独立社外取締役の役割とは何か アスクルで始まった新たな挑戦

ビジネス情報誌「エルネオス」2020年3月号(3月1日発行)『硬派ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された拙稿です。是非お読みください。

 

エルネオス (ELNEOS) 2020年3月号 (2020-03-01) [雑誌]
 

 

支配株主のヤフー(現・Zホールディングス)との対立が話題になったアスクルが、三月十三日に臨時株主総会を開く。昨年八月の定時株主総会で、現職の社長だった岩田彰一郎氏の再任を議決権の過半を事実上握っている「親会社」のヤフーが拒否、同時に独立社外取締役三人もクビにした。意にそぐわない岩田氏を社長候補に推薦したのが理由とみられた。以来、同社には社外取締役がいない状態が続いてきた。
 同社では、社長など取締役候補の選任は、独立社外取締役らによる「指名・報酬委員会」が行うことになっている。また、事業売却など重要な資産の処分についても独立役員による委員会が審査し、親会社以外の少数株主の利益に配慮することになっている。
 議決権の過半数を抑えた株主が会社を自由にできるように思われがちだが、親も子も上場企業の場合、事情が違う。確かに、日本の会社法では資本の論理が優先され、親会社はオールマイティーのように振る舞うことも可能だ。だが、国際的には、子会社も上場して株主がいるケースでは、親会社以外の株主、いわゆる少数株主の利益を保護することが当たり前になっている。日本も経済産業省が中心となって、少数株主保護に関するガイドラインなどをまとめている。そんな最中に、ヤフー・アスクル問題が起きたのだ。
 アスクルは不在になった独立社外取締役を選任すべく、暫定の「指名・報酬委員会」を設置、委員長についた國廣正弁護士や委員の落合誠一弁護士らが候補者の選定を進めてきた。
 候補者に選ばれたのは、弁護士で多くの企業の社外取締役を務めてきた市毛由美子氏、医薬品のインターネット販売会社ケンコーコム(現・楽天)を創業し代表を務めた後藤玄利氏、麗澤大学教授でコーポレートガバナンスに詳しい高巌氏、石川島播磨重工業(現・IHI)で副社長を務めた塚原一男氏の四人。「アスクル側でもヤフー側でもなく、市場のため、アスクル企業価値を上げるために相応しい候補者を探す」と國廣弁護士が宣言。アスクル、ヤフーの両社もそれを受け入れたといい、候補者選びに両社は関与しなかったという。

ユニークな社外取締役選任手法

 四人の候補は、アスクルの経営陣やZホールディングスの経営陣、同じく大株主の事務機器大手プラスの経営陣と対話を重ねてきたという。さらに昨年の株主総会で独立社外取締役としての再任を拒否された斉藤惇・日本取引所グループ前CEO(最高経営責任者)らとも意見交換した、という。
 臨時株主総会の独立社外取締役の選任に当たってはユニークな手法が取られる。選任議案の可否を問う前に、候補者四人に抱負を語らせた上で、株主からの質問に答える場を作るというのだ。すでに、候補者四人の「抱負文」は公表されている。普通の会社の株主総会では、取締役候補者は選ばれてから紹介されるのが一般的で、選任前に株主の質問に答えるのは極めて異例だ。
 國廣弁護士はこうした手法を「アスクル・モデル」と呼び、委員の落合弁護士も「相当なインパクトを与えるものと思う」と述べ、独立社外取締役を選任する場合の方法として、他社にも広がることを期待するとしている。
 さらに常設されることになる「指名・報酬委員会」にも規定を設ける方向だという。そこには以下の八項目が掲げられている。
一、取締役会の常設の諮問・勧告機関とする
二、構成員は独立社外取締役全員とCEOとする
三、CEO、取締役、執行役員などの選解任を取締役会に答申する
四、CEO、取締役、執行役員などの個別報酬を答申する
五、取締役会からの諮問事項以外でも勧告できる
六、取締役会は勧告を尊重する
七、外部の専門家を会社の費用で選任できる
八、勧告等を行った事項について株主総会等において意見を表明できる
 つまり、「指名・報酬委員会」で独立社外取締役が中心となって決めたCEO人事については、それを取締役会は尊重しなければならず、実質親会社のZホールディングスの意向だけで決定することはない、としているわけだ。委員会の勧告が無視された場合には、八番目にある株主総会で勧告内容を公表する「対抗手段」を設けた。もちろん、それでも「資本の論理」を押し通して、CEO候補や社外取締役を昨年八月と同様、クビにすることができないわけではない。

親子上場のあり方を問う

 欧米では、こうした親会社株主と子会社少数株主の利益相反が起きることを想定、上場企業を子会社にする場合は、一〇〇%株式を購入して、上場廃止にするケースがほとんど。少数株主から利益侵害だとして訴えられる可能性があるからでもある。日本では親子上場が多く存在するが、前述の通り、少数株主の権利についてはこれまでほとんど議論されてこなかった。
 アスクルとZホールディングスの関係は複雑だ。旧ヤフーがアスクルを実質子会社化する際、両社の間で契約が結ばれ、実質子会社化してもアスクルの経営の独立性を維持することや、取締役派遣は二人までと申し合わせている。数の論理だけで取締役会を支配しようとした場合、Zホールディングスが保有するアスクル株を買い戻すことができる規定も存在する。つまり、子会社であっても完全には支配されない、という契約になっているのだ。
 臨時株主総会では四人の独立社外取締役が選任されると、現在の五人の取締役に加えて九人になる。吉岡晃社長兼CEO、吉田仁COO(最高執行責任者)、木村美代子COOのほか、Zホールディングスから派遣されている輿水宏哲氏と、Zホールディングスの取締役専務執行役員を務める小澤隆生氏の五人と、独立社外取締役四人だ。小澤氏も扱いは社外取締役なので、過半が社外取締役の会社という形になる。
 選任される独立社外取締役は今後、Zホールディングスやプラスの経営陣と経営方針などについて徹底して議論するという。アスクル企業価値を高めることを主眼とすれば、親会社・子会社双方の株主の利益につながるというのだ。「アスクル・モデル」が機能するかどうかは、日本の親子上場のあり方を問い直すきっかけにもなりそうだ。