キッズウイークは役人の「机上の空論」もはや国が決めて「一斉に休む」時代ではない

日経ビジネスオンラインに6月2日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/060100045/

政府が主導する「休み方改革」の評判

 政府は、小中学校の夏休みなどの一部を別の時期にずらして大型連休とする「キッズウイーク」を導入する方針を明らかにした。5月24日に開いた教育再生実行会議で、安倍晋三首相が打ち出した。今後、経済産業省などの関係省庁や経済界幹部、有識者などをメンバーとする「休み方改革官民総合推進会議」を設けて議論を進め、2018年度から実施する方針だという。

 「キッズウイーク」の考え方はこうだ。例えば夏休みを5日短くする代わりに、別の時期の月曜日から金曜日を休みにするというもの。前後の土日と合わせて9日間の大型連休が新たに生まれる。全国の地域ごとに休みとする日を決めることで、長期休暇を分散し、交通機関やホテルの混雑を緩和するという。

 経済界に呼びかけて、企業も同じ時期に休業したり、有給休暇の取得を呼びかけたりすることで、親子で外出する機会を作る。安倍内閣長時間労働などを是正する「働き方改革」を掲げているが、先進国と比べて低い有給休暇の消化率などを上げるために、「休み方改革」を進める方針だ。安倍首相は会議で、「大人が子どもと一緒に過ごす時間を多く確保するため、官民を挙げた休み方改革を進めていく」と述べた。

 安倍首相自らが打ち出した「キッズウイーク」だが、ネット上など世間の反応は今ひとつ。公務員や大企業の正社員を前提にした発想で、大型連休が生まれれば、小売りや飲食、ホテルといったサービス産業で働く人たちは休めない、というわけだ。

 また、地域ごとに休みをバラバラにすると言っても、全国展開している企業の場合、一部地域だけ休みになれば業務効率は下がる。下手をすると、会社が指定した日に有給休暇を消化せざるを得なくなる、といった声が聞こえてくる。どうも世の中の実状と合っていない、というわけだ。

 このところ政府が打ち出す「休み方改革」は軒並み評判がよろしくない。2015年に打ち出した「ゆう活」は、夏の間、勤務時間を1〜2時間前倒しすることで、夕方から家族や友人との時間を楽しむことを掲げたが、実際には国家公務員の間で実施された程度で、なかなか広がらなかった。

プレミアムフライデー」は役人的発想

 今年2月に導入された「プレミアムフライデー」も評判が芳しくない。毎月末の金曜日は午後3時に仕事を終えることを推奨しているが、初回の2月24日はともかく、3月は31日の年度末に重なったため、「午後3時に帰るなんて夢物語だ」と言った声があふれた。そもそも月末の金曜日を指定したこと自体、「役人的発想だ」といった批判がされている。

 そして、今回のキッズウイークである。そもそも夏の暑さが猛烈さを極めるようになっているのに、夏休みを短縮することが効率的なのかどうか。また、夏休み期間が短くなることで、両親が夏休みを取る候補日が減り、かえってその時期の交通機関などの混雑が増すという懸念もある。「役人が考えた机上の空論」という批判もある。

 政府が「休み方改革」や勤務時間の短縮を叫ぶのは、日本の長時間労働がなかなか解消されないという現実がある。また、有給休暇の取得率は先進国の中でも最低レベルだ。フランスなどは年間30日ある有給休暇を100%消化しているのに対し、日本は年間20日の有給休暇の消化率は50%程度とされる。有給があっても使えないので、国が休む日を指定しましょう、というわけだ。

 こうした「国が決めた日に一斉に休む」という日本の傾向は、祝日数にも表れている。

 日本の祝日数は現在、年間16日。このところ、「海の日」や「山の日」など新しい休日が増えてきた。天皇陛下の退位・代替わりが固まっており、おそらく新天皇の2月の誕生日が祝日に加わることになる。そうなると年間17日だ。しかも日曜日と重なると振り替え休日になる。世界ではインドやコロンビアが18日で最多とされるが、日本が世界一祝日の多い国になる日も近い。

 では、先進国はどうかとみると、英国は8日、ドイツは9日、米国は10日、カナダ、フランス、イタリアは11日といった具合である。G7(主要7カ国)の中では日本が断トツに祝日が多いのである。

 これをみると、祝日増などを通じて国が「一斉に休む」日を決めていることが、逆に、有給休暇の取得を妨げて長時間労働に拍車をかけているのではないか、と思えてくる。

 有休消化率の高いフランスなど欧州諸国の場合、平日に30日の有給休暇を使うのは当然で、土日と合わせて夏に4週間、年末に2週間の長期休暇を取る人が多い。長期のバカンスを取らないとリフレッシュしない、という声をよく聞く。

 筆者は新聞社の支局長としてスイスとドイツに駐在した経験を持つが、8月と12月はほとんど仕事にならないほど、多くの会社の社員が休暇を取っていた。ただし、9月から11月などその他の時期はよく働く。ドイツでは夏になると早朝に出社して午後4時頃には退社する人たちの姿を良く目にした。国に言われなくても「ゆう活」をしているのだ。夏の間、日が長いドイツでは、4時に退社すれば、ゴルフを余裕で1ラウンド回ることができるという。

長時間働いても、なぜ1人当たりのGDPは伸びない?

 まさに、ワークライフ・バランスを取った働き方と言えるが、そうした働き方が可能なのは、「ジョブ・ディスクリプション」が明確だからだろう。自分の仕事の範囲が明確になっているので、それを終わらせれば帰ることができる。隣の人の仕事に手出しをすることはない。これは「手伝わない」というネガティブな意味よりも、「相手の領域には踏み込まない」という相手を尊重した態度といえる。

 では、どちらの生産性が高いのだろうか。

 しばしばドイツ人に言われるのは、日本人はドイツ人よりもはるかに長時間働いているのに、なぜドイツよりも1人当たりGDP国内総生産)が少ないのか――。日本の1人当たりGDP(米ドル建て)は3万4500ドルだが、ドイツは4万1000ドルを超える。「バカンス大国」のイメージがあるフランスは3万6400ドルと、日本を上回っている(いずれも世界銀行、2015年)。

 今、政府は働き方改革を進める一方で、「生産性の向上」を掲げている。日本企業が儲ける力を取り戻さない限り、日本人は豊かになれない。労働時間を減らし、もっと休暇を取得する一方で、儲けを今以上に大きくするには、生産性を抜本的に引き上げるほかない。

 生産性の側面からみて、「キッズウイーク」や祝日の増加はどう評価できるだろうか。夏休みが終わったと思ったら、秋には3連休がいくつもある。そのうえ「キッズウイーク」が設定されれば、仕事モードと休みモードを頻繁に切り替えなければならなくなる。働いたと思ったら、また休み、といった状態になるわけだ。これで生産性が上がるのだろうか。

 もはや国が「一斉に休む日」を指定する時代は終わったのではないか。皆が一斉に休むのが効率的だったのは、かつての工場労働である。一斉休暇は、製造業の現場が仕事の中心だった時代の遺物だろう。サービス産業で働く人が圧倒的に増えてきた中で、「一斉に休む」スタイルにこだわれば、そうした分野で働く人たちにしわ寄せがいく。そうでなくても、小売り、飲食、旅館・ホテルといった業種は、生産性が低いと問題視されている。

 これからの時代は、それぞれの自立した個人が、自分なりの働き方を実現していく時代である。むしろ、有給休暇をまとめて完全消化するのが当たり前な社会を作っていくのが、本当の意味の「働き方改革」「休み方改革」だろう。