「就活」のためにプライバシーは我慢するべきか  リクナビ問題にみる本人同意の意味

プレジデントオンラインに8月27日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/29757

閲覧履歴から「内定辞退率」を提供していた

ウェブ上でのサイト閲覧や商品購入などの行動が「データ」として蓄積され、次の行動の予測に使われる。さらに、ウェブ閲覧者個人の「信用度」や「格付け」などが本人の知らないところで行われ、それが価値のある情報として企業間で売買される。もはや個人の行動は「丸裸」といってもいい状況に追い込まれている。

当然、「プライバシーの侵害だ」と感じる人も少なからずいる。だが、大方の場合、ウェブ上のサービスを利用する際に、細かい字で書かれた利用規約にある個人情報の利用に「同意」していることが多い。もはや便利なサービスを使う上での対価としてプライバシーを差し出していると、諦めている人も多いに違いない。

そんなネット上の個人情報を巡る問題が発覚した。

就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、契約先の企業が就職内定を出した学生について、「内定辞退率」を計算して提供するサービスを行っていた。その際、7983人の学生から十分な同意を得ずに情報提供を行っていた、というものだ。

採用活動を行っている企業からすれば、仮に80人の新卒学生を採用したいと考えていたにもかかわらず、40人が内定辞退するとなれば、人員計画は大きく狂ってしまう。内定者のうち何人が辞退しそうか、正確な人数を把握することが極めて重要になってくる。もし、内定者のうち、辞退しそうな学生が分かれば、会社に呼び出して面接を繰り返すなど、フォローすることも可能になる。

「企業と学生の双方にメリット」というが…

リクルートキャリアが提供していたサービスは、同社が2018年3月から始めたもの。契約先の会社A社に対して、A社から内定を得た学生がどれだけA社の内定を辞退しそうか、5段階に分けて判定した結果を提供していた。

判定の仕組みは、前年度にA社の選考・内定を辞退した学生がリクナビ上でどんな行動を取っていたかなどのデータを、分析してアルゴリズムを作成。現在A社から内定を得ている学生の行動と照合していた、という。

問題発覚後、リクルートキャリアが発表したニュースリリースによると、学生が同社の就職情報サイト『リクナビ』に登録した際に同意した「プライバシーポリシー」に基づいて「リクナビサイト上での行動履歴の解析結果を取引企業に対して提供していた」という。

さらにリクナビはこの情報を「合否の判定に活用しないこと」に契約先企業から同意を得ていたとした。つまり、この学生は辞退する確率が高いから内定は出さない、といった使い方はしていない、というわけだ。

リクルートキャリアはこのサービスについて、「企業は適切なフォローを行うことができ、学生にとっては、企業とのコミュニケーションを取る機会を増やすことができます」と双方にメリットがあることを強調している。

もっとも、こうしたサービスに個人情報が使われていることについて、リクナビを利用した学生の同意が不十分だったとして、リクルートキャリアはサービスの休止を発表した。「リクナビの複数の画面で同意を求める設計だったにもかかわらず、一部の画面でその反映ができていなかった」と非を認めている。

中止の理由は「本人同意が不十分だった」から

ウェブ上の行動や買い物などのデータを基に、個人にスコアをつけるサービスは日本国内でも、さまざまな分野で広がりつつある。イーコマースだけでなく、クレジットカードの利用履歴などから、将来の購買動向を予測し、ダイレクトメールを送信することなどは普通に行われている。ウェブサイトを閲覧した際に現れる広告が、自身がかつて閲覧した商品の広告だった経験を持つ人は多いだろう。それも、過去の行動データを基に関心が高いと思われる商品広告を掲示するサービスだ。

リクルートキャリアがサービスの休止を発表したのは、個人データを解析した予測を第三者に提供したからではなく、その「本人同意」が不十分だった、というのが理由だ。つまり、本人同意さえきちんとしていれば、そこに問題は生じない、というわけだ。

もちろん、本人同意といっても、チェックボックスにチェックを入れたり、ボタンをクリックしたりすることで済む。利便性の高いウェブ上のサービスを使うために、同意のチェックが必要となれば、本来はプライバシー情報の提供に乗り気ではなくても、チェックしてしまうだろう。個人情報を提供する積極的な意思を示しているのではなく、他のサービスにつられて、同意しているケースが多いのではないか。

