いよいよ「働き方改革」が法案審議に 「高度プロフェッショナル制度」巡り激突必至

日経ビジネスオンラインに1月26日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/012500060/

「70年ぶりの大改革」は実現するか
 「働き方改革」を巡る国会論戦がスタートした。1月22日に2018年の通常国会が開幕し、衆参本会議場での安倍晋三首相による施政方針演説と代表質問が行われた。

 安倍首相は施政方針演説で「働き方改革を断行いたします」と宣言し、「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」に乗り出す意欲を示した。

 そこでまず掲げたのが「同一労働同一賃金」の実現。「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、『非正規』という言葉をこの国から一掃」するとした。2点目は「働き方に左右されない税制」。所得税基礎控除を拡大する一方で、「サラリーマンなど特定のライフスタイルに限定した控除制度を見直す」とした。これは既に年末に閣議決定した税制改革大綱で、サラリーマンに限定されている給与所得控除を縮小する方針として打ち出されている。

 3つ目が「長時間労働」の打破。昨年3月末に「働き方改革実現会議」が打ち出した罰則付きの残業規制の実現に意欲を示した。時間外労働の限度を設ける労働基準法改正案はこの国会に提出されることになっており、いよいよ国会での本格的な議論が始まる。首相はこれに付随して「専門性の高い仕事では、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようにします」と述べた。いわゆる「高度プロフェッショナル制度高プロ)」の導入で、政府の方針としては「残業時間規制」と同時に「高プロ導入」を行うというスタンスだ。

 さらにテレワークや週3日勤務を積極的に導入したことで、大企業を辞めた優秀な人材を集めることに成功したベンチャーの事例などを紹介。「ワーク・ライフ・バランスを確保することで、誰もが生きがいを感じて、その能力を思う存分発揮すれば、少子高齢化も克服できる」とした。働き方改革は社会政策にとどまるものではなく、「成長戦略そのもの」だとしたのである。

 今国会での焦点は、前述3つ目の労働基準法の改正案が通るかどうか、である。

残業時間の上限設定は労働側の「悲願」
 残業時間に上限を設けることは、労働側の「悲願」とも言える課題だ。もともと残業時間は月45時間、年間360時間と労働基準法で定められているのだが、労使で合意し、いわゆる「36(サブロク)協定」を結べば、上限を引き上げることができる「抜け道」があった。

 今国会に提出される法案では、協定を結んだ場合でも許される残業時間の上限を年720時間とし、原則の45時間を超えることができる月も6回までに制限、2カ月ないし6カ月の平均残業時間を80時間以内とした。さらに繁忙期だけ例外的に認める単月の上限を「100時間未満」としている。これに違反した場合には罰則も設けられている。

 この「100時間未満」という上限を巡っては労使双方から異論が出た。100時間を超えて残業して過労死すれば、ほぼ確実に「労災認定」がされる。逆に言えば、「過労死寸前まで働かせてもいいということか」と労働側から批判の声が上がった。一方で、経営者側からは「100時間未満」と厳密に決めてしまうと、実際の職場で大きな支障が出るとして、「おおむね100時間」といった表現にとどめるべきだ、とする意見が出た。

 昨年3月末に働き方改革実現会議が意見を取りまとめる段階で、最終的に安倍首相の裁定として「100時間未満」とすることが決まり、経営側も受け入れた経緯がある。

 経営側が受け入れたひとつの要因が、「高プロ」を同時に導入するという政府の方針が明確になったことだった。これは安倍首相の施政方針にも盛り込まれたが、時間で縛ることにそぐわない従業員を「高プロ」という別枠で処遇する仕組みを作ることで、残業規制に納得した、ということなのだ。

 「高プロ」の対象は年収1075万円以上の従業員で、時間規制や残業規定などの枠から外すことができる。もちろん、管理職は初めから残業規制の対象外なので、現在の給与水準で見ると対象になるのは全従業員の1%未満である。

 「高プロ」制度はもともと2015年4月に閣議決定され、法案が国会に提出されたが、共産党民主党民進党)などが「過労死を増やす」「残業代ゼロ法案」だと強く反発、結局、国会で審議すらされずに、棚ざらしになってきた。

 もともと、労働組合の「連合」は、高プロ制度の導入には反対だったが、昨年7月にいったん執行部が受け入れを表明した。残業時間の上限規制を実現するにはバーターも仕方ない、との判断だった。ところが、傘下の組合から猛烈な反発の声が上がり、白紙撤回を余儀なくされた。連合が合意し、連合の支持政党である民進党が反対に回らないことで、残業規制と高プロは同時に可決成立するとみられていた。そうした安倍内閣の思惑は一気に瓦解してしまったのだ。

希望の党の動きが焦点に
 その後、解散総選挙を機に民進党は事実上分裂。労働基準法改正にどんな姿勢を取るのか全く読めなくなった。また、総選挙で支持政党を明示できなくなった連合が、今後どの政党と緊密に連携していくのかも見えていない。そんな中で、国会に法案が提出されたわけだ。

 代表質問では、野党第1党となった立憲民主党枝野幸男代表が、働き方改革に対して「対決姿勢」を鮮明にした。特に「高プロ」制については、「残業代ゼロ法案」というレッテルを再び持ち出し、悪用されて残業代の不払いにつながりかねないとの懸念を示した。

 立憲民主党民進党の中でも「左派色」の強い議員たちを中心に集結しており、伝統的な組合組織とも親和性が高いとみられる。立憲民主党は今後、共産党など他の野党と協力して、議員立法で対案を国会に出していく意向だ。

 一方、希望の党玉木雄一郎代表も、労働基準法改正案に批判的な意見を述べた。働き方改革について、働く人の待遇を改善することよりも、人件費の圧縮が狙いではないか、と批判した。さらに「高プロ」制度について、「分離・削除することが審議入りの前提と考える」とまで述べ、高プロとセットの法案に反対していく姿勢を見せた。

 これに対して安倍首相は「高度プロフェッショナル制度の創設、裁量労働制の見直しや時間外労働の上限規制はいずれも健康を確保しつつ、誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと改革するものであり、1つの法案で示すことが適当と考えます」とし、あくまでセットでの法案成立を目指す姿勢を強調した。

 いったんは小池百合子氏が率いた希望の党は「穏健な保守」を掲げ、従来のリベラル色を薄めるかに見えた。それだけに玉木氏率いる希望の党が政策でどんな姿勢を打ち出すかが注目されていた。労働基準法改正についても現実的な対応をするのではとの見方もあったが、旧来の民進党左派に近い主張を打ち出しており、「先祖返り」の色彩が強い。立憲民主党の主張とほぼ違いはないように見える。

 希望の党労働基準法改正で「強硬」な姿勢を見せた背景には、労働組合の支持を得たいという思惑があると見られている。立憲民主党に比べて勢いの鈍い希望の党は、旧民進党で無所属で当選した議員たちとの合流などを目指していたが、それも実現していない。このまま次の選挙に突入すれば、苦戦は明らかだ。地方組織を整備するためにも、労働組合との関係回復が不可欠で、地方の労組に反発の強い「高プロ」に明確に反対したのではないかとみられる。

 今後、予算委員会厚生労働委員会での議論が待たれるが、玉木氏の主張通りだとすれば、労働基準法改正案の審議入りすら拒否する事態も想定される。安倍首相が最重点課題とする「働き方改革」に暗雲が漂っている。