給与が再び減少へ? アベノミクスの「経済好循環」が大失速  禁じ手、公務員給与引き上げへ

現代ビジネスに10月24日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67977

8ヵ月連続賃金減少

働く人たちの期待とは裏腹に、再び給与が減少し始めている。厚生労働省が10月8日に発表した8月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)では、物価変動の影響を除いた実質賃金が前年同月比0.6%減少した。実質賃金の減少は1月以降8カ月連続だ。

消費者物価指数が緩やかに上昇しており、実際の手取りは増えているのではないか、と思われるかもしれない。

いわゆる「名目賃金」である1人あたりの現金給与総額も27万6296円と0.2%減った。この減少も2カ月連続である。

足元の企業収益が減速していることから、企業が夏のボーナスを減らしたことが「給与減」に結びついた。ボーナスなど「特別に支払われた給与」は11.4%減と大きく減った。

毎月勤労統計は2019年1月に統計手法の不正が発覚、対象企業の入れ替えや調査方法などで不適切な処理があったとして、国会でも大きな問題になった。

それをきっかけに国が基幹統計の手法を点検したところ、数多くの不正が発覚、国の統計の信頼性を失わせる結果になった。毎月勤労統計ではその後も地方の調査員の不手際が相次いで発覚するなど、何度も統計数字の訂正などが行われている。

統計を変えても「失速」

つまり今ひとつ信頼性が高くない統計なのだが、それでも傾向は示している。特に、政府が時系列の傾向を示すために、別途公表を始めた共通事業所の「参考資料」にも変化が現れている。

毎月勤労統計では対象企業の入れ替えによる影響が大きいとして、同じ対象企業だけを抽出して比較した数字だ。

それによると2017年8月以降、給与は増加を続けていた。

安倍晋三内閣は「経済好循環」を掲げ、円高修正によって過去最高の収益を上げた企業のもうけが、賃上げによって働く人たちに恩恵を与え、それが消費となって再び企業収益を押し上げる「好循環」を描いてきた。共通事業所の統計でみれば、それが実現していると言いたかったのかもしれない。

ところが、この共通事業所での比較でも、7月には0.9%のマイナスになったのである。8月の速報段階では0.0%と横ばいになっており、大きくプラスに転じる気配は見えない。どうやら、アベノミクスが描いた「経済好循環」は失速しているのだ。

最低賃金上げの効果は?

当然、給与の手取りが増えなければ、消費者は財布の紐を締める。日本百貨店協会がまとめている全国百貨店売上高は、7月は2.9%減とマイナスが続いた。

本来なら10月1日からの消費増税を控えて「駆け込み消費」が盛り上がるタイミングなのだが、ほとんど駆け込みは見られなかった。8月、9月はプラスになったが、それでも前回の増税時に比べれば伸びは小さい。

問題は、駆け込みが小さければ「反動減」も小さい、と言い切れるかどうか。特に手取り給与の減少と重なることで、10月以降の消費が大きく落ち込む可能性もある。そうなれば日本経済には一気に暗雲が漂う。

政府は何とか賃上げを実現しようと躍起だ。ひとつは最低賃金の引き上げ。今年も10月から引き上げられ、全国加重平均の時給は901円と27円、3.1%引き上げられた。東京と神奈川では初めて1000円を突破した。

大企業の正規雇用者の給与にはほとんど影響がないが、パートやアルバイトなどの給与は間違いなく増加する。

8月の毎月勤労統計調査でも、パート労働者の時間あたり給与は前年同月比3.4%増の1177円と大きく増えている。飲食店や小売店などパートやアルバイトを活用しているところでは、人手不足が深刻さを増している。一部業種では外国人労働者の導入も始まっているが、人手不足は収まらない。

結果的に、こうした雇用環境もあり、最低賃金に近い水準だった時給が引き上げられているのは間違いない。これは都市部だけでなく、最近人口減少が鮮明になってきた地方でも同じような状況になっている。最低賃金が引き上げられたことで、10月以降もパートの給与水準は増加していく傾向が続くとみられる。

公務員給与まで引き上げるが

もうひとつ、これは禁じ手に近いのだが、政府は今年も公務員給与の増額に踏み切った。10月11日に、2019年度の国家公務員一般職の月給とボーナスを増額する給与法改正案を閣議決定したのだ。月給を平均387円、ボーナスを0.05カ月分それぞれ増やす。公務員給与の増額は6年連続だ。

8月に人事院が出した勧告を受け入れたものだが、この勧告は本来、「民間並み」を前提としている。つまり、民間の給与が上昇しているから、公務員も引き上げるという理屈だ。

勧告のベースになったのは2019年4月の数字で、前述の通り、夏以降、民間給与もボーナスも減少傾向になっている。それでも公務員は増やすというのだ。

対象になる国家公務員27万7000人だが、人事院勧告に沿って改定される地方公務員も含めると約330万人に影響する。財務省などの試算によると、引上げによって2019年度には国家公務員で約350億円、地方公務員で約680億円人件費が増えることになる。

公務員給与を増やすことで民間の給与増の呼び水にしたいという思惑もあるのだろう。330万人の給与が増えれば、消費にプラスに働く可能性もある。給与が増える公務員にはどんどん消費して「経済好循環」のエンジンになって欲しいものだが、果たしてそうなるか。貯蓄に回ってしまっては何にもならない。

もちろん、こうした経済対策的な公務員給与の引き上げは危険も伴う。一般に公務員は金銭的な付加価値を生み出していないので、その人件費の原資は言うまでもなく税金である。国や地方がとりあえず借金で賄ったとしても、いずれ国民に負担が回ってくるわけだ。企業が利益を上げて従業員の給与を増やすのとはわけが違う。

果たして、安倍内閣の思惑通り、人々の給与は増えていくのか。それともここで腰折れして再び給与カットの時代へと突き進んでいくのか。景気の先行きに直結するだけに、目が離せない。