働き方改革には「マインド改革」が不可欠だ 永田稔・ヒトラボジェイピー社長に聞く

日経ビジネスオンラインに4月13日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/041200065/

働き方改革関連法案がいよいよ閣議決定され、今国会に提出、審議が本格化する。時間外労働の上限をどんなに繁忙な時でも月100時間未満とするよう定め、罰則も設けるなど、画期的な内容を含む。一方で、時間によらない働き方をする専門職を対象にした「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」の導入も盛り込まれている。

 果たして、今回の法案が成立すれば、日本人の働き方が変わり、長時間労働は是正されていくのか。人材に関する問題解決に取り組むコンサルティング会社「ヒトラボジェイピー」の社長で、立命館大学大学院教授も務める永田稔氏に聞いた。

(聞き手は、磯山友幸



永田稔(ながた・みのる)氏
ヒトラボジェイピー社長。立命館大学大学院経営管理研究科教授。一橋大学社会学部卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にてMBAを取得。松下電器産業(現パナソニック)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ワトソンワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。ディレクター兼組織人事コンサルティングチーム部門長などを務めた。ビジネスモデル、組織モデル、人材マネジメントモデルを一体としたコンサルティングに従事。2016年6月にウィリス・タワーズワトソンを退社し、ヒトラボジェイピー(HitoLab.jp)を設立。 著書に『不機嫌な職場』(講談社、共著)など。


――今回の法案で日本の長時間労働は変わるのでしょうか。

永田稔・ヒトラボジェイピー社長(以下、永田):罰則付きで残業時間を規制するなど、これまでにない法改正であるのは事実ですが、日本の職場に根付いた「残業体質」が一気に変わるかどうか、疑問ですね。というのも、仕事の量や複雑さだけでなく、働かせる上司のマインドや働いている部下本人たちの意識が、日本企業の残業体質や非生産的な体質を作り上げているからです。この風土の問題をどうにかしないと、長時間労働は解決しません。

――部下のマインドですか。

永田:ヒトラボジェーピーでは、クライアント企業の事業責任者や管理職、中堅若手の社員などに70問にわたる綿密な質問票を記入してもらい、それを集約して、その会社の「働き方」「働かせ方」のどこに問題があるかを分析するサービスを行っています。いわば「残業体質の診断調査」です。

――どんな調査を行うのでしょうか。

永田:会社の「組織風土」と「環境・仕組み」、上司つまり管理職の「マインド」と「スキル」、社員本人の「マインド」と「スキル」、そして「業務の量と質」の7つについて、どれぐらい長時間労働の要因になっているか聞きます。また、「仕事のやりがい・活力」や「ストレス状態の認識」についても聞きます。

――回答に全体的な傾向はあるのでしょうか。

永田:各社、結果には差があるのですが、これまでに受託した15社約2000職場の全体集計をかけると、ある傾向が分かりました。まず、業務の複雑度や非定型度合いが高まっていると多くの回答者が答えています。仕事が難しさを増す一方で、業務に対する習熟度が追い付いていない、学習スキルが足らないと焦っている社員がかなりいることが分かります。


「過剰チャレンジ」と「過剰確認」を求める上司

永田:そうした中で、社員本人のマインドには、自分の仕事は自分でこなしたいという「抱え込み傾向」や、何としても自分だけで頑張るという「独力遂行傾向」が見られるのです。また、長時間働いていることを上司がプラスに評価するだろうと感じている傾向が強いことも分かります。

 一方で、上司の側のマインド、意識にもかなり問題があることが分かりました。「過剰チャレンジ」を求める傾向が強かったり、「過剰確認」を現場に求めたりしているケースが少なくないことが分かります。仕事が複雑さを増して、社員の能力が落ちているから、過剰に管理職がチェックをし口を出さざるを得なくなっている、ということでしょうか。

――仕事を抱え込んで長時間働くのが美徳、というわけですね。

永田:はい。複雑な業務を一人で抱え込んで、長時間働くことをよしとしている、社員の意識が根強くあるということです。また、会社全体の風土として、「頻繁に方針が変更される」という答えも目立ちました。上司の方針がしばしばブレて朝令暮改になったり、過剰なチャレンジを求めたりすることで、部下の負担になっているということも明らかになりました。

――部下も上司も長時間労働を嫌がっていない、ということですか。

永田:残業代を生活費の一部として当てにしているという答えもかなりあるのですが、それ以上に、職場が長時間労働になっている方が上司も部下も安心、満足だという傾向が見られます。調査結果をみると、何と、長時間労働と仕事の満足度が比例しているのです。

