経団連が恐れる日本最大の株主とは GPIF議決権行使の行方

日経ビジネスオンラインに2月12日にアップされた原稿です。是非ご一読ください。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

135兆円にのぼる国民の年金資産を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の改革論議が進んでいる。理事長に権限が集中する現状の独任制を改め、運用の専門家らによる合議制に移行することや、GPIF自身が直接日本株に投資する自主運用の解禁などが焦点になってきた。

 GPIFのあり方を議論する厚生労働省社会保障審議会年金部会では2月8日までに、合議制への移行が承認される一方、自主運用の解禁には異論が噴出し、最終決着は政府・与党による政治決断に持ち越された。GPIF自身や厚労省首相官邸などそれぞれの思惑が交錯する中で、GPIF法改正案が今国会に出せるかどうか微妙な情勢が続いている。

 まず1つ目の論点だったのがGPIFの組織体制、いわゆるガバナンスのあり方について。昨年来、水面下で思惑が対立し、年金部会自体がまったく開かれない異常事態が続いていたが、昨年末の段階で、急転直下、合議制への移行が決まった。

 もともと、GPIFの運用ポートフォリオ(資産構成割合)見直しとガバナンス改革は「車の両輪」だとしてきた塩崎恭久厚労相と、独任制を残したい一部の年金官僚が激しく対立。ポートフォリオ見直しは2014年10月に先行して行われたが、ガバナンス改革は遅々として進まなかった。年金官僚が官邸と結び付いて抵抗したことが要因だった。

 年金官僚がGPIFの合議制に抵抗したのは、何としてもGPIFを厚労省傘下の独立行政法人に留めておきたかったため。巨額の運用資産を持つGPIFの方針決定に厚労省が関与することで、大きな利益を保持してきたことは想像に難くない。それを手放すことに強く抵抗したわけだ。

合議制でも仕切るのは厚労省

 それが昨年末になって急転直下、年金官僚も合議制への移行に賛成したのだが、それには訳があった。「独立行政法人のままでも合議制は可能」という“新解釈”を霞が関がひねり出したのである。

 まだ世間には、合議制に変えた場合、GPIFは政府や厚労省から独立した新組織になるという見方が残っているが、実は、厚労省傘下の独立行政法人厚労相が最終責任者、つまり厚労省がすべてを仕切るという現状が維持されることになったのだ。

 こうした流れを背景に年金部会でも「合議制」への移行が意見の大勢を占めるに至ったが、「合議制」の中味自体については同床異夢の点が残っている。ガバナンス強化を主張する塩崎厚労相は、日本銀行の政策委員会をイメージした「運用のプロ」による合議を考えているものの、経団連や連合などは、年金資産の出し手であるステークホルダーによる合議制を考えている。

 つまり、労使の代表として経団連の代表や連合の代表が入るのは当然だ、という主張を展開している。確かに135兆円は国民の資産だから、そのステークホルダーとなると一般国民の代表がメンバーになることもあり得る。そうなると塩崎大臣が想定する「プロの合議体」とは似て非なるものになる可能性が高い。

官邸の一部にはGPIFが持つ年金資産135兆円を使って日本株を買い支えるなど相場に影響を与えたいと考える向きがある。こうした人たちは、政府の意向通りにならない「合議制」にもともと抵抗していたが、これも矛を収めた。経団連などが主張するステークホルダーの合議体になれば、実際は業務執行を担う理事の方針を追認するだけの機関になるとみたのだろう。

 曲がりなりにもGPIFのガバナンス改革については前に進むことになった。そこにもう1つの問題が浮上するGPIFによる株式の自主運用解禁だ。現在、GPIFFが日本株を買う場合、信託銀行などの金融機関に資金を運用委託する形で行われる。どの銘柄をどれぐらい買うといった具体的な指示はできないルールになっている。それをGPIFが直接買い付けることができるようにしようというのである。

 これは2015年1月にGPIFの最高投資責任者(CIO)になった水野弘道氏が強く解禁を主張しているもので、信託銀行に支払っている手数料を長期的に削減することが可能だとしている。

 2月8日に開かれた年金部会では、この自主運用の解禁が議論の対象になった。自主運用は世界的な潮流だとして賛成する意見もあったが、解禁に反対する意見が大勢を占めた。

 結局、年金部会では、論点整理を承認した。そこには(1)自主運用の全面解禁(2)指数に連動した運用成績を目指す「パッシブ運用」に限って認める部分解禁(3)見送り――の三案が併記された。

 自主運用の見送りが大勢を占めたわけだが、その理由は委員によって大きく異なっていた。GPIF自体に個別の株式を選別する運用能力が十分に備わっていないという意見も出ていたが、経団連や連合出身の委員が強硬に反対したのは別の理由からだった。

 GPIFが直接株式を保有した場合、GPIFが議決権を株主総会で行使するようになる。政府の下にあるGPIFが企業経営に「モノを言う」体制を認めると、国家が企業を間接支配し市場をゆがめることになりかねない、というのである。

投資家にクビにされかねない経営者

 正論のように聞こえるが、もちろん本音は別のところにある。135兆円の資産を持つ日本最大の株主が「モノ言う株主」に変わられては困るのだ。

 そうでなくとも海外機関投資家などが議決権行使で会社側提案に反対するケースが増えており、経営者が「フリーハンド」を失いつつある。そこにGPIFまでが加われば、投資家によって経営者のクビが取られるような事態に発展しかねない。

もっともらしい「国による支配を避ける」というのは建前に過ぎない。最近はやりの官民ファンドには、経済界をあげてもっと出資せよと言っているが、官民は名ばかりで、ほとんどが国の資金である。国の資金が入って支配されかねないと危惧するなら、GPIFよりも先に官民ファンドを問題視すべきだろう。

 なぜGPIFの議決権行使を経団連が恐れるのか。それは2年前にできたスチュワードシップコードが関係する。このコードによって、生命保険会社や年金基金などいわゆる機関投資家は、保険契約者や年金加入者などの利益を最大化するよう行動しなければならないとされた。GPIFが議決権行使する場合、年金加入者の利益にならない提案には遠慮なくバツを付けることになるわけだ。それを経営者の集まりである経団連は恐れているのである。

 もちろん、政府側に議決権行使で企業の行動を左右しようという狙いがまったくないわけではない。安倍内閣は成長戦略の柱として「コーポレートガバナンスの強化」を掲げている。GPIFが議決権行使を本格的に行うようになれば、企業に強いプレッシャーをかけることは間違いない。

残された「政治決断」の道

 だからと言って、政府の言う事を聞く企業の株を買って、経営者側に立った議決権行使をするようなことが許されるはずはない。そのためにもGPIFのガバナンス体制を整えることが不可欠なのだ。運用のプロが、年金資産の保有者である国民の利益だけを考えて株式投資し、議決権も行使する。そのためには独立性の高い合議制機関が必要なのは言うまでもない。

 年金部会では反対が多数を占めた自主運用解禁だが、政府与党で解禁を「政治決断」する道は残されている格好だ。これにどう政府は決着を付けるのか。安倍内閣が国民の財産をどう守っていこうとしているのか、その一端が垣間見れることになるかもしれない。