日本の人手不足倒産を防げ 外国人との共生に向けた議論を バブル期並みの人手不足

ウェッジインフィニティ ■特集「気がつけば移民国家 中途半端な外国人受け入れを正せ」に6月2日にアップされた原稿です。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9759

Wedge (ウェッジ) 2017年 6月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2017年 6月号 [雑誌]

 2017年3月の有効求人倍率は1.45倍と1990年11月以来、26年4カ月ぶりの高水準になった。今のままでは、日本が「人手不足倒産」に陥りかねない。日本の経済社会、地域社会を支える存在として「外国人」の役割を真剣に考える時が来ている。


 兵庫県豊岡市円山川がもうすぐ日本海に注ごうという場所に城崎温泉はある。志賀直哉の『城の崎にて』で知られた温泉地は、柳の植わった大谿川(おおたに)沿いに木造の温泉宿が並び風情がある。

 ここ数年は日本人観光客に加え、そんな日本情緒を求める外国人観光客が増加。今では外国人客は年間4万人と、全体の5%超を占めるまでになった。

 その城崎温泉の旅館の最大の悩みが人手不足だ。客室係や、調理補助などの人手が足りない。旅館業組合が行ったアンケートでは、回答した旅館35軒のうち客室係が足りないと答えたところは77%。43%の旅館が部屋が空いていても人手が足りないために「売り止め」している実態が明らかになった。

 「大学の観光学科の卒業生など、日本全国から集めているが、それでも間に合わない」と老舗旅館西村屋の西村総一郎社長は語る。「特に問題なのがどんどん進む客室係の高齢化。このままでは早晩立ち行かなくなるのは明らか」と危機感を募らせる。

 そんな城崎の旅館業界が期待を寄せるのが外国人の労働力だ。ところが技能実習など従来の枠組みには「旅館の客室係」などは含まれない。昨年から「総菜加工」などで実験的にベトナムから実習生を受け入れ始めたほか、城崎温泉のまち会社「湯のまち城崎」が中心となって台湾とインドネシアの学生を「インターンシップ」として受け入れ始めた。今年4月には10人が来日、6月にはさらに10人がやって来る。学校の単位認定を前提とする実習という形で、半年から1年間滞在、旅館で働く。実習ということでお茶を濁しているわけだ。

 国は海外からの旅行者拡大に力を入れている。2016年は2400万人を突破、2020年までに4000万人を目指している。いわゆるインバウンドの拡充だが、そのためには旅館やホテルの整備・拡充が不可欠。にもかかわらず、旅館業界は人手不足に直面している。今年4月、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の青年部長に就任した西村氏は永田町の国会議員を回って、旅館業界への外国人労働者の解禁などを訴えている。

 政府が「突破口」にしようとしているのが国家戦略特区。すでに閣議決定した改正法案では、「クールジャパン人材」となる外国人を働き手として受け入れられる新たな枠組みができる。旅館での仕事を通じて日本の伝統を体得し、それを海外に伝えたり、海外からやって来る外国人旅行者に旅館を通じて日本文化を伝えるための外国人人材も、特区では労働ビザを取得できる可能性が出てくる。城崎はすでに特区指定されている兵庫県にあるため、県や豊岡市と協力のうえ、外国人受け入れに特区を活用していく方針だ。

 人手不足がバブル期並みになっている中で、働き手として外国人の受け入れは待ったなしだろう。安倍晋三首相は国会答弁で「いわゆる移民政策は取らない」と繰り返し、それが現在の政府の方針の根幹になっている。

 「単純労働を受け入れない」としてきた理由は2つある。ひとつは日本人の雇用を奪う懸念があると考えられてきたからだ。もうひとつは、単純労働者として受け入れると、やって来る外国人の「質」が下がるのではないか、というもの。

 現実には、前者は日本人だけでは手が足りないところまで来ており、雇用を奪うという話にはならない。後者はひとえに、受け入れ制度をどうするかの問題で、現状のように不法滞在や目的外の外国人が働いている方がむしろ、「質」の低下を招いている。

 国の「単純労働は受け入れない」という方針をかいくぐるために、これまでも様々な「便法」が取られてきた。その最たるものが「技能実習生」で、日本の技術を海外に移転するためという「建前」の下、日本人では賄えなくなった工場や農業で単純労働に使ってきた。ここへ来て急増しているのが、留学生という「建前」だ。

