2018年、いよいよ「給与増」が実現へ 人手不足は「高度成長期」に匹敵

日経ビジネスオンラインに12月22日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/122100058/

「3%」の賃上げを政府として求める
 2018年は多くの人たちが「給与増」を実感する年になりそうだ。

 経団連は2018年の春闘での経営側の指針「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)に、月例賃金の3%引き上げを検討することを明記する方針だという。従来より一歩踏み込んで会員企業に賃上げを促す。賃上げによって「経済好循環」を実現したい安倍内閣の要請に経団連として応えることになる。

 安倍晋三首相は、2017年10月26日に開いた「経済財政諮問会議」で、2018年の春闘について「3%の賃上げを実現するよう期待する」と述べ、政府として本格的な賃上げを求める姿勢を鮮明にした。経団連の調査によると、2017年の定期昇給とベースアップを合わせた大手企業の月例賃金の引き上げ率は2.34%で、2018年の春闘ではこれを上回る3%の賃上げを政府として求めたわけだ。

 朝日新聞の報道によると、経労委報告の原案では、首相の要請について「これまで以上に賃上げへの社会的関心が高まっていることのあらわれだ」と指摘し、「月例賃金において、3%の引き上げとの社会的期待も意識しながら検討を行う」と、賃上げの要請に応えてゆくよう会員企業に求めるという。3%という数値目標が示されるのは異例のことだとしている。

 そうした中で、早々に3%の賃上げを打ち出す企業も出ている。証券大手の大和証券グループ本社はすべての社員を対象に、月収ベースで3%を上回る賃上げを実施する方針を固めたと報じられている。来年6月から管理職を含むすべての社員およそ1万4000人を対象に、月収ベースでの収入を引き上げる。引き上げ幅は平均で3%を上回り、子育て世代でもある20代から30代前半については最大5%程度の賃上げを行う方向で詰めているという。

 また、サントリーホールディングスも、新浪剛史社長が年収ベースで平均3%の賃上げを目指す考えを示している。新浪氏は政府の経済財政諮問会議の民間議員も務めており、率先して賃上げに協力する姿勢を打ち出したとみられる。

ベースアップが続くが、実感は乏しい
 2012年末の第2次安倍内閣発足以降、首相は繰り返し企業経営者に「賃上げ」を求めてきた。2017年までに4年連続でベースアップが実現したが、まだまだ働き手には賃金上昇の実感が乏しい。

 安倍内閣が掲げる「働き方改革」では、長時間労働の削減をひとつの柱にしている。だが、残業時間を減らせばその分、時間外手当の減少につながることになりかねない。そのためにも「本体」の賃上げが不可欠になっている。経団連の経労委報告にも、「時間外手当の減少分を社員に還元するのが望ましい」という趣旨の文言が書き込まれ、賞与の増額や新たな手当の創設なども提案される見通しだという。

 安倍内閣は「3%賃上げ」という“口先介入”だけでなく、賃上げする企業への側面支援も決めた。12月14日に自民党公明党税制改正大綱を決定したが、3%以上の賃上げを実施した企業に対して法人税をさらに引き下げることとした。法人税の実効税率は2018年度に29.74%に下がるが、新たに決まった優遇措置の適用を受ければ、25%程度まで下がることになる。法人税率25%は経団連が求め続けてきた「目標数値」でもある。政府がこれに応えたことで、財界としても賃上げに動かざるをえなくなったという事情もある。

 2018年の春闘は5年連続でベースアップが実現する公算が大きい。もっともこうした「賃上げ」はまだまだ大手企業主体で、こうした流れが中小企業などに波及していくかどうかが焦点になる。

 その追い風が、深刻化する人手不足だ。少子化に加えて景気が底入れし始めたことで、特に中小企業は人材採用で苦戦を強いられている。優秀な人材を確保するためには、待遇改善、とくに大手に比べて低い賃金水準の見直しが不可欠になっている。賃上げしなければ人材を確保できなくなっているのだ。

 厚生労働省が12月1日に発表した2017年10月の有効求人倍率(季節調整値)は1.55倍と前の月の1.52倍を上回り、1974年1月以来43年9カ月ぶりの高水準になった。バブル期を上回り、高度経済成長期に匹敵する人手不足時代に突入しているのだ。

 そうした中で、賃金を引き上げられない生産性の低い業種は人材が確保できず、慢性的な人手不足になっている。外食チェーンでは深夜営業や年末年始の営業を縮小したり、店舗閉鎖に追い込まれたりする企業が登場している。経営者からすれば、いかに人手を確保するかが、事業を維持・拡大するうえで、最大のポイントになってくるだろう。

 こうした追い風の中で、2018年は多くの人たちが給与増が実感できるようになるに違いない。毎年続いてきた厚生年金保険料の引き上げも2017年秋で終わり、減り続けてきた可処分所得が下げ止まる。給与が増えれば、可処分所得が増える可能性がある。そうなれば、不振が続いてきた消費におカネが回る。

消費増税前に「経済好循環」が始まるか
 給与増が消費に回り、それが企業を潤わせて、再び給与増になるという「経済好循環」がいよいよ始まる可能性が出てきた。それを先取りしてか、株価も戻り高値を更新している。少なくとも2018年は景気に明るさが見える年になるだろう。

 だが、これで「経済好循環」のエンジン回転が勢いを増すか、というと先行きに不安がある。2019年以降は所得増税と消費税率の10%への引き上げが決まっており、再び可処分所得がマイナスになる可能性がある。2020年の東京オリンピックパラリンピックを控えた「特需」がどれだけ盛り上がり、そのマイナス効果を吸収できるかにかかっているが、2018年にせっかく明るさが見えた消費に再び水がさされる可能性もある。

 2018年度税制改正大綱では、給与所得控除の縮小によって年収850万円以上の給与所得者は増税となることが決まった。基礎控除が拡大されるため自営業やフリーランスは減税になるとしているが、トータルでは増税だ。どれぐらいのインパクトになるかは分からないが、消費の足を引っ張ることは間違いない。

 もうひとつ、頭打ちになったかと思われた社会保険料も再び増加し、可処分所得を圧迫することになる。政府は2018年度の診療報酬改定で、医師の人件費などに相当する「本体部分」を引き上げる方針を固めた。薬価は実勢価格に合わせるだけで大きく減るので、診療報酬改定全体ではマイナスだが、財務省の審議会が求めた「本体部分」のマイナス改定は無視された格好だ。

 医師の人件費が上昇し、医療費が増えれば、その分、健康保険料は上昇する。それでなくても高い保険料だが、その上昇によって、手取りが減る可能性が出て来るのだ。2019年以降も可処分所得を増やす政策を政府が考えなければ、2018年にせっかく明るさが見える日本経済がまたしても失速することになりかねない。