「監査制度を否定して何を信用しろと言うのか」 佐藤隆文・元金融庁長官に監査の専門家が猛反発

日経ビジネスオンラインに12月1日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/112900065/

 不正会計によって東京証券取引所から「特設注意市場銘柄」に指定されてきた東芝。その審査を行ってきた日本取引所自主規制法人は、内部管理体制が改善されたと判断。10月12日付けで指定が解除された。東芝をチェックしてきたPwCあらた監査法人は内部統制について「不適正」としたにもかかわらず、自主規制法人上場廃止から東芝を救ったことになる。

 資本市場関係者やメディアからは疑問の声も上がったが、これに対して、理事長の佐藤隆文・元金融庁長官が、月刊誌に手記を公表。監査制度や監査法人を痛烈に批判している。監査が専門である青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科の八田進二教授に聞いた。

(聞き手はジャーナリスト 磯山友幸



会計監査の第一人者である青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科の八田進二教授

今の資本市場では監査意見が「絶対」

――日本取引所自主規制法人佐藤隆文理事長が月刊『文藝春秋』2017年12月号に手記を寄せ、監査や監査法人のあり方について苦言を呈しています。

八田進二教授(以下、八田):かつて金融庁長官を務めて現在も自主規制法人のトップにある人が公式の会議などではなく、民間の一雑誌でこうした重要な発言をしている事は驚きです。

 半世紀にわたる日本の監査制度に対して明確にノーを突き付けているのではないでしょうか。現在行われているディスクロージャー(企業の情報開示)制度や監査制度について、かなり認識が異なっているのに驚きました。

――手記では、「監査法人の意見を無条件で絶対視するのは資本市場のあり方として危険なことだ」とまで言っています。

八田:では、投資家や株主は何を信用すればいいのか、是非お聞きしてみたいですね。今の資本市場の仕組みでは、制度上、監査意見は絶対という事になっているのです。野球の審判が絶対なのと同じです。それを否定したら、誰が決算書の信用を担保するのでしょうか。取引所や自主規制法人がすべてチェックするのか。それは人的にも能力的にも難しいのではないでしょうか。

 自主規制法人のトップは本来、「市場の番人」として、監査制度をどう確固としたものにするのかを考える立場のはずです。現行の監査制度を否定するような発言は、私的な思いを吐露したものだとしても、問題ですね。


監査法人は本来、経営者の味方だ

――民間が行う監査では信用できないから、公的な機関が関与すべきだという「監査公営論」が霞が関や永田町には根強くあります。

八田:今年の夏頃の新聞に、ある監査法人の外部委員が会計士の公務員化を主張するインタビューが出ていて驚きました。クライアントである企業から監査報酬を得ている以上、どうしても企業に甘くなる、だから公的な立場のものが関与すべきだ、というわけです。

 佐藤理事長は週刊『東洋経済』(2017年12月2日号)のインタビューでも「メディアも監査意見が神聖不可侵であるかのように扱わないでほしい」と発言しています。もはや、確信的な信念に基づく、現行の監査制度への挑戦ではないでしょうか。

――行政による規制強化を目論んでいるのでしょうか。監査公営論が出てくる背景には、監査制度が日本社会できちんと理解されていないことがあると思います。

八田:監査は、経営者が自分自身のアカウンタビリティを果たした証を、客観的なエビデンスとして残すための仕組みです。経営者は株主や投資家などのステークホルダーから不信感を持たれたらやっていけないので、一点の曇りもないことを第三者に証明してもらう必要がある。それが監査法人が出す「無限定適正」意見です。

 これによって経営者は説明責任から解放されるわけです。監査人を敵のように思っている経営者がいますが、そうではありません。本来、自らの適正性を担保してくれる味方なのです。

――東芝上場廃止にしなかったことについて、東芝は改善して正しいことをやっている。限定付き意見を出したり、内部統制に不適正意見を出す監査法人がおかしい、と言っているわけです。

八田:決算書について監査法人は限定付き意見を出しましたが、これは「直せといったのに企業が直さない」というものです。では直せといったものの影響額がいくらなのか。昨年末に発覚した原子力事業の巨額損失の相当額ということだが、仮に数千億円という金額なら、本来は不適正しか出せないはずです。微々たる金額だということなのでしょうか。

