ヤフーの「アスクル吸収」が簡単に進まないワケ 社長解任でも、対立は「長期戦」へ

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独立性の維持を定めた「契約」がある

東証一部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」と、株式の約45%を握る親会社のポータルサイト運営大手「ヤフー」の対立が正念場を迎えようとしている。

アスクルは8月2日午前10時から東京都内で株主総会を開く。ヤフーと同じくアスクルの株式の約11%を持つ事務用品大手の「プラス」は、10人の取締役候補のうち、岩田彰一郎社長と独立社外取締役3人に反対票を投じたと発表しており、総会では3人の「社内」取締役と、ヤフー出身者ら3人の「ヤフー派」取締役という構成になる。

ヤフー側が資本の力でアスクルの経営権を奪取し、アスクル側の敗北が決定したように見えるが、そう簡単に事態が収束するわけではない。対立は「長期戦」になる見通しだ。

というのも、強権発動したヤフー側にはいくつかの弱点がある。

アスクルとヤフーの間には、アスクルの独立性を維持することを定めた「業務・資本提携契約」が存在する。ヤフーから送り込める取締役の人数を2人までに限っているほか、持ち株比率を45%からさらに引き上げることを禁じた条項もある。

資本の力で経営権を奪取するならば、TOB(株式公開買い付け)で過半数を取ったり、取締役会の過半数を押さえたりするのが常道だが、それをヤフーがやらないのは、この契約が存在しているためだ。

独立社外取締役3人までクビにする

たとえばアスクルの岩田氏がメディアのインタビューで、「プラスの今泉公二社長はヤフーと共同歩調を取っている」と答えた際、ヤフー側はリリースを出して強く反発した。ヤフーとプラスが実質的な「共同保有者」ということになれば、業務・資本提携契約に違反する可能性があり、市場で売却しなければならなくなるからだ。契約違反にならないよう、ヤフーとしては表面上、アスクルの独立性を尊重し続けなければならないわけだ。

もうひとつ、ヤフー側の弱点は、上場子会社の少数株主保護を定めた東証コーポレートガバナンス・コードや、経済産業省の「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」に完全に違反してしまうことだ。

ヤフーは岩田社長への反対投票と同時に、3人いる独立社外取締役にも反対票を投じている。3人とは、松下電器産業(現・パナソニック)で副社長を務めた戸田一雄氏と、東京大学名誉教授の宮田秀明氏、そして日本取引所グループ(JPX)CEO(最高経営責任者)だった斉藤惇氏である。

上場子会社の場合、親会社と子会社の間で利益相反が起きることが予想されるため、大株主ではない少数株主の利益を守る立場として中立的な独立社外取締役の存在が求められる。それを「岩田社長を任命した責任など総合的な判断」だとして、クビにしてしまったのだ。

「資本の力」だけで押し切ることはできない

これにはさすがの証券取引所も黙っていられなくなる。

7月30日には、JPXで斉藤氏の後任CEOである清田瞭氏が定例記者会見に臨み、そこで苦言を呈する。

「総会の直前になって議決権行使を行い、それによって子会社の安全装置とも言われる独立社外取締役の解任にまで至った」ことに対して「懸念」を表明したのだ。

さらに有識者からも問題視する声が上がった。

日本取締役協会(宮内義彦会長)は同じく7月30日に、「日本の上場子会社のコーポレートガバナンスの在り方」という緊急意見を公表。次のように厳しくヤフーを叱責した。

アスクルの社長候補の取締役を不再任にしただけでなく、同じ理由で、独立社外取締役まで全員不再任としたのは、親子上場企業のガバナンス上、重大な問題である。支配的株主の横暴をけん制するために存在している、独立取締役を緊急性も違法行為もない状態で解任できるならば、ガバナンスの基本構造が成り立たなくなる」

そのうえで、こう指摘する。

「グループガイドラインの主旨に明確に反し、独立取締役がゼロになった状況は、金融庁東証コーポレートガバナンス・コード上も、会社法上も立法趣旨としては大きな問題状況を生み出している」

