ウェッジインフィニティに11月26日にアップされた原稿です。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9235
- 作者: Wedge編集部
- 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
- 発売日: 2017/11/20
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コメをついて丸く延ばし、焼いて醤油をぬった「せんべい」は、東日本を中心に広くお茶菓子として愛されている。「塩せんべい」「焼きせんべい」などと呼ばれていたが、戦後は「草加せんべい」が一般名詞のように使われてきた。
日光街道2番目の宿場町だった草加宿(現在の埼玉県草加市)の名物だったという来歴もあるが、市内にたくさんあった煎餅店の主人たちが、高度経済成長期に百貨店の物産展などに進出、大いに「草加せんべい」の名前を浸透させたことが貢献したとされる。「せんべい」イコール「草加せんべい」というイメージが定着したわけだ。
ところが、厄介な問題が起きる。外国産のコメを原料に新潟で焼いた「草加せんべい」まで登場したのだ。さすがに草加の煎餅店は危機感を強めた。協議会を作って「地域団体商標」として特許庁に申請、登録された。2007年のことだ。
それ以来、「草加せんべい」は、本物のせんべいを示す、草加市が誇る地域ブランドになった。
せんべいチョコ
草加市内にはせんべいの製造・販売に携わる会社や店が60以上あるという。そんな中で最後発である1971年創業の「山香煎餅本舗」は、次々と斬新なアイデアを打ち出すことで、「草加せんべい」を発信し続けている。
その1つが「草加せんべいの庭」。創業者で会長の河野武彦さんが建てたせんべいのミニ・テーマパークだ。木を使った建物にこだわり、建築家を探すところから始め、構想から10年をかけて2008年に完成した。
一角にある手焼き体験コーナーでは、予約なしでせんべいを焼くことができる。毎月第2土曜日には「子どもせんべい道場」を開催。参加するごとにスタンプがもらえ、15個ためると「職人」として山香煎餅の前掛けがもらえる。
「おじいちゃん、おばあちゃんと孫が一緒に来て楽しんで焼き、食べる。草加せんべいが思い出と共に記憶に刻み込まれるんです」
現社長の河野文寿さんは言う。美味しかった物の記憶と共に、草加せんべいファンが増えていくわけだ。「いずれ、職人の前掛けをもらった子どもの中から、当社に入社してくる人が出てきたら最高です」と河野社長。
せんべい焼き体験に訪れた佐々木さんご家族(上)、「子どもせんべい道場」のスタンプ(下)
飲食コーナーには「草加せんべいソフトクリーム」や「草加せんべいバーガー」「草加せんべいドーナツ」といったメニューが並ぶ。バーガーは料理が趣味の河野社長が自ら開発した。せんべいの粉を練っているうちに、これをハンバーガーにしたら、と思い付いた。
草加せんべいバーガーと小松菜ジュース
イベントの時などは、隣接する実演コーナーで、山香煎餅のベテラン職人による手焼きの技を実際に見ることができる。山香煎餅のせんべいを直売する売店棟では、様々なイベントが開かれる。オペラなどのミニ・コンサートは好評だ。
「最近、せんべいは売れないと言って、実際、多くの煎餅店がつぶれています。でも売り方を工夫すれば、まだまだ伸びるのではないか」
そう語る河野社長は、新しい需要を取り込むために、せんべいの新商品開発にも余念がない。
このところのヒット商品は「草加せんべいチョコ」。焼き上がった草加せんべいを細かく砕いてクランチ状にし、それとホワイトチョコレートを合わせた新食感のお菓子だ。6枚入り540円と決して安くはないが、「細かく砕くなど猛烈に手間がかかっているので、同業他社は誰も真似しない」(河野社長)と苦笑する。
最近メディアで話題になったのが、「おいしい非常食」。賞味期限が通常6カ月のせんべいを、10倍の5年に延ばして長期備蓄を可能にした。保存期限が来ると廃棄処分する保存食が少なくないが、せんべいならば期限が迫ったらおいしく食べてしまえる。
一球入魂の最高級品
もともと、山香煎餅では「本物」にこだわって来た。例えば「天晴(てんはれ)」という商品はこだわりの有機米を原料に、天然素材のダシと有機醤油を使い、備長炭で職人が1枚1枚焼き上げる。どんなに頑張っても職人1人が1日100枚しか焼けない。値段は1枚1080円。12枚入りが1万4040円という、せんべいとしては超高級品だ。
「30年やっているベテラン職人にベンツぐらい乗らせてあげたい。一球入魂の最高級品ですから」
せんべいを極めた職人に、それに見合う十分な稼ぎを払おうとすれば、決して高くない値段だ、というわけだ。
もちろん、機械を使って焼いている商品も多いが、それでも本物の材料にこだわっている。調味料も「アミノ酸」は使わず、昆布やカツオのダシをとって使っている。スーパーなどに大量に売る価格勝負の商品は作らない。
銀座に出店
最近、河野社長は全国で「良い物」を作ったり、扱ったりしている人たちとのネットワークづくりに力を入れている。高知県の四万十川中流で町おこしを行う畦地履正さんの声掛けでスタートした「あしもと逸品プロジェクト」の中核メンバーなのだ。そんなネットワークから新たな商品も生まれている。
畦地さんは四万十の栗やコメ、紅茶など「良い物」を育て、全国に売り出している。さっそく、四万十町でとれる「かおり米」を使い、山香煎餅がOEM受注してせんべいに仕立てた。「かおり米せんべい」は草加せんべいスタイルではなく、油で揚げたせんべいだが、これも山香煎餅が長年培ってきた技術。草加せんべいの技術が全国各地の地域の特産品づくりに生きている。
今、山香煎餅では、次なる挑戦を準備している。地域で磨いた「草加せんべい」ブランドで、「打って出る」計画だ。来年1月22日に東京銀座の中心に「草加せんべい」の店を出す予定だ。
銀座には東京の名だたる煎餅店が店を構える。そこにあえて「草加せんべい」で打って出るのだ。小さな店舗のため、手焼き体験などのコーナーは作れないが、タブレット端末を置いて、手焼きの草加せんべいのストーリーなどをアピールするつもりだという。
また、季節感も大切にしていく。和菓子では四季折々に商品が変わるが、せんべいにはなかなか変化がない。春には山菜味、夏はカレー味、秋はさつまいも味、といった季節商品にも力をいれ、新しい需要を掘り起こしていく。
かつては、関東を中心に「進物」といえば「せんべい」というのが定番のひとつだった。銀座という消費の最先端の場所で、せんべいを巡る消費者の嗜好をどう捉えていくか。おそらく「草加せんべい」にまったく新しい価値を加えることになるのだろう。
(写真・生津勝隆 Masataka Namazu)