――佐藤理事長は文藝春秋で、東芝の監査をしてきたPwCあらた監査法人を痛烈に批判しています。手記では「ここで私が問題視するのは、有報・四半報や内部統制報告書に付した意見について、監査法人の側から明快かつ十分な説明がないことです」と書いている。しかし、監査法人には守秘義務が課されています。

八田PwCあらた監査法人の対応が後手に回っていたのは残念ながら事実のようです。つまり、結果だけをみれば、大山鳴動して鼠一匹すら出なかったという形になった。だからと言って、監査法人が説明責任を果たせ、という理屈はおかしい。というよりも、現行の制度ではそうした仕組みにはなっていません。


監査の現場は「アリバイ作りの積み重ね」のよう

――東洋経済で佐藤理事長は、「(東芝の)有価証券報告書の提出が遅れた原因は監査法人側にあると思っている」と断定していました。

八田:当然、東芝側にも問題がありました。監査委員長である社外取締役の佐藤良二さんが、監査意見を出さないPwCあらたを解任して他に変えるという趣旨の発言をした。あらたはこれを受けて監査作業をストップ、結果的に1カ月も時間をロスしたと聞いている。

――何か方法はありましたか。

八田:対立していた最大の要因は佐藤理事長も明かしているように、米国の原子力事業の巨額損失の計上時期についてでした。監査法人東芝の主張が折り合わなかった。こういう場合には、その部分について他の監査法人から「セカンド・オピニオン」を取れば良かった。医療で患者が納得できなければセカンド・オピニオンを取るのは今や常識でしょう。

 実は日本公認会計士協会の倫理規則でも「セカンド・オピニオン」は認められています。社外取締役に2人も会計士がいたにもかかわらず、最新の監査動向について十分な理解がなされていなかったのではないでしょうか。

――佐藤理事長にここまで、説明責任を果たせと言われているのですから、PwCあらたは反論すべきだと思いますが、まったくしませんね。幹部に聞いたところ、「手記に対して思うところはたくさんあります。しかし、監査法人守秘義務を守ることが大前提になっている職業であり、少しであっても守秘義務を解除して発言をするということはその一線を越え自己破壊につながります」という理由で、取材を断られました。

八田PwCあらたは東芝の内部統制について「不適正」としました。きちんと監査できる体制にないと言っているわけで、倫理規則的にも、適切な財務諸表監査を履行しえないということで、その段階で「辞任」すべきです。ところが、その後も監査を続けています。

――収入源である高額の監査報酬を切れないのでしょうか。東芝側からは、監査意見を出さないのは、時間を稼いで監査報酬を吊り上げているのだ、という批判がメディアに流されていました。ところで、佐藤氏の手記では、ある意味、監査制度が否定されているのに、会計士は何も反論しないのでしょうか。

八田日本公認会計士協会も、論駁できるのかどうか。通り一遍ではダメですね。自主規制団体として自助努力で支えていく気概を持てないならば、公務員による監査の方がいいという人が世の中にいるのも分かる気がします。しかし、世界では決算書や経営の正しさを証明する業務を民間の制度として行う監査制度がスタンダードです。日本だけお上が保証する仕組みにしたら、世界から見放されますね。

――監査制度や監査法人が信頼を得るためには、監査の質、会計士の質を高めることが重要だと思います。会計士教育に携わる立場としていかがですか。

八田:残念ながら、近年、会計・監査の世界に優秀な人材が来なくなっています。また、会計士のうち監査業務に携わる人がついに半分以下になり、監査業務に人材が行かなくなっている。

 要因の一つは仕事がつまらないことです。企業に行って会議室に閉じこもってパソコンで数字だけを見ている、監査の現場はアリバイ作りの積み重ねのようになった。ですから、コミュニケーション能力に欠けた会計士が増えて、経営者とまともに議論ができないといわれています。

 今般の佐藤理事長の批判を真正面から受け止めて反論できないところに、今の会計士の弱体ぶりが現れているのかもしれません。まさに、監査の危機ですね。