株式会社人財アジアが隔月で発行しているニュースレター9月号に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。
「官に頼らず、自らの頭で考えて、自ら行動できるかどうか」
安倍晋三首相が8月28日、辞任を表明した。7年8カ月という長期安定政権の結果、外交や安全保障では一定の成果を残したとみていいだろう。最重要改題として取り組んだ経済再生は、「アベノミクス」を華々しく掲げ、「Buy my Abenomics」と大見得を切ったものの、後半は完全に息切れした。そこに新型コロナウイルスの蔓延に伴う経済危機が襲っている。
内閣支持率が低下していたとはいえ、火だるまになる前に辞任を決めたことで、政治家安倍晋三にとっては「このタイミングしかない」ということだったに違いない。政治生命は断たれずに済んだので、再度、政治の表舞台に出てくる可能性もある。一方で、日本国にとっては最悪のタイミングだろう。後任の宰相に決まった菅氏はリーダーシップをなかなか発揮できず、新型コロナ対策も、経済対策も、役所任せが復活し、結果としてすべて後手後手に回ることになりかねない。
特に経済への取り組みはタイミングを逸する。11月に発表される7−9月期のGDP(国内総生産)はかつてない伸び率を記録することになる。経済活動が止まり、27.8%減となった4−6月期と比較するので、「急回復」となるわけだが、これは一種数字のマジックで、国民の景気実感とは真逆になるだろう。
その頃出そろうことになる企業の中間決算は多くの企業で赤字もしくは大幅減益となり、年末賞与の大幅減額はもとより、人員削減などのリストラに動くところが出始める。財布の紐は一気に締まり、消費は減退。本格的な景気悪化が訪れることになりかねない。
ところが、政治家も官僚も、GDPは回復という机上の数字に惑わされるので、本格的な景気対策は後手に回ることになる。悲鳴を上げる一部の企業は政府に救済を求めるだろうが、政府はまともな政策を打てないとみておいた方が良い。
新型コロナによる経済縮小は、ビジネスモデルを根本から揺さぶっている。嵐が通り過ぎるのを耐えて待つという姿勢では、ジリ貧に陥ることになる。
だが、伝統的な大企業はそう簡単にはビジネスモデルを変えられない。つまり、身動きの軽い新興企業やベンチャーにとっては、大企業に邪魔されない格好のチャンスがやってきたとも言える。人々が求めるサービスも、人々の働き方も、その背後にある価値観も急速に変化している。安倍内閣が当初取り組もうとして日本経済の構造転換が、はからずも新型コロナという外圧によって一気に進もうとしている。
生産性が低いと言われてきた日本の中でも、「外食」「小売り」「宿泊」「運輸」は低採算の代表業種だった。こうした業種が新型コロナで真っ先に大打撃を被り、大変革なしには生き残れないところに直面している。間違いなくこうした産業で生き残る企業は一気に生産性を高めるに違いない。おそらく従来のやり方では生き残れないので、一気にモデルを変えるか、高付加価値商品にシフトするか、機械化するかということになるだろう。
運輸に関しては、宅配便などは需要が急増している一方で、「官業」の色彩を引きずる航空や鉄道、郵政などは抜本的に存在意義を問い直される。
過去の歴史が示すとおり、時代が大変化を遂げる時こそ、チャンスである。官に頼らず、自らの頭で考えて、自ら行動できるかどうか。企業の運命が大きく分かれることになる。