東芝を上場廃止にしなかった理事長の言い訳 独立性なき「自主規制法人」では投資家は守れない

日経ビジネスオンラインに11月10日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/110900063/

臨時株主総会の「12日前」に指定解除

 東芝をなぜ上場廃止にしなかったのか――。東京証券取引所を傘下に置く日本取引所自主規制法人理事長である佐藤隆文氏が、月刊『文藝春秋』の12月号に手記を寄せている。東証は、東芝の不正会計が発覚した2015年秋、同社株を「特設注意市場銘柄(特注銘柄)」に指定した。期限の1年半が経過し、内部管理体制が改善されたかどうかを審査。問題が残っていると判断すれば上場廃止になるところだった。それを10月12日に「相応の改善が認められた」として指定を解除したのだ。

 手記の冒頭で佐藤氏は、自主規制法人の使命を「資本市場の秩序を維持し、投資家を保護すること」だと高らかに述べている。では、本当に今回の決定は投資家保護を第一に考えて下されたのか。これで資本市場の秩序が維持された、と胸を張って言えるのだろうか。

 東芝は周知の通り、不正会計発覚後に次々と、会計上、経営上の問題が明るみに出た。東芝の経営陣は、米国の原子力子会社ウエスチングハウス(WH)について経営状態に問題はないと言い続けてきたが、2016年末になって巨額の損失が隠れていることが発覚した。子会社のレベルでは減損処理という損失計上をしておきながら、東芝の連結決算では損失計上しないなど、明らかに隠蔽を図っていた。その後、東芝は決算を巡って監査法人PwCあらたと対立。決算発表ができない異例の事態が繰り返された。

 結局、PwCあらたは「限定付き適正」という異例の監査意見を出し、ようやく2017年3月期の決算書が10月24日の臨時株主総会にかけられることになった。自主規制法人が「指定解除」を決めたのは、その12日前のことだった。

 なぜ、臨時株主総会で決算書を承認する前に、上場維持を決めたのか。佐藤氏は手記の中でこう答えている。

 「臨時株主総会の日付についても知ってはいましたが、意識はしていませんでした。株主総会の2週間前というタイミングに関しては、しかるべき議論を進めた結果そうなったという偶然に過ぎません」

 決算書の承認だけでなく、半導体事業の売却という会社の存亡に関わる株主総会をまったく意識していなかった、というのは呆れた話だ。本当だとすれば、なんとも間が抜けている。

監査制度を真正面から否定

 なぜ、佐藤氏がそう言わなければならなかったか。株主総会前に東証が「問題なし」とお墨付きを与えることで、決算書の承認をスムーズにしたいという狙いがあったのではないか。というのも官邸筋から「東芝上場廃止にするな」という圧力が東証サイドにかかっていたからだ。東芝は重要な企業だから、上場廃止をきっかけに万が一潰れることになったら大問題だという声が官邸にあり、それを自主規制法人が「忖度」したのではないか、とみる向きもある。実際、自主規制法人の理事の中にも「忖度はあった」と感じている人がいる。

 これに対して佐藤氏は「大企業だから審査を甘くするなどということは一切ありません。会見では『政治家からの圧力』の有無も問われましたが、これも明確に否定しました」としている。実際、「東芝を守れ」という号令を発していたのは官邸の官僚だと言われているので、確かに政治家からの圧力ではない。

 臨時株主総会の直前に指定を解除したことについて、6月まで自主規制法人の外部理事を務めていた久保利英明弁護士は、「むしろ総会での株主による投票結果をみた上で解除するかどうかを判断すべきだった」と語る。決算書について株主たちが問題なしとするならば、上場を維持して仮に東芝が再度問題を起こしても、株主たちの自己責任だから仕方がない、というのだ。

 実際、東芝の臨時株主総会では、1号議案だった「計算書類承認の件」には議決権の11.40%が反対票だったが、87.97%の賛成で可決された。東証が特注指定を解除したことが投資家の投票行動に影響したかどうかは分からないが、決算の承認で1割以上の「不承認」が出るのは極めて異例だ。ちなみに綱川智社長の取締役選任議案には12.67%が反対、監査委員長を務める社外取締役の佐藤良二氏(元監査法人トーマツのCEO)にも11.87%が反対した。一部の大手の機関投資家が反対票を投じたとみられている。

 自主規制法人は内部管理体制(内部統制)について「相応の改善」がなされたと結論づけたが、実は内部統制についても監査法人がチェックして意見を言うことになっている。PwCあらたの結論は「不適正」だった。

 一方で、不適正意見が出ると東芝は問題は改善されていると反論した。自主規制法人は第三者のプロである監査法人よりも、当事者の東芝の主張を受け入れたわけだ。まさに驚天動地の判断だが、この点について佐藤氏は「投資家の保護者」とは思えない反論を手記で展開している。

 「私は、監査法人の意見を無条件で絶対視するのは資本市場のあり方として危険なことだと思っています」

 資本主義の世界で普遍的なルールになっている監査制度を真正面から否定しているのだ。「多くのメディアが、監査法人の意見があたかも無謬性を備え、神聖不可侵であるかのような前提を置いているように感じられてなりません」というのだ。監査は国が認めた試験に合格した公認会計士でなければ行うことができない、それを否定して、誰が監査を行うというのだろう。