そうした批判があがる中で、証券市場のルールを無視して、資本の力だけで押し切ることは、さすがのヤフーもできない。

結局はアスクルの社内役員を社長に据えることになる

独立取締役までクビにしたのは、ヤフーとしては「失策」だったとみられるが、やむにやまれぬ事情があったと推測される。総会後の取締役会が「社内」3人、「ヤフー派」3人、「独立社外取締役」3人となった場合、社内と独立社外取締役が一致すれば、これまでと状況は変わらない可能性が高かった。実際、岩田氏を執行役員などとして残すことも検討されていたようだ。3対3になれば、社内取締役は「親会社」の意のままに動くとヤフーは期待しているのだろう。

だが、そう簡単ではない。というのも「親会社・子会社」といっても、ヤフーとアスクルはこれまで別会社と言ってもいいほど、お互いに独立性を尊重する関係だった。

2012年から始めた一般向け通販サイト「LOHACO(ロハコ)」は共同事業という位置づけだが、配送を行う物流業務やメーカーとの共同製品開発業務などはアスクルが長年培ってきた独自のものだ。ヤフーからアスクルに出向している幹部社員は数人しかいない。

ヤフーが取締役会の過半を押さえても、会社全体を意のままに動かせるわけではない。株主総会で社内役員を社長に据え、その指示の下で運営していくしか手はないのだ。

臨時取締役会の延期は「戦術」

岩田氏を解任したきっかけは、2019年1月にロハコ事業をヤフーに譲渡するよう求めたことに、岩田氏や独立社外取締役が反対したことだったとされる。ヤフーはその後、ロハコ事業の分離は考えていないと公表しているが、だからこそ、アスクル全体を「乗っ取り」にかかったのだろう。

だが、総会後の取締役会には独立社外取締役がひとりもいないため、重要な事業の譲渡など、アスクルの少数株主の利害に関する決定をするのは難しい。ガバナンス・コードや実務指針などへのルール違反を解消するためにも、早急に臨時株主総会を開いて独立社外取締役を選任せざるを得ないだろう。

当然、クビにした独立社外取締役よりも、独立性が高い人たちを人選しなければならない。マスコミなど世間が注目する中での臨時総会になるだけに、思い通りに動いてくれる人材を据えるというのは簡単ではない。

総会を目前に控えた7月31日、アスクルは翌日に開くとしていた臨時取締役会を延期すると発表した。臨時取締役会では、「業務・資本提携契約」に基づいて、ヤフーが持つアスクル株式の買い戻し請求権を行使するかどうか審議することになっていた。それを急遽取りやめたことで、アスクルが完全に白旗を上げたようにも見えるが、実はアスクルの顧問弁護士である中村直人氏の「戦術」だという。

時間をかけても「交渉」で独立を求め続ける

買い戻し請求を行えば、ヤフーに契約を破棄させる口実を与えることになるが、その契約がなければアスクルの独立性を守ることが難しくなる。あくまで、契約に則った独立性維持を求め続けていくというわけだ。時間はかかっても交渉でヤフーからの独立を求めていくという。

ヤフーがアスクルを意のままに動かし、例えばロハコ事業のヤフーへの譲渡などを求めていくには、総会で選ばれた3人の社内取締役のうち、最低1人を「ヤフー派」に寝返らせることが必要になる。実際、岩田氏の解任を決める前後、ヤフー側はアスクルの取締役や執行役員たちと面談し、「懐柔」を試みてきた、と複数の役員は語る。

吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの3人の社内取締役は総会直前までは「一枚岩」だといい、すでに岩田社長抜きで中村弁護士と総会後の対応を詰めている、とされる。

総会後もヤフーは表面上、アスクルの独立性や少数株主の利益保持を表明せざるを得ない。一方で、取締役会などでは、資本の論理を背景に、硬軟両様、社内取締役3人に言うことを聞かせようとするだろう。「彼ら3人もアスクルの独立性を守るために精一杯頑張ってくれると思います」と社長を追われる岩田氏はすがすがしい表情で語る。

株主総会で「勝利」を収めたかにみえるヤフーだが、アスクル側社内取締役が一枚岩であり続けるとすれば、騒動はそう簡単には終息しないということになる。