ヤフーと対立、アスクル「異例会見」が明かしたガバナンス問題の深淵

現代ビジネスに7月25日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

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異例の会見

東証一部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」に対して、発行済み株式の45%を握る筆頭株主のヤフーが社長退任などを求めている問題で7月23日、アスクルの独立役員らが記者会見を開き、ヤフーの対応を厳しく批判した。

経営権を巡る争いで、社外取締役や社外監査役などの独立役員が独自に記者会見を行うのは極めて異例。大株主や親会社が存在する上場企業のコーポレートガバナンスのあり方を問う内容となった。

アスクルは、コーポレートガバナンス(の強化)に一生懸命取り組んできた。それを資本の論理だけで、いとも簡単に変えてしまう。世の中にあって良い話なのか」

アスクルの独立社外取締役を務める戸田一雄・元松下電器産業(現・パナソニック)副社長は、そう言って声を荒げた。

アスクルには3人の社外取締役と同じく3人の社外監査役がおり、「独立役員」として取締役会の諮問に応じて意見を述べてきたという。

7月10日付けでは6人の独立役員全員の連名で、ヤフーからの要求に対する意見書を提出。岩田彰一郎社長に対する退任要求は、「上場企業としての当社におけるガバナンス体制を全く尊重していないものと言わざるを得ず、極めて遺憾」としていた。

独立役員会は1月にヤフーが一般消費者向け通販サイト「ロハコ(LOHACO)」事業について、ヤフーへの譲渡が可能かどうかを打診してきた際にも、岩田社長ら執行部の求めで、中立的な立場で検討に当たったという。

そのうえで、ロハコ事業を切り出すことはヤフー以外のアスクル株主、いわゆる少数株主に損失を与えることになりかねないという結論に達し、取締役会に意見を具申。それを受けて岩田社長がヤフーに譲渡不可の回答をしたと言う。

資本の力

その段階ではヤフー側は「真摯かつ誠実な検討に感謝する」旨の返事をしていたにもかかわらず、6月27日になって、突如、岩田社長のもとを訪れ、社長退任を迫った。

この点に関して戸田氏は、「ヤフーはアスクルの指名プロセスを認識しており、仮に取締役候補者について意見があるなら、派遣取締役を通じて指名・報酬委員会にその旨を伝えるべき」だったのに、「ヤフーは指名・報酬委員会での議論が終わった後、株主総会の直前になって、岩田社長個人に対して辞任を迫るという方法をとった」とし、上場企業がガバナンスの仕組みとして決めたプロセスを無視して、持ち株比率という資本の力だけでごり押ししようとしている点を強く非難した。

「時間切れを待っておったかのごとくの態度は、本当にガバナンスが存在しているのか、本当に残念」と語っていた。

そのうえで、アスクルの独立役員会は、

1)8月2日のアスクル株主総会では岩田社長を含む取締役候補を選任したうえで、来年に向けてヤフーの意見も踏まえたうえで十分に時間をかけて議論すべき、

2)ロハコ事業については2018年12月にヤフー派遣の取締役も出席のうえ決定した再構築プランの効果を検証してから、今後について検討すべき、

3)ロハコ事業の譲渡が再び議論される場合は、ヤフーとアスクルとの利益相反取引である点を理解し、極めて透明性の高いプロセスの下で交渉すべき、

――という3点を改めて意見として公表した。

同席した独立役員会アドバイザーでコーポレートガバナンス問題の第一人者でもある久保利英明弁護士は、ヤフーが数を頼みに株主総会で岩田社長の再任を拒否すること自体は可能としながら、「法的効果があるのか、様々な問題が生じる。そのリスクを負いながら、ヤフーさんは(総会で強行することを)やりますか、ガバナンスを踏みにじってもやるんだというのであれば、レピュテーション(評判)リスクを負って、総会後も荒事が続くことになる」との見方を示した。

日本のコーポレートガバナンス問題

同じくアドバイザーの松山遥弁護士も「支配株主としての義務、マナーがある」とし、総会の1カ月前という直前のタイミングで退任を求めてきたことを批判。ヤフー側は岩田社長の再任に反対するとしているだけで、「新しい代表取締役社長についてはアスクルの取締役会で決議するものと考えています。当社から社長を派遣するつもりはありません」としている点について、最低限のマナーを守っていないとした。

ヤフーとアスクルの資本関係は微妙。同席した社外監査役の安本隆晴氏は、「会社法上はヤフーは親会社ではないが、(国際会計基準の)IFRSが言っている(実質基準というのも)半分正しいのかと思うので、親といっても良いのかと」と歯切れが悪い。日本基準では株式の50%超を保有しなければ親子ではないが、ヤフーは45%の保有にとどめながら、IFRSの実質基準を使って子会社と「認定」してきた。

一方で、アスクルとは経営の独立性を保証する内容の「業務・資本提携契約」を結んでおり、アスクルはヤフーに経営権を取られない仕組みを保持してきたと考えている。

契約上は支配はしないが、IFRSは連結という不可思議な関係が、両社の関係が微妙に変化することで問題化しているとも言える。

ヤフーが約束してきた傘下においても上場企業としての独立性を維持するというガバナンスの仕組み自体が、そもそも無理だったということかもしれない。

「フランクに言うと、自分は何をやっているんだ、独立取締役としてやってきたことが、こうも簡単に(資本の論理だけで)終わってしまうのか。ガバナンスをしっかり日本に定着させることが必要だ」

戸田氏はそういって唇をかんだ。独立役員だけという異例の記者会見は、戸田氏の強い思いがあって実現した、という。

親子上場どころかひ孫までを上場させる異形の多重上場を許す日本のコーポレートガバナンスや資本市場のあり方に一石を投じたことは間違いなさそうだ。