「高プロ」導入で問われる「労働組合」 働き方が多様化する時代で「存在意義」はどこに?

日経ビジネスオンラインに5月25日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/052400077/

安倍内閣の悲願だった制度導入
 働き方改革関連法案が今国会で成立、「高度プロフェッショナル(高プロ)」制度が導入される見通しとなった。与党である自民党公明党と、日本維新の会などの一部野党が「働き方改革関連法案」の修正で合意し衆議院を通過する公算で、参議院でも6月20日の会期末までには可決成立する方向だ。仮に会期を延長しても小幅にとどまるとみられる。

 高プロ制は、年収1075万円以上で専門性の高い「社員」に限って、残業規制などの対象から除外する制度。「時間によらない働き方」の制度導入は、2012年末に第2次安倍晋三内閣が成立して以降の懸案だった。

 当初は、「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれ、経営の幹部候補などを時間規制から除外することを狙ったが、左派系野党が猛反発。対象を高年収の専門職に絞り、「高プロ」として法案をまとめてからも2年以上にわたって審議されず、棚ざらしにされてきた。安倍内閣からすれば「悲願」の制度導入といえる。

 高プロ制はIT(情報通信)技術者やクリエイティブ系の職種など、労働時間と業務成果が比例しない職務につく社員に対して導入される。こうした職種を抱える企業からは、一律、時間で縛る現行制度への不満が長年くすぶってきた。これは働かせる企業側だけでなく、働く社員側にも不合理だとの声があった。

 一方、左派系野党は、年俸だけで際限なく働かせることにつながるとして、「残業代ゼロ法案」「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」などとレッテルを貼り、徹底的に導入に反対してきた。背景には支持母体である労働組合の根強い反対がある。

 そんな高プロ制が導入に向けて動き出したのは2017年3月末に政府の「働き方改革実現会議」が「働き方改革実行計画」をまとめたのがきっかけ。長時間労働の是正を掲げて、残業に罰則付きで上限を求めることとし、経済界と連合などの間で合意に達した。残業の上限を原則として月45時間とする一方で、どんなに忙しい月でも「100時間未満」とすることとした。

 残業時間については法律で上限が決まっているものの、労使が合意して「36協定(さぶろく協定)」を結べば、実質的に青天井で働かせることができた。そこに法律で歯止めをかけることになったわけで、労働者側からすれば、画期的な規定ということになる。

新種の「正社員」が誕生する
 当初は「100時間未満」という絶対的な上限設定に対して、経団連など経営者側からは「100時間程度」などあいまいな表現にするよう求める声が上がったが、安倍首相が「裁定」を下す格好で収束させた。ただし、同時に法案には高プロ制を盛り込むことも了解された。それが2017年3月のことだった。

 いわば、「罰則付き残業上限」の導入と、「高プロ」の導入は、労使間のバーターだった。連合も当初はそれを受け入れた。

 ところが、連合傘下の組合から猛烈な反発がわき上がる。昨年夏のことだ。以来、連合の支援を受ける左派野党は一貫して高プロの導入に反対してきた。

 なぜ、労働組合高プロに反対するのか。

 いったん制度が導入されれば、1075万円という年収下限がさらに引き下げられ、多くの労働者が低い年俸で働かされることになりかねない、というのがその理由。まさに残業代ゼロを容認する制度だというわけだ。さらに、労働時間規制を外せば、膨大な仕事を与えられて24時間際限なく働かされることになる、とも主張する。「定額働かせ放題」というわけである。

 だが、労働組合が最も恐れているのは、従来とは違った制度で働く「正社員」が生まれることで、組合活動に深刻な問題が生じるからに違いない。

 従来の労働組合は、組合員が一致団結して、ベースアップなどの待遇改善を一律で求めていくスタイルだった。当然、一部の社員だけが厚遇されることは許さないという建前だ。

 背景には「同一労働同一賃金」の考え方がある。同じ正社員が同じ仕事をする以上、同じ賃金が支払われるべきだ、というものだ。

 だから、特殊な働き方をして従来の枠組みとは異なる待遇を受ける社員が誕生することに戸惑いがあるのだ。労働時間の圧縮などを組合が求める時に、労働時間に関係なく働く社員がいた場合、求めるものが変わってくる。

