労働組合が「高度プロフェッショナル制度」に反対する本当の理由 日本型組織が大きく変わろうとしている

現代ビジネスに5月24日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55790

労働組合が嫌う「高プロ
安倍晋三内閣が今国会の最重要法案と位置付けてきた「働き方改革関連法案」が成立する見通しとなった。自民・公明両党と日本維新の会など一部野党が協議の結果、法案の修正で合意。5月24日にも衆議院を通過する見通しとなった。

立憲民主党や国民民主党共産党などは裁決に反対しているが、6月20日の会期末までには参議院でも可決され、成立することになりそうだ。

法案の柱は大きく分けて2つ。

残業時間の上限を原則「月45時間」、繁忙期の例外でも「月100時間未満」とし、それを超えた場合、罰則を科す。長時間労働の是正に向けた規制強化がひとつ。

もうひとつは年収1075万円以上の専門職社員に限って労働時間規制から外せるようにする「高度プロフェッショナル(高プロ)」制度の新設である。

連合など労働組合は前者の規制強化については賛成しているが、高プロの導入には強く抵抗している。これを受けて立憲民主党や国民民主党なども「高プロ」の法案からの除外を求めてきた。

左派野党は高プロ制について「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」といったレッテルを貼り、高プロ制が導入されれば、対象社員が際限なく働かせられ、今以上に過労死が増えるとした。

「働かせ放題」阻止は自主性で
では、本当に高プロ制度の導入によって過労死が増えることになるのだろうか。

「いや、うちの会社では高プロの導入は難しいです」と大手製造業の人事担当役員は言う。製造業の場合、時間で管理するのが当たり前になっている上、管理職ではないヒラ社員に1075万円以上の年俸を支払うことは難しい、というのだ。

同様に、運送業や建設業など慢性的な長時間労働の業界でも、「高度プロフェッショナル」と呼べるような専門性を持ったヒラ社員はほとんど存在しない。

一方で、ソフトウェア開発などIT(情報技術)技術者を多く抱える企業では高プロ制の導入を歓迎する。「そもそも労働時間で評価できる業種ではないので、ようやく働き方に合った制度ができる」(IT企業の経営者)というのだ。

厚生年金の支払い実績などから見た年収1075万円以上の社員は、全体の1%未満。野党は、いったん制度が導入されれば、年収要件がどんどん引き下げられる事になりかねないと批判するが、現状では「高プロ」に移行する社員の数はそれほど多くはならないと見られる。

本当に「働かせ放題」にならないかどうかは、導入する企業が対象社員をプロフェッショナルとして扱い、自主性を認められるかにかかっている。不本意な労働を強いられれば、ストレスは大きくなり、過労死の原因になり得る。

維新などとの間で合意した修正には、対象社員が自らの意思で、高プロの適用を解除できるという文言が盛り込まれており、社員の自主性を重視する姿勢が強調された。

高プロが崩す日本型正社員
高プロの導入はこれまでの企業と社員の関係を大きく変える第一歩になるだろう。労働組合高プロに反対する本当の理由はそこにあるように思う。

ごく一部とはいえ社員の中に「時間によらない働き方」をする人が生まれれば、社員の労働に対する考え方がバラバラになり、「団結権」をテコに同等の待遇改善を求めてきた従来の労働組合の「闘い方」に影響が及ぶ。そうでなくても組合の組織率は17%にまで低下している。

高プロの導入で、働く社員の意識も大きく変わるだろう。労働時間に関係なく一定の年俸を得る仕組みになれば、無駄な残業をする意味はなくなる。長く会社にいれば残業代が増えるという事はなくなるのだ。

そうなれば、いかに時間を短くして効率的に仕事を終わらせるか、という志向に変わっていくはずだ。まさに「働き方改革」である。

だからと言って、到底こなすことができない量の仕事を与えられては24時間働いても仕事が終わらない、ということになりかねない。企業としては、どれだけのアウトプットに対して、年俸を支払うのかをきちんと計量しなければならなくなる。

長年重要性が指摘されながら導入されてこなかった「ジョブ・ディスクリプション」が明確になっていくに違いない。高プロの社員には、何が「専門」なのかを明示し、仕事の範囲を決めなければ、評価ができなくなってしまう。

企業と専門社員の関係は、業務請負のような色彩を帯びるに違いない。そうなると報酬も「市場価格」へと、さや寄せしていくことになるだろう。毎年、一定の昇給をしていくというスタイルも崩れていくに違いない。

つまり、高プロの導入は、いったんその会社に採用されたら、定年を迎えるまで雇用が守られ、給与も増えていくという「日本型正社員」が崩れていく蟻の一穴になるのは間違いない。

定額働かせ放題」と言うなら、現状の「管理職」の方が、問題は大きいのではないか。中小企業などでは年収1075万円以下の管理職は大勢いる。彼らは残業代もつかずに長時間労働を強いられている。

本来、管理職は自らに裁量権があるとされ、時間管理から外れているが、中間管理職の多くは実際にはヒラ社員と変わらない働き方を求められている。実際には管理していない「名ばかり管理職」問題もまだまだ存在する。高プロの導入をきっかけに、こうした名ばかり管理職の取り締まりを強化していくべきだろう。

いずれにせよ、高プロの導入が、日本の会社における「働き方」が変わる第一歩になることだけは間違いなさそうだ。