東芝は「守秘義務」を解除すべきだ

 あたかも、監査法人よりも自主規制法人の調査の方が優れている、と言いたげだ。手記でも「(東芝から)二度にわたり提出された確認書は、計3万数千ページに及ぶ膨大なもの。これらを精査して、事実関係に齟齬がないかチェックしました」と胸を張る。いかにも大変な作業をしたと言いたいようだが、3万ページを佐藤氏がいう10人のメンバーで2年かけて読んだとして、単純平均すれば1日4ページだ。そんなに胸を張れるほどのチェックなのか。

 おそらく佐藤氏が監査法人を批判するのは、自主規制法人の体制が優れているからではないだろう。佐藤氏は元金融庁長官である。金融庁などの行政機関が最終的に決算書が正しいかどうかを判断すべきだと考えているのではないか。20年以上前の「行政指導」全盛期のノスタルジーがあるのだろうか。

 現在の監査法人の体制が万全であるとはもちろん言えない。だからと言って、監査制度を全否定するような発言を、金融庁の元トップがするのはいかがなものか。この点は、今後、監査制度を研究する学者や公認会計士から異論・反論が出てくるに違いない。

 手記では佐藤氏はPwCあらたの対応を強く批判している。有価証券報告書などに付した監査意見について「監査法人の側から明快かつ十分な説明がないことです。型通りの記述の域を出ない監査意見の書面からも、説明責任を果たそうという意欲は伝わってきません」というのだ。

 監査法人守秘義務を課しているのも、紋切り型の監査報告書を定めているのも金融庁だ。監査報告書についてはもう少し説明を増やす長文化の議論が金融庁の審議会で始まっている。

 佐藤氏は「契約相手方である企業が、守秘義務を限定的に解除すれば、世間に対して、投資家に対して、もっと説明することは可能なのではないでしょうか」ともいう。これには大賛成だが、東芝守秘義務を解除しないだろう。PwCあらたの前に監査をしていた新日本監査法人東芝の不正会計と監査について内部で詳しい検証報告書を作っているが、一切、明らかにしていない。理由は「公表すれば東芝から訴えられます」という法律事務所のアドバイスだという。是非とも、東芝の現経営陣は両監査法人守秘義務を解除して、真実を明らかにしてほしいものだ。

 実は、今回の決定に当たって開かれた自主規制法人の理事会は、満場一致ではなかった。手記で佐藤氏が明らかにしているが、7人の理事のうち、1人が特注指定解除に反対した。「全会一致のケースがほとんどである理事会では、極めて稀なことでした」としている。

 7人の理事は佐藤理事長のほか、東証の上場審査担当ら内部の理事3人に、日本公認会計士協会の会長を務めた会計士の増田宏一氏、京都大学教授を務めた川北英隆氏、そして久保利氏の後任として6月に加わった石黒徹氏の外部理事3人で構成される。

自主規制法人は本当に「独立」しているのか

 自主規制法人の関係者によると、反対したのは増田氏。川北氏も厳しい発言を繰り返していたが、政策的な判断には関与したくないとして、反対には回らなかったとされる。

 問題は、この自主規制法人が本当に「独立性」が高い組織なのかどうか。内部理事の3人は東証の利益を第一に考え、目に見えない投資家よりも、日々接する上場企業寄りの判断をする可能性がある。だからこそ、7人中4人は外部理事とすることになっている。だが前述の通り、佐藤氏は金融庁からの天下りである。

 久保利弁護士と入れ替わった石黒弁護士は森・濱田松本法律事務所のパートナーだ。実は森濱田は東芝の顧問事務所である。自主規制法人の関係者によると石黒氏は就任にあたって森濱田を退職するという話だったが、現在も同事務所のホームページにはパートナーとして名前が載っている。外形的に見て重大な利益相反があると言えるだろう。

 自主規制法人東芝を守ったからといって、これで東芝上場廃止リスクが消えたわけではない。二期連続で債務超過となれば上場廃止になる、東証の基準に触れる可能性があるのだ。臨時株主総会で決めた半導体事業の売却が来年3月末までに完了し、売却益が入って来なければ、債務超過を解消できない。予断を許さない状況なのだ。

 最近、日本取引所グループの清田瞭CEOに対して、この上場廃止基準を変えろという圧力が加わっている、という話が流れている。二期連続の債務超過でも東芝上場廃止にならないように、というわけだ。

 この点について佐藤氏は手記で「この基準が揺らぐことは決してないと、はっきり申し上げておきます」と断言している。上場廃止のルールが決められているのは、腐ったリンゴを市場に起き続けた場合、それを買ったお客が損失を被るからだけではない。腐ったリンゴが当たり前に市場に置かれるようになると、市場としての秩序が守れなくなるからだ。

 株価の上昇とともに、再び海外投資家が日本の株式市場に目を向け始めている。その市場の質を守る自主規制法人が、「資本市場の秩序を維持し、投資家を保護すること」を第一に考える組織に、早急に生まれ変わることを望みたい。