 実は、同様の問題が嘱託社員や派遣社員など「非正規労働者」と「正社員」の間でも起きている。連合などは非正規労働者を組合員として受け入れることの重要性を訴えているものの、実際には大手の企業の労働組合非正規社員が加わっているケースは少ない。

 正社員でも労働組合に所属しない人が増えている。労働組合加入を義務付ける「クローズドショップ」の組合も少なくなり、労組加入が任意となっている企業が多いことから、組合の組織率は年々低下している。2017年6月末での労働組合の推定組織率はわずか17.1%である。

 これは、労働組合が働き手のニーズをつかみ切れていないことを示している。

労働組合高プロ社員の「味方」になる?
 「労働組合は敵だと思いました」と大手電機メーカーから外資系に転職した中堅社員はいう。その大手メーカーは経営危機に直面、退職者が相次いだが、そのしわ寄せが残った社員にのしかかった。残業時間はみるみる増えたが、「さぶろく協定」で組合が受け入れている以上、残業は拒否できない。耐えられなくなったその社員自身も外資への転職を決めざるを得なかった。「あのまま働いていたら過労死していたかもしれません」。

 高プロ制が導入された場合、労働組合高プロ社員の「味方」になるのだろうか。維新との修正協議で、高プロ社員が自らの意思で高プロから外れることができるよう明示された。

 高プロ制では、年俸と仕事量が見合っているかどうか、本人が納得しているかどうかが重要な要素になる。仕事量が多すぎる場合など、組合に相談しても、「それなら高プロを辞退しろ」と言われるのだろうか。少なくとも、現在の労働組合のスタイルの中で、個別の社員の待遇についてバラバラに交渉することは想定されていない。

 おそらく今後誕生してくる「高プロ」社員を、現状の労働組合が受け入れることは難しいだろう。高プロだけでなく、今後、働き方が多様化して、様々な条件で働く人が増えていく中で、組合がそれぞれのニーズを汲み取ることはできないに違いない。つまり、労働組合の組織率は、組合が変わらない限り、今後も低下を続けるだろう。

 では、労働組合はどう変わっていくべきか。

 働き方が一律であることを前提とした組合は、働き手からは必要とされなくなっていく。会社と働き手が個別に労働契約を結ぶようなケースが増えていくことになれば、従来の労働組合の「闘い方」では救えない働き手が急増してくることになるだろう。

 今後、組合が生き残っていくには、働き手のニーズをきちんととらえ、彼らの支援をする組織へと変わっていくことが求められる。会社と働き手が結ぶ契約の内容が不当ではないか、契約と違わない業務が与えられているか、問題がある場合、本人にアドバイスするなり、組合として改善を求めていけるか。個々の働き手のコンサルティングを担うような組織に変わっていく必要があるだろう。

 そんなのは労働組合ではない、という声が関係者からは上がりそうだ。

 もうひとつの生き残り策は、欧州のような「産業別」の労働組合に再編していくことだろう。同一労働ならば会社が違っても同一賃金を求めるというのが前提だが、日本の伝統だった企業別組合とは相容れない。働く側の意識もライバル企業より給与が高いかどうかに関心があり、同じで良い、とはならないだろう。また、産業別労働組合自体が、伝統的な工場労働などを前提としており、多様な働き方が普通になっていく今後の時代にマッチしているのかは微妙だ。

 いずれにせよ、「高プロ」は日本人の働き方を大きく変えていく第一歩になるのは間違いないだろう。そんな中で旧来型の労働組合も間違いなく変化を求められる。変化できなければ時代から取り残され、滅ぶことになるだろう。