年収800万円サラリーマンは本当に「金持ち層」なのか 狙い撃ちの税制改正に大いなる疑問

現代ビジネスに11月29日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53655

取りやすいところから取る
結局、取りやすいところに増税するという事なのだろうか。政府・与党が議論を進めている2018年度税制改正所得税の見直しで、年収800万円台から900万円台以上の会社員が増税になりそうな気配だ。

自営業者やフリーランスなど全員が対象になる「基礎控除」を増やす一方で、会社員だけが対象になる「給与所得控除」を引き下げる検討が進んでいる。

働き方によって控除が異なり税額に差が付くのは不公平だという理屈は一見正しそうだが、どうやら本音は税金を「取りやすいところから取る」ための制度改正の様相が強まっている。

給与所得控除は、スーツや靴など会社員として働くために必要なものの購入代などを「必要経費」として認める仕組み。年収に応じて控除額が増えるが、現在は年収1000万円超で控除額が上限の220万円に達して頭打ちになる。

基礎控除を引き上げて、給与所得控除を引き下げることで、低所得者は減税になり、高所得者増税になるとしているが、焦点は年収いくら以上で増税になるかという「分岐点」だった。

政府・与党は今回の見直しで、控除の上限額220万円を引き下げたうえで、さらに上限に達する年収の線引きも年収800万円台〜900万円台に引き下げたい考え。つまり上限を超える800万円台〜900万円台の会社員は増税になる可能性が高い。

サラリーマンへの不公平は変わらず

だが、実際に、基礎控除が増えたとして、自営業者やフリーランスで働く人の税負担が減り、会社員との間で「公平性」が増すのだろうか。

現実には、自営業者などは申告時に経費計上が認められており、一般的に言って会社員よりも幅広く控除が認められている。

最近では言われなくなったが、会社員・自営業者・農林漁業所得者の所得捕捉率を、「9・6・4(クロヨン)」「トーゴーサン(10・5・3)」と呼び、その格差が長年指摘されてきた。給与所得者は会社による源泉徴収が原則で、所得を隠しようがないため、所得捕捉率は9割あるいは10割なのに対して、自営業者は6割あるいは5割だとするものだった。

この状況は抜本的に代わったわけではない。それにもかかわらず、「給与所得控除」が縮小される方向になったことに、サラリーマンの間からは不満の声が上がっている。決して、自営業者よりも会社員が優遇されてきたわけではないからだ。

むしろ最近は、比較的高い給与所得を得ている人への課税強化が続いてきた。2011年度の税制改正では、それまで所得に応じて増加していた控除に上限が導入された。また、2013年度税制改正では所得税最高税率が40%から45%に引き上げられ、個人住民税と単純合算した最高税率は50%から55%になった。

財務省自民党税制調査会は、「カネ持ち」に課税強化する分には批判を浴びないと思っているのだろう。確かに世の中は格差に対する批判が根強くあり、高額所得者への増税に賛成する声も少なからずある。

都合の良い「カネ持ち」

だが、年収800万円会社員は「カネ持ち」なのだろうか。50歳近くになって部長になり、ようやくたどり着いた年収といった感じではないか。しかし一方で、子どもが大学生年代に差し掛かるなど、出費も大きくなる時期だ。「カネ持ち」だとして増税のターゲットになることに釈然としない人も多いに違いない。

欧米の感覚では、所得税の累進強化など、所得に過重な課税をすることは、逆に「格差」を固定化することになると考えられている。フローの所得にかかる税金が高ければ、一から稼いでカネ持ちになるのは難しい。

表面上の所得が小さくても資産をたくさん持つ従来からのカネ持ちを優遇することになるというわけだ。日本でも所得課税を強化すれば、フローの所得が少ない資産家を優遇していることになる。

カネ持ちへの課税強化でそれを再分配すれば本当に国民は豊かになるのだろうか。カネ持ちを大事にしない国からは、カネ持ちは逃げていく。当然、課税が強化されれば、カネ持ちほど諸外国に移住ができ、節税対策が可能だ。

会社員は打ち出の小槌か

今回の税制改正では、当初、年収1000万円超の会社員に増税する方向で検討されてきた。だが、前述の通り、会社員のこの層は、教育費や住宅ローンなど出費も多い世代が重なる。子どもの教育世帯を支援すると掲げる一方で、増税するのでは政策がチグハグだという指摘もあり、増税対象を広げることになった。この結果、800万円台〜900万円台という案が浮上してきたのだ。

だが、年収800万円台の会社員は決して「カネ持ち」層ではないことは明らかだ。どうやら、働き方によって云々は、増税を会社員に納得させるための「方便」だったようだ。結局は、控除額をいじれば税収増が簡単に実現できる、「取りやすいところから取る」のが政府のいつもの手なのだ。

もし、本当に「働き方」によって税制上の「格差」が生じているというのならば、会社員もすべて「自己申告制」に変え、会社による源泉徴収制度は止めるべきだろう。実際、欧米では申告するのが当たり前になっている。

源泉徴収によって国は効率的に会社員の所得を把握し、税金を会社に代行させることで徴収してきた。この源泉徴収制度を維持するために、会社員から不満が出ると、給与所得控除を積み増してきた。それが、最近、会社員が文句を言わなくなったからか、控除の縮小に拍車がかかっている。

打ち出の小槌のように給与所得控除を使っていると、いつか、会社員が反乱を起こすことになりかねない。その時は、源泉徴収制度も守れなくなる可能性がある。