学生の「ブラックリスト」が作られる恐れ

一方で、個人情報が本人の利益にならない形で利用されるケースも予想される。仮に本人が情報提供に同意していたとしても、それをもってその個人が不利益を被るような情報を作成することは問題ないのだろうか。

今回の場合、内定辞退率が高いと判定された個人について、会社が選考過程でそれを利用することはない、とされている。だが、あくまで、利用しないという合意だけで、本当にそうした利用をしなかったのか、疑問は残る。もし、リクナビで記録された学生の行動による判定で、内定が出されなかったとすれば、学生は提供した情報によって不利益を被ったことになる。こうした情報利用は無条件に許されるのだろうか。

実際、クレジットカードの利用代金支払いが遅れたり、支払いが滞ったりした場合、その利用者の信用情報にマイナス評価が付く仕組みがある。Eコマースの利用などでも、支払いが滞れば、問題がある顧客として評価される。いわゆるブラックリストである。一般的に個人情報をこうした顧客評価に使うことは許されてきた。

「だれが、なにを考えているか」も簡単に予測できる

利用するメールアドレスなどから個人情報を「名寄せ」することが簡単にできるようになり、個人の姿や行動をデータとして企業などが利用する頻度は増している。

どこで何を食べたか、どの交通機関を使ってどこからどこへ移動したか、誰と会ったか、何を買ったか。定期的な行動バターンが把握され、次の行動が予測される。便利な情報社会で生きていく対価として個人の行動が把握されることは致し方ない時代になったということだろうか。

だが、個人の嗜好や趣味のデータ把握がさらに進んでいけば、個人の思想信条なども容易にデータ化されることになるだろう。支持政党といった単純なものだけでなく、どういった情報に関心を持つかなども第三者に把握されることになる。すでに国政選挙などでは、こうした個人データをベースに得票を予測する動きも出ている、という。

安倍首相が繰り返し使う「DFFT」の意味

2019年1月、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席した安倍晋三首相は演説し、「成長のエンジンはもはやガソリンではなくデジタルデータで回っている」と述べ、ビッグデータ活用の重要性を訴えた。そのうえで、消費者や企業活動が生みだす膨大なデータについて、「自由に国境をまたげるようにしないといけない」とし、基本的なルールをつくるため世界貿易機関WTO)加盟国による交渉の枠組みを提案。WTO78カ国・地域の閣僚による「WTO電子商取引声明」が出された。さらに、6月に大阪で開いた「G20大阪サミット」でも国際的なルール作りを急ぐことが確認され、安倍首相は「大阪トラック」の開始を宣言した。

そうした場で、安倍首相が繰り返し使っているのが「DFFT」という言葉。データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(信頼ある自由なデータ流通)の略である。医療や産業、交通などのデータの自由な流通によって、経済成長や貧富の格差の解消につながると訴えたのだ。

フェイスブックやアマゾンといった巨大プラットフォーマーを中心とする米国企業は、こうしたデータ活用を積極的に行っており、米国政府もこうしたデータが莫大な付加価値を生み出すという立場を取っている。プライバシーには一定の配慮はするものの、一定の本人同意を得れば、個人情報を利用できるという姿勢だ。

米国型の「積極利用」だけでは不十分

一方、人権意識の高い欧州諸国は、個人情報の利用に神経質になっており、企業のデータ活用にさまざまな規制を加えようとしている。企業がどんな自分の個人データを保有しているかを、個人が知る仕組みを作るべきだ、といった議論がさかんに行われている。

米国のプラットフォーマーによるサービスが国内で定着している日本は、米国型の積極利用へと突き進みつつある。安倍首相は演説の中で、個人情報や知的財産、安全保障上の機密といったデータについては、慎重に保護されるべきだと述べているが、その実現方法について、国民の間で議論が煮詰まっているとは言い難い。

経済成長に結びつけるデータの自由な流通は間違いなく重要だが、常に個人のプライバシーが危機にさらされることになる。米国型の自由利用を進める一方で、欧州諸国と共にプライバシー保護に向けた国際ルールを作り上げていくことにも、積極的に参加していくべきだろう。