――そうした風土にメスを入れない限り、日本の長時間労働はなくならない、というわけですね。

永田:ええ。ある金融機関で、午後5時に帰る運動を始め、入館証で出退勤をチェックするようにしたところ、社員同士で入館証の貸し借りをして残業時間を調整していることが明らかになったケースもあります。また、PCで仕事時間を測定している会社の例では、パソコンのIDを貸し借りしているケースがありました。まさに社員のマインドの問題、職場の風土の問題だと言えます。

――どうすれば日本の会社の風土を変えられるのでしょうか。

永田:職場の仕組み、働き方の形を作り直すことから始める必要があるのではないでしょうか。本当の意味の「働き方改革」ですね。日本の場合、誰が何をやるかというジョブ・ディスクリプションが曖昧なケースが多く、自分の仕事が終わっても同じ職場の同僚が終わらないと帰れないというムードが強い。

 上司も「俺の若い頃はもっと厳しかった」といった思いがある。本当は今、目の前にいる部下がどう感じているか、仕事がキツイと思っているかどうかが重要なのですが、どうもそうした「風土」になっていない。上司による「過剰チャレンジ」の要求や仕事の「丸投げ」なども変えていく必要があります。私たちは分析結果を基に、経営者や管理職と話をして、ワークショップを行うなど、問題解決のお手伝いをしています。

――そうした現場の「風土」は必ずしも経営者が把握していないケースが多いわけですね。

永田:ええ。しかし、現場で起きる1つの労働問題が、会社全体のリスクになる時代です。過労死などが発生すれば、経営者の責任は重大です。


職場をプロ集団に変える一歩は「新人採用」
――ところで、今回の法案では裁量労働制の適用範囲の拡大は外されましたが、高度プロフェッショナル制度については法案に残っています。永田さんは高プロ制度についてどうお考えですか。

永田:時間によらない働き方という理念はよく分かります。しかし、今の日本企業のマネジメント体質のまま高プロ制度を導入した場合、悲惨なことになるのではないか、と危惧しています。私もコンサルタントをしてきて痛感しているのですが、日本企業の経営陣は、専門家に仕事を任せるのではなく、まず3つ4つの案を出せと言います。そしてその中から1つを選ぶのが経営者や管理職の仕事だと勘違いしている。

 そんな中で、時間規制のない「専門職」がいたとすると、いくつもの案を永遠に作らされることになりかねない。まずは、専門職を本当の意味で使いこなすようにマネジメントの行動を変えないといけません。

――確かに、日本企業はこれまで「ゼネラリストを育てる」という名目で、何でもやらせることができる使い勝手の良い「正社員」を主体としてきた。その人がどんな専門知識を持っているか、きちんと把握して戦力化していない。それが生産性が低い一つの例のように思います。

永田:私の会社では志望学生のエントリーシート人工知能で分析するというサービスを始めています。ちょうど今、就職活動が盛りですが、人事部総出でエントリーシートを読んでいる。実際には学校名や部活などに引っ張られています。これをきちんと分析することで、会社が求める人材を選び、適材適所につなげられるのではないか、と思っています。

――テクノロジーを使ってデータを分析して問題を把握し、解決するという手法を取っているようですが、どんな分析をするのですか。

永田:エントリーシートに書かれている言葉の属性を分析して、その人の「チームワーク」度や「分析行動」「戦略思考力」などがどれぐらいあるかを点数化していきます。項目ごとに全応募者名を並べ替えランキングすることも可能ですので、例えば「コミュニケーション力」が一定以上の人を抽出することなどができます。

 今年はこういったタイプの人材を採用したいとか、今年はやめるとかいった「選択」をデータに基づいて行うことができます。そのうえで、面接などに入っていけばよいのです。ちなみに、副次的な効果として、模範解答のような文章のコピペをあぶり出すこともできます。

――日本企業では本人の希望に沿った配属をあえてせずに、様々な職場を経験させようとする傾向がありました。そうした時代ではない、ということでしょうか。

永田:職場をプロの集団に変えていくには、採用の仕方も人事評価のあり方も変える必要があります。職場の風土を変える一つのステップです。このシステムをエントリーシートではなく、中堅社員に文章を書かせ、幹部を選ぶ際のデータとして使えないか、という問い合わせも来ています。日本企業もこれまでの風土を変えようと、模索を始めています。

不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)

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