量抑制について労使交渉しているという報道が流れると、株価は急騰した。採算が低いとみられるアマゾンの契約を見直すのではないか、という観測が広がったためだ。2200円台だった株価は一気に2600円に迫るところまで急伸した。また、宅急便の時間指定を正午から午後2時まで取りやめる検討を始めたという報道もなされた。

 ところが3月上旬の報道で、今度は株価が急落する。同社がトラック運転手などのサービス残業の実態を調査し、給料の未払い分を支給する方針であることが分かったと報じられたのだ。未払い給与分の支払いが膨らめば業績への影響が出るとの懸念が広がったのだ。今度は株価は一気に2300円台まで下落した。

 次に日経新聞が報じたのは宅急便の値上げである。ヤマトが9月末までに宅配便の基本運賃を引き上げる方針を固めたと報じたのだ。全面値上げは消費増税時を除くと27年ぶりという。また、アマゾンジャパンなど大口顧客と交渉に入ったという。現場のドライバーの負担になっている再配達についても荷主と共同で削減に取り組むと報じられた。

意図をもって流される情報

 株式市場からすれば一喜一憂するニュースが次々に流れたわけだ。一部にはメディアをコントロールして料金値上げを勝ち取ったという説もあるが、現実には、荷物の急増で現場がパンク寸前の中であたふたしている。労使交渉が行われているタイミングで情報が意図的に流されている面も強い。

 需要が急増する中で、経営の選択肢はいくつかある。サービスを横軸、料金を縦軸とすれば、料金を上げてサービスを維持するか、料金を据え置いてサービスを削るか。料金も上げて、サービスも削るという選択肢もある。いずれも顧客との力関係で決まる。さすがにこのタイミングでは料金を下げて、サービスを上げるという選択肢は取れない。

 ニュースはこうした選択肢が未整理のまま流れている。果たしてヤマトはどんな選択肢を取るのか。山内社長の言う価値観・理念を放棄することはないだろうから、顧客の理解を得られることが第一になる。庶民からすれば、多少のサービス劣化は仕方がないが、料金上げは困るとなるのか、値段が上がってもサービス劣化は困るとなるのか。その見極めが大事だろう。

自動運転やロッカーの設置などで、人手を省いていく

 短期的な対応はともかく、中長期的にヤマトはどんな戦略を取ろうとしているのか。懇談会での私の質問に山内社長はこう答えている。概略は以下の通りだ。

磯山:「宅配便業界は猛烈な人手不足だと伺っています。将来にわたって人材は採用出来るとお考えか、例えばロボットとか、ドローンで物を運ぶことに本格的に取り組もうとしているのか」

山内社長(ヤマトHD):「業務の中で後方の仕分け業務は、ほとんど機械化していけるようにしたい。だからここはどんどん人がいなくなる。集荷・配達の部分は、今の業務をもう少しセグメントしていく形になるかと思います。会話をしたり相談したいお客様は、セールスドライバーが、人間が配達する。一方で、荷物を人から受け取るのが煩わしいという方もいる。ロッカーを設置したり、コンビニエンスストアなど色々な所で受け取れるように選択の幅を広げていきます。新しいテクノロジーのイメージでは、ロッカーと自動運転とセットにして、ロッカーに荷物を入れておくと、それが各家庭までいくような人手を介さないものをいかに取り入れていくかです」

ヤマトの今後の変身は、先端技術活用の典型例になる

 山内社長は、あくまで人間が配送するものについて「プレミアム的なサービス」という言葉を使った。すでにヤマトはセールスドライバーが独居老人宅の見守りを行うサービスなどを試行している。つまり、エリアをカバーするネットワークを生かして、より付加価値の高いサービスに出て行こうと考えているわけだ。一方で、モノを運ぶことだけを求める顧客にはテクノロジーの利用で効率化したサービスにシフト、コストを引き下げて行こうという考えだ。

 働き方でいえば、本当に人がやらなければならない部分は人を使い、機械に置き換えられる部分は積極的に置き換えていく、ということだろう。つまり、より顧客と密接な関係を保つためのサービス要員へとドライバーが変わっていくということなのだ。

 ヤマトの喘ぎと今後の変身は、日本全体が直面する人手不足とAI(人工知能)などの先端技術の活用の典型例になっていくだろう。