日経ビジネスオンラインに6月1日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/053100068/
建設、農業、宿泊、介護、造船が対象
深刻な人手不足に対応して、政府が外国人受け入れ政策を「大転換」することが明らかになった。これまで「単純労働」とされる分野での外国人就労は原則禁止されてきたが、新たな在留資格を創設して、そうした分野でも「労働者」として正式に受け入れる。6月中にも閣議決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」に盛り込む。
新制度は、日本人の就労希望者が少なく、慢性的な人手不足に陥っている「建設」「農業」「宿泊」「介護」「造船」の5分野を対象に、新設する「特定技能評価試験」(仮称)に合格すれば就労資格を得られるようにする。こうした分野ではこれまで便法として「技能実習制度」を使った事実上の就労が広がっていたが、真正面から「労働者」として受け入れる。今年秋の臨時国会で法律を改正し、2019年4月から実施したい考えだという。
就労資格を得られるのは最長5年とするが、技能実習生として最長5年滞在した後、新たな就労資格を得れば、10年にわたって滞在できるようになる。企業からすれば長期雇用が実質的に可能になり、技術やノウハウの教育に力を入れられる。大学を卒業した「高度人材」の日本での就職も後押ししていく方針で、日本の職場に本格的に外国人が流入してくることになる。
法務省がまとめた2017年末の在留外国人数は256万1848人。1年前に比べ7.5%、約18万人も増加した。5年連続で増え続けており、256万人は過去最多だ。厚生労働省に事業所が届け出た外国人労働者は約128万人で、これも過去最多を更新している。
新制度によって政府は2025年までに5分野で「50万人超」の受け入れを目指すとしている。日本経済新聞の報道によると、「建設では2025年に78万〜93万人程度の労働者が不足する見通しで、計30万人の確保を目標にする」という。農業では新資格で2万6000人〜8万3000人程度を受け入れるとしている。すでに介護分野では外国人人材の受け入れ拡大を始めており、ここでも外国人労働者が増えることになりそうだ。
問題は、就労を希望する外国人をどう選別し、受け入れていくか。今後、「特定技能評価試験」で就労に必要な日本語と技能の水準を決めることになるが、それをどの程度の難易度にするかによって流入してくる外国人の「質」は大きく変わる。
「なし崩し的な移民」が増える可能性
素案段階では会話が何とか成り立つ日本語能力試験の「N4」レベルを基準とする方向だが、人手不足が深刻な建設と農業では「N4」まで求めないという声も聞かれる。また、試験の実施も各業界団体に任せる方向のため、人材確保を優先したい業界の意向が反映され、日本語や技能が不十分な人も労働者として入ってきてしまう懸念がある。
5年あるいは10年にわたって日本で働く外国人が増えれば、日本社会に多くの外国人が入ってくることになる。人手不足の穴を埋める「労働力」としてだけ扱っていると、日本のコミュニティには溶け込まず、集住して外国人街を形成することになりかねない。
どうせ期限が来れば出身国に帰るのだから構わないと思っていると、5年あるいは10年経つ間に日本で生活基盤が生まれ、なし崩しに定住していくことになりかねない。全員を追い返す、というのは現実にはかなり難しいのだ。また、人口減少が今後本格化する日本では、人手不足がさらに深刻化するのは明らかで、当初は「帰国前提」だった外国人も、5年、10年すれば、戦力として不可欠、ということになるだろう。
そうした「なし崩し的な移民」が増えれば、かつてドイツなど欧州諸国で大きな社会問題になった移民問題の失敗を、日本で繰り返すことになりかねない。労働者として受け入れるだけでなく、「生活者」として受け入れていく必要があるのだ。日本のコミュニティを形成する一員として、権利だけでなく義務も果たしてもらう必要がある。
それを考える上で重要なのは日本語能力と日本社会に溶け込むための知識を身に付けさせることだ。入国時点(就労時点)ではN4だとしても、その後も日本語教育を義務付けるなど「外国人政策」が不可欠だ。
ドイツの場合、ドイツに居住し続けようとする外国人には600時間のドイツ語研修を義務付けているほか、ドイツ社会のルールや法律についてのオリエンテーションも義務付けている。このオリエンテーションは当初30時間でスタートしたが、その後60時間、100時間へと拡大される方向にある。つまり、言葉も大事だが、それ以上にコミュニティの一員として溶け込んでもらうことに重点を置いている。
特に、労働者として入ってきた外国人が結婚して子どもが生まれた場合、その子どもの教育にも力を注ぐ必要が出てくる。国籍が外国人の場合、日本の義務教育の範疇から漏れてしまう。今は各自治体の判断と財政負担で外国人子弟の教育を行っているが、これを国としてどうしていくのか、予算措置を含めて早急に検討していく必要がある。
「外国人庁」の創設など体制整備が不可欠
今回の制度改正によって、高度人材だけ受け入れていくという日本の外国人政策の基本方針が大転換することになる。今後、人口減少が本格化すれば、外国人なしには企業だけでなく社会も成り立たなくなっていくだろう。
だからこそ、きちんとしたルールに則って外国人を受け入れていくことが重要で、「外国人政策」「移民政策」が不可欠になる。ところが、安倍晋三首相が「いわゆる移民政策は取らない」と言い続けてきたために、日本の外国人政策の議論は大きく立ち遅れている。
観光や商用などで一時的に滞在するのが前提で、長期にわたって日本に住む外国人の扱いを真正面から議論してこなかったのだ。「移民」という言葉をタブー視したために、実質的な移民の存在に目をつぶってきたのである。
国連の定義では1年以上にわたってその国に住む外国人は「移民」なのだが、日本では「移民」論議を封じたために、安倍首相が言う「移民」の定義すら曖昧だ。欧州に大量に流入している「難民」とないまぜにして議論しているケースすらある。
単純労働者を受け入れる政策転換は、事実上「移民」として受け入れることも想定する必要がある。もちろん出稼ぎに来て5年で帰る人がいるのは当然だが、一方で、日本に根を下ろし10年を超えて住むことになる外国人も出てくる。日本企業や地域社会がそうした人たちを必要とする時代になっているのだ。
1年前、2017年6月に閣議決定された成長戦略では、こう書かれている。
「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」
その結果、打ち出されるのが、今回の単純労働者も受け入れるという「政策転換」である。
実は今年2018年2月の国会で、安倍首相の発言に微妙な変化が出始めている。
「受け入れた外国人材が、地域における生活者、社会の一員となることも踏まえ、(中略)幅広い観点から検討する必要があると考えています」
移民政策は取らないと言いつつも、日本にやってきた外国人が「生活者」として社会の一員になっていくことを前提とした政策をようやく日本政府も取り始めたということだろう。
6月に閣議決定される骨太の方針や成長戦略で、外国人材の受け入れについてどこまで踏み込んだ方針が示されるのか。外国人政策は今、入国管理を行う法務省、外国人労働者の実態把握をする厚生労働省、企業の人手不足で外国人受け入れに積極的な経済産業省、外国人教育を考えなければならない文部科学省、国内の治安を預かる警察庁など多くの役所が関与するが、いずれも縦割りでバラバラの対応しかできていない。外国人政策を一元的に扱う「外国人庁」の創設など、欧米並みの体制整備が不可欠だが、そうした方向性を盛り込めるのかどうか。政策の転換に合わせて役所の体制も大きく転換していくことが課題になる。