 だが、そうした「本音」と「建前」の使い分けは後々禍根を残す可能性がある。内閣官房参与で元経済企画庁長官の堺屋太一氏は、政府の会議などで、繰り返し移民解禁の必要性を訴えているが、本音と建前の使い分けは危険だという。日本にあこがれてやって来たにもかかわらず、労働の現場で目にするのはいわゆる「3K」。キツイ、キケン、キタナイ仕事を外国人に押し付けている実態を知る。「日本の悪いところだけを経験して帰った若者たちは、決して親日的にならず、日本を嫌いになってしまう」というのだ。

 「長期にわたって日本に住む『定住外国人』の受け入れ政策を、国として明確に打ち出すべきだ」と語るのは元警察庁長官でスイス大使を務めた國松孝次氏。会長を務める一般財団法人「未来を創る財団」で、定住外国人受け入れの提言をまとめ政府に働きかけている。16年末にまとめた第2次提言では上記の5点を求めた。

 國松氏は言う。「いくら労働者として受け入れると言っても、入国した瞬間に生活者なわけです。日本にやって来る外国人が生活者としてきちんと日本になじんで、日本社会を支える役割をきちんと果たしてもらう、そのための制度整備を急ぐべきです」

 つまり、目先の人手不足を補うために、様々な「便法」を使って、労働力としてだけに目を向けて入国を許すのは問題が大きいというのだ。

 國松氏らは政府の担当省庁に提言書を持ち歩いた。昨年12月20日には厚生労働省塩崎恭久大臣を訪ねたが、その際、塩崎大臣から「なぜ、警察OBの國松さんが外国人受け入れに積極的なのか」と聞かれたという。外国人受け入れを増やせば、治安が乱れるというしばしば語られる反対意見を考えれば、警察は移民NOなのではないか、というわけだ。

 國松氏はあくまで個人の立場での主張だというが、現状の「なし崩し」的な外国人の大量流入が進めば、そのしわ寄せは現場の警察に来る。不法滞在や目的外のビザでの就労を許していけば、それこそ不良外国人が跋扈(ばっこ)し、治安が乱れることになりかねない。

 ドイツは1960年代から70年代にかけて、トルコなどから大量の「労働力」を導入した。「ガストアルバイター(ゲスト労働者)」と呼ばれた彼らは、その後、ドイツの都市部に集住してトルコ人街を作り、ドイツの社会不安の大きな原因になった。貧困の再生産が犯罪をもたらし、ドイツ人社会と「分断」が起きたのだ。

 その反省からドイツ政府は2000年代になってようやく「ドイツ移民国家」であることを宣言。移住を希望する外国人には最低400時間のドイツ語講習を義務付けるなど「生活者」として受け入れる制度を整備した。

 日本でもようやくそうした動きが出始めている。超党派の国会議員で作った「日本語教育推進議員連盟」がそれ。中心人物のひとりで議連会長代行の中川正春・元文部科学大臣らが、日本に住む外国人子弟に日本語教育を受けさせる仕組みを作ろうと呼び掛けて設立した。近く「日本語教育振興基本法(仮称)」の素案を公表する予定だ。

 実は、浜松市など外国人受け入れを先進的に行った地域で、今大きな問題が起きている。ブラジル人夫妻の間に生まれた子どもが母国語であるはずの「ポルトガル語」も、住んでいる国の言語である「日本語」も両方十分に使いこなせない「ダブル・リミテッド」と呼ばれる状態になりつつあるのだ。そうして育った子どもは高等教育も受けられず、良い仕事にもなかなか就けずに貧困化していく。このままでは、ドイツが半世紀前に歩んだ失敗を踏むことになりかねないのだ。

 秋田県大潟村で大規模農業を営む有限会社正八の宮川正和氏は言う。

 「繁忙期だけの労働力というのではなく、一緒に長く働いてくれる人材が欲しい。外国人が会社の幹部になってもいいと思っているんです」

 急激に進む人口減少の中で、事業を続け、成長させていこうと思えば、人材の確保が不可欠になる。女性や高齢者の活用で乗り切れる事態でないことは明らかだ。このままでは日本全体が「人手不足倒産」に陥りかねない。日本の経済、地域社会を支える存在として「外国人」の役割を真剣に考える時が来ているのではないだろうか。

定住外国人受け入れの提言
1. 政府としての明確な定住外国人受け入れ方針の策定
2. 定住外国人を「生活者」として受け入れる理念の明確化
3. 政府の責任で日本語教育を行うことの明示
4. 地域の定住外国人交流拠点の整備
5. 未来投資会議等の下に「定住外国人政策委員会(仮称)」の設置